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彼の話
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しがない騎士の俺の奥さんは、なんとこの国のお姫様。
とある戦でたてた功績によって下賜された、正真正銘のお姫様。
昔から優秀で平民ながら若くして将軍に任じられ、周囲の予想通りしっかりばっちり活躍した俺の兄貴は淑やかかつ美しいと評判の上の姫様を。引きかえ大した実力もなく、いつも先陣を切る兄貴の後ろを嫌々ついて行っていた一兵士。戦果を挙げたのはほぼうっかりだったといっていいほどに誰もが予想だにしていなかった俺は、明るく元気な下の姫様を賜った。周囲も俺も、当の姫様もびっくりの出来事だったと思う。
彼女は王族と聞いて想像するような姫君ではなかったかもしれない。儚げで、おっとりとしているのは上の姫様。俺の妻となった姫様は、まるで太陽みたいな人だった。使用人のいない家に驚いていたのはほんのわずかの間、すぐに家事を覚えててきぱき動いて、しっかりもののようでちょっとおっちょこちょいなところもあって。手違いで腐りかけの肉を食べてしまってもけろりとしていて、泡を食ってわたわたしている俺に自分が全部食べたからもう心配ないと笑うような、そんな人だった。婚姻前に思い浮かべたような優雅な会話なんて一度たりともしたことなくて、なぜかやたらと庶民の生活になじむのが早かった妻が、今日買えた安くていい食材の話を嬉しそうにするのを俺は毎日聞いていた。
将軍様の兄とは違って俺はただの一兵卒。婚姻と前後して戦果の褒美だと少しだけ地位も上げてもらえたけれど、それでも庶民上がりの兵士の給料なんてたかが知れていて。きっと王城の暮らしからは何段階も落ちる暮らしだっただろうに、文句の一つも言わないできた妻だった。俺は話下手で、日中家事の全てを任せてしまっている分せめて何か楽しい話題でもなんて思いながら結局面白い話一つできないひどい夫だったのに、そんなどうでもいい話をニコニコと聞いてくれる妻だった。姫らしくない、なんて囁かれていることは知っていたけれど可愛らしい顔立ちをしていたし、姉姫ほどではないのかもしれないけれど体を使う兵士からすればびっくりするほど細い体つきをしていて、黙っていれば深窓の姫君だろうと思ったことも一度や二度ではない。そんな人を庶民の家で日がな一日家事をさせてしまって不甲斐ないとそう思って、だけど彼女は全くそんなそぶりを見せずに笑っているのだ。
訓練や実戦で疲れてくたくたで帰ってきた夜に、どれだけ遅くなっても出迎えてくれる彼女の存在がありがたくて申し訳なくて。だけど彼女は楽しそうな顔でおかえりなさい、夕立と戦って無事に取り込んだ着替えをどうぞ、さぁちょっと焚きすぎたお風呂に行ってらっしゃい!だなんて言うから。疲れも申し訳なさもふわりとほどけて、俺の胸の内にはただ彼女へのありがたさだけが残る。
家族だったか、といえば迷わず頷けるけれど、夫婦だったかと問われればちょっと首を傾げてしまう。兄貴の方はなんか国を挙げてのいい夫婦だとか言われてたけど、おかげで俺たちに衆目が集まることもなくて自由に過ごせるのがうれしいと、彼女は笑っていて。そんな彼女と過ごす日々はこれまでよりずっと楽しかった。
そこに恋のような甘酸っぱい感情はなかったけれど、それでも確かに俺は彼女のことを大切に思っていたのだ。
………それなのに、ごめん。何があってもそばにいると誓ったのに。本当に、自分勝手なのは分かってる。きっと君が泣くことも、俺たちの結婚を喜んでくれた人たちが怒るであろうということも。
許してくれだなんて言わない。謝って許されることではないんだと、ちゃんとわかってはいるんだ。
それでも、ごめん。本当にごめん。もう俺は、君と一緒に生きてはいけない。
だから。
どうか俺のことなんて忘れて、君は君で生きていってください。
とある戦でたてた功績によって下賜された、正真正銘のお姫様。
昔から優秀で平民ながら若くして将軍に任じられ、周囲の予想通りしっかりばっちり活躍した俺の兄貴は淑やかかつ美しいと評判の上の姫様を。引きかえ大した実力もなく、いつも先陣を切る兄貴の後ろを嫌々ついて行っていた一兵士。戦果を挙げたのはほぼうっかりだったといっていいほどに誰もが予想だにしていなかった俺は、明るく元気な下の姫様を賜った。周囲も俺も、当の姫様もびっくりの出来事だったと思う。
彼女は王族と聞いて想像するような姫君ではなかったかもしれない。儚げで、おっとりとしているのは上の姫様。俺の妻となった姫様は、まるで太陽みたいな人だった。使用人のいない家に驚いていたのはほんのわずかの間、すぐに家事を覚えててきぱき動いて、しっかりもののようでちょっとおっちょこちょいなところもあって。手違いで腐りかけの肉を食べてしまってもけろりとしていて、泡を食ってわたわたしている俺に自分が全部食べたからもう心配ないと笑うような、そんな人だった。婚姻前に思い浮かべたような優雅な会話なんて一度たりともしたことなくて、なぜかやたらと庶民の生活になじむのが早かった妻が、今日買えた安くていい食材の話を嬉しそうにするのを俺は毎日聞いていた。
将軍様の兄とは違って俺はただの一兵卒。婚姻と前後して戦果の褒美だと少しだけ地位も上げてもらえたけれど、それでも庶民上がりの兵士の給料なんてたかが知れていて。きっと王城の暮らしからは何段階も落ちる暮らしだっただろうに、文句の一つも言わないできた妻だった。俺は話下手で、日中家事の全てを任せてしまっている分せめて何か楽しい話題でもなんて思いながら結局面白い話一つできないひどい夫だったのに、そんなどうでもいい話をニコニコと聞いてくれる妻だった。姫らしくない、なんて囁かれていることは知っていたけれど可愛らしい顔立ちをしていたし、姉姫ほどではないのかもしれないけれど体を使う兵士からすればびっくりするほど細い体つきをしていて、黙っていれば深窓の姫君だろうと思ったことも一度や二度ではない。そんな人を庶民の家で日がな一日家事をさせてしまって不甲斐ないとそう思って、だけど彼女は全くそんなそぶりを見せずに笑っているのだ。
訓練や実戦で疲れてくたくたで帰ってきた夜に、どれだけ遅くなっても出迎えてくれる彼女の存在がありがたくて申し訳なくて。だけど彼女は楽しそうな顔でおかえりなさい、夕立と戦って無事に取り込んだ着替えをどうぞ、さぁちょっと焚きすぎたお風呂に行ってらっしゃい!だなんて言うから。疲れも申し訳なさもふわりとほどけて、俺の胸の内にはただ彼女へのありがたさだけが残る。
家族だったか、といえば迷わず頷けるけれど、夫婦だったかと問われればちょっと首を傾げてしまう。兄貴の方はなんか国を挙げてのいい夫婦だとか言われてたけど、おかげで俺たちに衆目が集まることもなくて自由に過ごせるのがうれしいと、彼女は笑っていて。そんな彼女と過ごす日々はこれまでよりずっと楽しかった。
そこに恋のような甘酸っぱい感情はなかったけれど、それでも確かに俺は彼女のことを大切に思っていたのだ。
………それなのに、ごめん。何があってもそばにいると誓ったのに。本当に、自分勝手なのは分かってる。きっと君が泣くことも、俺たちの結婚を喜んでくれた人たちが怒るであろうということも。
許してくれだなんて言わない。謝って許されることではないんだと、ちゃんとわかってはいるんだ。
それでも、ごめん。本当にごめん。もう俺は、君と一緒に生きてはいけない。
だから。
どうか俺のことなんて忘れて、君は君で生きていってください。
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