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第3章:エルフの国と優しい女王編

第19話:灰熊の掌煮込み

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「ありがとう、レオ。君は命の恩人だ」
「ああ、気にするな……ケガはないか?」
「あ、ああ……その、ケガはないが……まだ、ドキドキしている。あんなに強く男性に抱き寄せられたのは初めてで……」
「す、すまないな。ああするしかなかった」
 そっと自らを抱いて、ポッと顔を赤らめるキアラ。
 その姿に、思わず俺も照れてしまう。
「こ、コホン! し、シレイドもありがとう。ポイズンスネークを倒してくれて助かった」
 キアラがシレイドに手を差し出す。
「んーん……気にしないで……お菓子くれたから、おあいこ……」
 シレイドはキアラの手をしっかりと握り、にっこりと微笑む。
「さて、ここからが大変だな……」
 焼けた巣には、五十匹以上のポイズンスネークと巨大なジャイアントコブラ。
 後処理に時間がかかりそうだ。
 俺たちは、汗だくになりながら素材を剥ぎ取った。
 そのおかげで大量の蛇皮と、毒袋、そしてジャイアントコブラの大きな牙が手に入った。
「ご主人様……毒袋、何個かもらっていい……?」
「ああ、構わないぞ。危ない素材だから気を付けて扱うんだぞ」
「ん……」
 普段、素材を欲しがらないシレイドが毒袋をいくつか受け取り、ホクホク顔で魔法の袋にしまっている。
 こういうものに惹かれるのは裏家業の名残なのだろうか、まあ、欲しがるなら好きにさせてやればいいか。
 ちなみに、リズは要らないらしい。
 結果、ほとんどの素材を俺が引き取ることになった。
「ふいー、終わった終わった! レオ、帰ろう♪」
 素材を剥ぎ取り終えた時には空が赤らみ始めていた。
「だな。お疲れ様……シレイドもキアラも帰ろうか」
「ん……」
「ああ。女王様に良い報告ができるな」
 俺たちは帰路に着いた。
 途中、リズが思い出したようにキアラに尋ねる。
「そういえばさ。キアラの苗字って、ルーティア女王と同じガラテアなんだね。もしかして、娘とか?」
「いや、違うぞ。エルフの間で苗字は出身国を指す言葉になるんだ。だから、ガラテアの国に住むエルフはみんな『ガラテア』の姓を受ける」
「あ、そうなんだ! 謎が解けたよ!」
「私の両親は小さい頃、魔物に襲われて命を落とした。ルーティア女王は、そんな私を引き取って育ててくれたんだ」
「そっか……辛かったね」
「いや。私は幸せ者なんだと思うよ。世の中は孤児になっても引き取り手が無く、厳しい環境に身を置く者が多いからな」
 リズとキアラが話し込んでいる。
 孤児だったシレイドにはキツイ話かと思い見ると、昨日あげたマノハチノコをプチプチと食べていた。
 全然、気にしていないようだ。
「私の方からも疑問がある。もしかして、シレイドはレオの奴隷なのか?」
「ん……そう」
 シレイドが自分の服をまくり上げて、肩にある蹄鉄のような焼印を見せる。
「何かマズいのか?」
「いや、疑問に思っただけだ。レオのことを『ご主人様』と言っていたし、素材を受け取る際も妙に遠慮しているみたいだったから。女王様もその辺は心配になるほど寛容だ」
「そうか、良かったよ」
 キアラの返答に俺は胸をなでおろした。
「奴隷も同等に扱う……か。素晴らしい男だな……レオは」
 キアラは聞こえない声でポツリと呟いた。

 王宮に着き、女王の間にて報告をする。
「まあ……! 素晴らしいですわ! 早速、依頼の一つを完了してしまうなんて……!」
 ルーティア女王が目を輝かせて喜ぶ。
「いえ、まだ二つ、依頼が残っています。完遂できるように頑張ります」
「ありがとうございます。でも、無理はなさらないでくださいね? こちらとしては騎士団が来るまで護衛していただけるだけで嬉しいのですから」
 俺の言葉に、ルーティア女王が優しい瞳で答える。
「はい。無理はしません。ただ、指名依頼を受けた以上、この国をきちんと救いたいのも本当です」
「……そうですか、嬉しいです。女王として、またガラテアの一人の民として」
 俺の強い言葉に、潤み垂れた瞳をさらに細める女王。
 さながら、聖母のような雰囲気だ。
 思わず、いけない気持ちを抱いてしまいそうになる。
「して、次の獲物は何だ? レオ」
「ああ。ゴブリンの巣穴だ」
 キアラの言葉にしっかり答える。
 リズとシレイドと話し合って決めたことだ。
 危険度D+のキングボアは最後に回す。
 ゴブリンは戦ったことがあるし、冒険者の間では知られている魔物らしく、掴んでいる情報が多い。
 勝算が大きい方を先に潰すのが上策だ。
 もっとも、群れのリーダーであると言われているゴブリンマージというのが少し懸念ではあるが。
「なるほど。では、今回はエルフの兵士たちも十人ほど連れて行ってください。ゴブリンは数が多い上に個々で自由に動きます。巣穴を叩くのなら討ち漏らしはなるべく抑えたいのです。それに何より、エルフの女性が何人も連れ去られているのです。彼女たちを助けてあげたいのです」
 ルーティア女王が切実に訴えてくる。
 確かに、連れ去られた人までフォローするには俺たち四人じゃ少し足りないか。
「分かりました」
「巣穴には片道三日ほどかかる。帰ってくるのは約一週間後になるだろう。物資などはレオたちの分もこちらが用意する。出発は明日でいいか?」
 俺がリズとシレイドを見ると、二人とも力強く首肯する。
「ああ、それでいい」
 キアラの問いかけに俺は答える。
「それでは、今日はゆっくり休んでください。本当にお疲れさまでした」
 ルーティア女王の言葉で謁見と報告が締められる。
 俺たちは、部屋に戻った。
 キアラも、明日の準備があるらしく別れる。
 今日は忘れずに『灰熊の熊掌』をメイドさんに調理してもらうように頼んだ。
「ふいー、今日は大勝利だったわね!」
「ん……シレイドたち、普通に強い……ご主人様の采配も見事」
 互いにねぎらい合いながら、部屋で休む。
 しばらくすると、料理が運ばれてくる。
「お、来たぞ!」
 エルフの料理は野菜中心の健康的な料理が多い。
 その中央に、ドドンと置かれた大きな『灰熊の掌煮込み』。
 まごうことなき熊の手だ。
 ソースで煮込まれたのか美味しそうな色をしているが、そのフォルムは戸惑うものがある。
「本来、エルフの里では肉料理は普段あまり食べないのですが、ジャイアントコブラを倒してくださった勇者様のために調理させていただきました」
 メイドさんがにっこりと微笑む。
「こ、これが、熊の手……。貴族が愛する高級料理……?」
「シレイドも初めて見る……なんとも言い難い形……」
 俺だけじゃなく、リズもシレイドも戸惑っている。
「それでは食べやすいように切り分けさせてもらいますね」
 煮込まれた熊の手にナイフを入れるメイドさん。
 掌の骨を抜き、肉の部分を切り分けて俺たちの皿にそれぞれ置いてくれる。
 インパクトの強い手の形から、盛り付けられて美味しそうな肉料理の形になった。
「食べやすくなったな。では、頂くか……」
「うん、頂きます!」
「……いただきます」
 灰熊の掌煮込みを口に放り込む。
 ジュワァ……!
「う……美味い!!」
「おいしいー! 何これ! すごい!」
「ハグハグ……もぐもぐ……むふー♪」
 その美味さに、俺たちはそれぞれ感動の声を漏らす。
 獣の肉ということで警戒していたが、下処理が良いのか獣臭さは全然なく、コラーゲンのようなプルプルした部分と、ほどよくある肉の部分のバランスが良い。
 味は、豚足のような味だろうか。
 肉々しく、それでいてソースも絡まりコクがある味わい。
 あっという間に食べ終えてしまった。
 その後、エルフの国の野菜料理に舌鼓を打つ。
「はぁー♪ 幸せ……これなら、もう一個くらい『灰色の熊掌』調理してもらえばよかったね」
「だな。まあ、また森でグレイベアを狩ることもあるだろうし、その時でいいだろう」
 これは、すこぶる高く売れそうだしな。
「シレイド……お腹いっぱい……」
 つつがなく食事が終わる。
 明日の遠征に向けて英気を養った俺たちは、風呂に入り、また三人仲良く同じベッドで眠るのだった。
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