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一
しおりを挟む「今日も退屈…」
長い手足を投げ出して、今年四年生になる朝霧紅葉はため息をついた。
睫毛は黒檀のように色濃く、緑がかった瞳をより妖しく見せている。
色っぽい目元が好きだと、学園一のイケメンと謳われる上城先輩に告白されたが、何だか乗り気がしない。
勉学は楽しいし、忍術の修行も人一倍やっている。
けれど、いつも何かが足りないのだった。
「紅葉くん。今日も飛び切り美人だね」
そう言って微笑んで来た上城は、良い男オーラを存分に発揮している。
そんな上城を見て、紅葉は自分と同類だなと感じていた。
いや、向こうが惚れている分こちらの方が有利か……
「ふふ、ありがとうございます。次の授業がありますので、また」
にっこりと微笑んでかわす。
微笑んだ後に流し目をしてやれば、大概の男は動けなくなる。
上城でさえ、頬を上気させて紅葉に魅入っているくらいなのだから。
「紅葉~。お前何がしたいわけ?」
上城と分かれて建物に入ると、紅葉と同じくらいの身長の少年が伸びをしながら隣に並んだ。
「何って?」
反応から、二人はいつも一緒に行動しているのだと解る。
紅葉に比べ、少年は驚くほど平凡だ。
「男を虜にしまくってるじゃん」
「僕は多い方が良いでしょう?」
「こわっ」
「怖くないよ。冗談だし」
紅葉はふふ、と笑うが、その様子は妖艶で周りの視線を多分に集めていた。
「お前が言うと、本当にしか聞こえねー」
「何それ、ひどいな」
睨むような表情を見せた紅葉に、周りが沸いた。
『か…かわいい!』
『萌えー』
忍びの装束をまとった上級生が、廊下にたまっている。
必要最低限の光しか入ってこない廊下で、口元を覆った黒い集団は大層気味が悪い。
「………」
「何かさ、萌えとか聞こえたんだけど……」
「聞こえたな」
「俺、男だよね」
「確かな」
「男にばっかり告白されんのは、何で?」
「それはお前、エロ神様だからだろう」
「………」
初めて聞かされた自分の扱いに、しばし呆然とする。
同級生、下級生、上級生問わず告白されてきたが、まさか友人にこんなことを言われるとは……
「勇二郎も……そんな風に思うの?」
眉が下がった紅葉に、勇二郎の庇護欲が掻き立てられた。
もう、なんというか襲ってしまいたい気持ちを抑えて、紅葉の頬を両手で掴む。
「ひょっ、ひょっひょなにふる」
「うるさい!」
紅葉が面白い顔になったおかげで、勇二郎の気持ちは幾分か治まった。
まだ、ドキドキする胸を押さえ、勇二郎は紅葉から距離を取る。
「ひどーい」
涙目で勇二郎を睨む紅葉は、凶悪だ。
友人の勇二郎でさえ、時々意識が飛んでしまうほどの色気。
匂い立つような色香が、無意識に発せられているのだから扱いに困る。
本人は、男に自分の色気が通じることを解っているが、普段の生活でもフェロモンが出ているとは、露ほども思っていないのであった。
「はい、君たち教室に入りなさいね」
廊下に溜まっていた生徒たちを教室へ促しながら、冴えない男が歩いてきた。
黒ぶち眼鏡に、ボサボサの頭。
服装は黒装束であるのにも関わらず、色あせてみすぼらしい。
「チッ」
「五月蠅いんだよ」
教科は薬草学。いかにも勉強が好きですと言わんばかりの容姿に、眠たい授業をするものだから生徒には評判がよろしくない。
「君たちもだよ」
紅葉と勇二郎も促されて、教室へ足を向ける。
その時、紅葉の表情が硬くなった。
いつも一緒に居る勇二郎はまたかと思う。
薬草学の教師、柚木尋高が近づくと、紅葉は決まって何かを我慢するような硬い顔になる。
人をあまり嫌いにならない紅葉が、どうして柚木を嫌っているのかは分からないが、何か理由があるのだろう。
訊ねたことはあるが、上手くはぐらかされてしまった。
言いたくないことを無理に聞き出しても仕方ない。勇二郎は、軽くため息をつくと紅葉に続いて教室に入った。
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