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男爵令嬢シェリル嬢の幸福

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「君みたいなアバズレ女、結婚なんてゴメンだ。婚約を破棄させてもらう」
こんにちは。
私、乙女ゲームのヒロインをしているシェリルと申します。
転生系乙女ゲームヒロインです。
冒頭で私に婚約破棄を言い渡した方は、婚約者だった子爵家のモブ男性だ。
何故婚約者が攻略対象の男性じゃないかって?
いや、だって嫌じゃない?
攻略対象の男性達には必ず婚約者がいて、それを奪う形で恋愛するのよ?
そりゃ乙女ゲームの攻略者というくらいだから、ハイスペック眉目秀麗は当たり前男子。
婚約者がいない訳ないじゃないですか。
寧ろそんなイイ男に婚約者がいなかったら、私なら訳あり物件かと疑ってかかるってものだ。
ホモ説濃厚である。
そして攻略対象の婚約者のことを悪役令嬢とか言ってるけど、どちらかというと婚約者のいる男性を誑かして浮気をさせる私のほうが悪役じゃない。
倫理観は人としてとても大事にしなければいけないと思うのだ。
そこで私は考えた。
ならば攻略対象の男性と恋仲にならなければいいんじゃね?と。
そこであえて乙女ゲームとは一切関係ない男性と婚約することにした。
私は男爵令嬢だがヒロインの特権で顔面偏差値が高かったため、結婚の申し込みは後を絶たなかった。
オールクリア特典で解放される隠しキャラに当たってしまう可能性まで考えて、出来るだけ平々凡々な男性と婚約することに成功したのだ。
本音を言えば好きなゲームだったから、攻略対象の男性と恋に落ちたかった。
でも人として決して落ちぶれてはいけない。

さて、冒頭で元婚約者が私のことをアバズレと称した理由を説明しましょうか。
見た目が非常に優秀な私は、舞踏会に行けば引く手数多で休む暇すらない。
これが上流階級のご令嬢ならお断りもできたのだろうが、いかんせん私は平民に毛の生えた程度の男爵令嬢だ。
身分の高い男性からダンスを申し込まれれば断ることも難しいのである。
そうして誘われるままにダンスを踊っているうちに、男性達からのお誘いを待っていたご令嬢達から唸るほど恨み買ってしまったのだ。
淑女から男性をダンスに誘ってはいけないのである。
淑女は慎み深く男性からのお誘いを待たなければいけない。
誰だ、そんなルール作ったヤツ。
おかけで無い事無い事社交界に噂をばら撒かれ、私の世間一般的な評価は地の底まで落ちてしまった。
そこで冒頭のアバズレ発言が出てくるのである。
どんな噂かは想像するに容易い。

「貴女、社交界で酷い言われようよ?」
「………知ってます」
今日は親友のアーネ様が陣中見舞いに来てくれた。
親友といっても身分的には彼女は侯爵家のご令嬢なので節度を持って接しているが、社交界デビューで初めて行った舞踏会で意気投合して、こんな風に二人だけのお茶会をよくするようになった気の置けない友人だ。
彼女は私の性格をよく理解しているので、社交界での"シェリルは淫らな女"説は嘘であるとちゃんと分かってくれている。
「これからどうするの?」
「どうもしません。婚約が破棄されてしまったからには、もうお嫁に行けないかもしれませんが、元々平民とあまり変わらない生活をしてきたんです。独身のまま働いて、生計を立てていきます」
多分それがベストアンサーなのだと思う。
きっとゲームのシナリオって、現実的ではないから面白いのだ。
別に大貴族のような豪奢な生活がしたいわけでもないので、今更リアルでゲームを開始する気もさらさら無い。
誰も不幸にならないなら、それが一番ベストなのだと思う。
「そう………。じゃあウチにお嫁に来る気はない?」
「え?アーネ様はご兄弟いらっしゃいませんよね?」
一体どういうことだろう?
「前々からシェリルの事は気に入ってたんだけど、私、ちょっと問題があるからずっと言えずにいたのよ」
「??問題……ですか?」
アーネ様は何が言いたいのだろう?
「実は私………いや、俺は男なんだ」
…………………………………………………はい?
「女装趣味がやめられなくて社交界でも令嬢ってことになってるけど、実は侯爵家の嫡男なんだ。ほら、俺細身だからドレスもよく似合うだろ?」
そう言って妖艶に微笑み、頭のカツラを外して見せた。
いや、確かに女性にしては長身だなぁとは思っていたけど、高いヒールを履いていらっしゃるのだとばかり思っていた。
「シェリルが婚約したときは悲しかったけど、こんな俺よりはマシかと思って祝福しようと思ってたんだ」
いつも首に付けられている細工の細やかな美しいレースのチョーカーを外されると、細い首には男性らしい喉仏がしっかりあるのが見てとれた。
あれ?
なんでアーネ様はいろいろ脱ぎ始めているの?
「でも、結婚が絶望的になってしまったなら、俺と結婚するのはどうだろうか?」
そっと両頬が長い指が綺麗な男性の手で包まれ、みるみるうちにアーネ様の美しい顔が近づいてくる。
そういえばやけに男性的な手に違和感があったのだった。
何故私はそこで男性なのかと疑わなかったのかしら?
チュッ
「ねぇ、何か言ってよ」
「その………ビックリしてしまって………」
「ふふっ、可愛い。キスは嫌じゃないんだね?」
そう言われれば………。
「だって私、アーネ様のことは大好きですから」
見た目は問題じゃない。
勿論アーネ様は文句なく美しい人だけれど、いつでも優しく、時に私を心配してくれる、とても良い方なのだ。
嫌いなわけがない。
「……なら、男として受け入れられるかもっと試してみる?」
「あっ………」
そしてアーネ様に誘われるままに、私達は男女の関係になってしまった。


後で思い出したことなのだけど、そういやオールクリア特典の隠しキャラは女装が趣味だった。
あまり興味を惹かれなかったのでつい攻略を諦めてしまったのだが、アーネ様のように美しく優しい人なら攻略しておくんだったと激しく後悔した。
で、結論から言うと、婚約者のいないアーネ様はやはり訳あり物件だったわけだが、女装趣味くらいなら全然許容範囲だと思うのだ。
完璧で非の打ち所がない理想の男性など、夢物語でしかいないだろう。
そんな男性だと完璧すぎて逆に裏がありそうで怖いし、何より毎日コンプレックスに悩まされそうだ。

気がつけば婚約は纏まってしまっていた。
アーネ様のご両親がそれはそれはお喜びになって、やれ「もう孫の顔は見られないかと思ってた」だの「実はホモなんじゃないかと心配していた」と言って電光石火の速さで手続きをしてしまったのだ。
そんな事情も手伝ってアーネ様に求婚されてから半年も経たないうちに私達は結婚をしたのだが、新婚生活には愛が満ち溢れていて私は凄く幸せになった。
「ふふっ、今日もシェリルは可愛い」
「アーネ様は今日も素敵です」
結局アーネ様は百合っぽいのは嫌だからと、女装を我慢して男性の装いをしてくれている。
自分が着飾る代わりに、私を着せ替え人形に出来るからもういいんだって。
そして男性の装いで隣に立てば私がアーネ様のものだと主張できるからだとも言ってくれて、とても恥ずかしい反面とても愛されていると感じられて嬉しく思うのだった。

結局ヒロインとして正しく攻略者を攻略してしまったのだが、これはこれでアリじゃないかしら?





※※※

アーネはスウェーデン系の名前で、女性っぽいけど男性の名前です。
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