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ミーシャ嬢の幸福

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貴族が通う学園の卒業式。
式の後に夜会が行われるのだが、その公の場ではなく控え室で、私は婚約者から婚約破棄を告げられた。
「ミーシャ、残念だよ。君とは婚約破棄させてもらう」
私はこの世界の摂理を知っている。
前世で遊んだ乙女ゲームの世界とよく似たこの世界は、私には優しくできていない。
なぜなら私は悪役令嬢としてヒロインを虐め、婚約破棄をされてしまうシナリオのままに生きてきたから。
私はこのゲームがとても大好きで、ヒロインもとても大好きだった。
だからヒロインが私の婚約者であるアルフ王太子殿下ルートに入ってしまったなら、シナリオ通りにヒロインを虐め、婚約破棄を受け入れようと心に決めていたのだ。
「でも、もし君が「分かりましたわ、アルフ様」………え?」
アルフ様は攻略者に相応しくとても優しい方なので、私に情けをかけるかもしれない。
本来なら多くの貴族達が集まる夜会の場で、婚約破棄を言い渡されるシナリオだった。
ゲームのシナリオ通りにならなかったのはひとえに彼には常識があり、公の場で婚約者を断罪するような人ではなかったからだ。
攻略者として合格ラインだ。
けれどいいの。
大好きなヒロインと大好きな貴方が幸せになってくれるなら、私は潔く身を引いて修道女にでもなりましょう。
「いや、あの、」
「どうぞリリア様とお幸せになってくださいませ」
こうして私はにこやかに学園を去った。

たしか断罪イベントなどは存在しなかったはずだ。
ラノベなどで婚約破棄される悪役令嬢に生まれ変わる女の子の話がよく取り扱われるが、現実的に婚約者を奪われた挙句に断罪までされるなんて酷すぎる展開は本物の乙女ゲームでは有り得ないと思う。
寧ろ乙女ゲームの攻略者は魅力的でなければならないはずなのに、元であろうが婚約者を断罪するなんて攻略者にあるまじき行為ではなかろうか?
婚約破棄は仕方ないが、断罪は納得できない。
婚約自体は親同士の決めたものなので、アルフ様がヒロインに惹かれてしまうのは個人の好みがあるわけだから仕方ないことだと思うのだ。
大丈夫、私はアルフ様が浮気者だなんて思ったりしないわ。

「ミーシャ様、お話があるのです。少しだけお時間をくださいませんか?」
「まぁ、リリア様。私に何かご用でしょうか?」
あぁ、やっぱりヒロインは可愛いわ。
ラノベなどでよく見る「この世界は私のためにあるのよ!」的な痛い転生ヒロインとは訳が違う。
そんなヒロインなら私ももっと抵抗したのだが、彼女はとてもヒロインに相応しい可愛く優しい少女だった。
是非アルフ様と幸せになっていただきたい。
「私、アルフ様に頼まれたことがあってお話ししていただけなんです!今からならまだ婚約破棄もなかったことに出来ます!」
ほら、自分が虐められていたことなど全然気にしてないのよ?
そればかりか私の心配までして、婚約破棄を無効にしようとしてくれてる。
ヒロインの鏡ね!
「いいのよ?もう過ぎたことですもの。貴女はどうかアルフ様と幸せになってね」
「え、ちょっ!」
これ以上は迷惑をかけたくない。
優しい彼女を追い詰めたくなくて、私はそそくさと退散する。
もう学園ともお別れだから、会うこともないのでしょうね。
せめてトゥルーエンドのスチルくらいは見たかったが、私は悪役令嬢なので見ることは叶わないだろう。
潔くログアウトしましょうか。


と、思っていたのだけど、どういう訳か現在アルフ様が必死に頭を下げている。
つむじしか見えない……。
何が起きたのかしら?
「……俺が悪かった」
「?どういうことですの?」
「その…………………最初は出来心だったんだ………」
ん?それは浮気だったという申告なの?
「ミーシャがあまりにも物分かりがいいから、婚約も親に言われて仕方なくしただけで、別に俺のこと好きではなかったのかと………」
親に言われたというより、シナリオだからと何の疑問も持たなかったなぁ……。
「たまたま用があってリリアと話をしていたら、その後ミーシャがリリアを虐めたと聞いて……その、嬉しかったんだ」
「???どういう意味ですの?」
「その………嫉妬してくれたのだと………」
そんな意図はなかった。
だってシナリオだもの。
私の認識では「あぁ、ヒロインはアルフ様ルートに入ったのね」で、「ならばヒロインを虐めなければ」だった。
「嫉妬しているということは、俺が好きな証拠だろ?ついつい嬉しくてリリアに協力してもらって浮気しているように見せていたんだ」
……じゃあリリア様は協力させられた上に私に虐められて、貧乏クジを引いただけじゃない。
「婚約破棄を言い出したのも、君が俺に泣いて縋るさまを見たかっただけなんだ」
中途半端にエスッ気出して受け入れられたものだから、焦って謝りに来た……という訳ね?
「君を傷つけるつもりなんてなかったんだ。俺が悪かった!」
そうか、攻略者として合格ラインの彼なら、まず好きでもない女と婚約などするはずないか。
彼は王族だ。
政略結婚などせずとも選びたい放題だ。
「………アルフ様は私が好きなんですの?」
「あ、当たり前だ!」
…………嬉しいけど、悪役令嬢と攻略者のトゥルーエンドスチルなんて需要あるの?
そんなふうに思っていると、それをどう取ったのかアルフ様が急に詰め寄ってきた。
「……君が俺を許してくれないなら、強硬手段を取らせてもらう」
「え?」
「既成事実ができてしまえば、君も俺と結婚する以外の道がなくなる」
「ええ???」
いきなり抱きしめられたと思ったら、そのままソファに押し倒されてしまった。
アルフ様はフェロモンを出しまくって妙に艶っぽい表情をしていた。
こんなアルフ様のスチル見たことない!
そうウッカリ見入ってたのがいけなかった。
気がついたらあっちこっち弄られており、乙女の口から語るには憚られる、めくるめく大人の世界が展開された。

このゲームは全年齢対応で、決して18禁ではなかったはず………。
なにがどうしてこうなった?


「ミーシャ、必ず君を幸せにすると誓うよ」
そして私はアルフ様の妃となった。
アルフ様は乙女ゲームの攻略者に相応しく、毎日甘く蕩けるような台詞を沢山言ってくれる。
お相手が悪役令嬢になってしまったのはイレギュラーだったが、スチルにはヒロインの顔は映らない仕様なので、私さえ気にしなければ普通にリアル乙女ゲームを楽しむことができる。

これがゲームだったらバットエンドなのだろうけど、ここは現実だ。
悪役令嬢がハッピーエンドを迎える世界もなかなか素晴らしいと思うのだった。
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