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第二十二章 宿命が交差するとき
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「フィーナ! やめるんだ!」
「アスベル様」
アスベルがフィーナの肩を抱く。
抱いてくれる夫の胸にすがってフィーナは泣いた。
そんな彼女の姿に透はなにも言えなくなる。
「トールを責めないでくれ、フィーナ」
「叔父さま」
「トールを愛したのはわたしだ。エドの想い人と知っていて愛したのはわたしなんだ。だから、トールには罪はない。青めるのならわたしを青めてくれ」
「どうしてお父さまには、叔父様には叔母様がいるじゃない」
「ビクトリアはわたしにとって週去になった。今はトールがすべてだ。すまない」
「お兄様は命懸けだったのに、わたしだけが幸せになるなんて。そんなの」
辛そうなふたりにフィーナは青める瞳を向ける
そんな妃をアスベルが強く抱きしめた。
「婚礼の日に泣き顔なんてエドが喜ばないよ、フィーナ」
「アスベル様」
「エドはきっとすべて受け入れてる。だから、トールに抗議しなかったんだ。エドも言ってただろ? 人の気持ちは強制じゃ動かないって。仕方なかったんだ」
「そんな言葉で片づけたくない」
「フィーナ」
泣き崩れる妃を抱いてアスベルは宴の席を後にした。
これ以上は無理だと判断して。
主賓が抜けて当然だが宴はお開きの方向へと進んでいく。
黙り込んでしまう透にルーイを抱いて近づいてきたフィオリナが声を投げた。
「わかっていて踏み出した一歩でしょう? 落ち込んではいられないわよ、トール』
「母さん」
「ルーイはカスバルに運ばせよう」
指図されてカスバルが安らかに眠るルーイを宮へと連れ戻す。
そんな末息子をフィオリナがじっとみていた。
『みんなが幸せになる道なんてないの。誰かが幸せになれば、誰かがどこかで不幸になっているわ。だから、あなたは幸せでなければならないの。不幸にしてしまった人の分まで、でなければ貴方がその道を選んだ意味がない。そのことを忘れないようにしなさい』
「うん、母さん」
それでも一度も眼を合わせようとしなかったエドを思い出せば、透は笑顔にはなれない。
『エドはね、あなたと逢うのが辛いというのも確かにあったけれど、あなたに逢えない理由があったの』
?
「どういう意味だ、ビクトリア?」
「守護を与えておいたけれど、正直なところ、後はエド次第だわ。彼はね、ヴァルドに狙われているの。心を』
ふたりが絶句する。
そんなふたりにフィオリナはため息をつく。
『貴方にヴァルドを近づけたくなくて、エドはあなたに近づかなかったの。だから、彼の思いやりを無にしてはダメよ?』
「でも、それじゃあエドはどうなるんだ?」
震える声にフィオリナはどこか遠くを振り向いた。
『わたしにできる守護は与えておいたわ。彼の心がそれだけ光へと傾いたということよ。普通ならあれでなんとかなる。ならないとしたら、見守るしかないわ』
「エドワードはトールを護りたくて、自覚があったから近づかなかったんだな?」
ランドールの問いかけにフィオリナは頷いた。
すると彼がホッとしたように笑った。
「ランドール?」
「だったら大丈夫だ」
「どうして?」
「失恋したと思い込んで自分の生命が後僅かとなったからといっても、エドはヤケになっていない。それでも愛する人を護ろうとしている。だったら大丈夫だ。ヴァルドなんかに付け込まれたりしない。きっと乗り越えるだろう」
「でも、エドの生命は」
落ち込んだ声にフィオリナは自分の推測を打ち明けた。
『ランディの言うとおり、エドが本当にヴァルドに打ち勝ったら、彼は人としての生を終えた後、もしかしたら神として迎えられるかもしれないわ』
「「神として?」」
『一度ヴァルドに心を付け込まれて、そこで打ち勝てる人間というのは、ほとんどいないのよ。それをなし遂げたなら神々も彼を放っておかないでしょう。おそらく人間としての生を終えたら、すぐに神として迎えるはずよ。そういう形ではあるけれど生き残る道もある。そう納得していなさい、トール』
エドはその魂の資質によって神に選ばれる。
もしかしたらそのためにエドの寿命は決まっていたのかもしれない。
そんな風にフェオリナは思える。
彼がヴァルドに屈していない現実を知って。
「俺にはなにもできないのか?」
『彼のためを思うなら、手出しはしない方がいいわ。それにね? あなたがしなければいけないのは、ヴァルドと決着をつけることよ。神々はあなたがヴァルドと決着をつけるときを待っているわ。あなたを迎えるために』
「ちょっと待て、ビクトリアっ! トールはいつか神の世に帰るのか?」
『バカね、そのときは貴方やアスベルも一緒よ、ランディ』
「だが」
『できるだけあなたたちが人として生きていけるように、その時間を与えてくれるように動いてみるわ。でも、いつかは神の世へ行かなければならない。そのことは覚悟しておいて。アスベルにもそう言っておいてね?』
言いたいことだけ言うとフィオリナは消えてしまった。
呆然と見送った後でランドールは透を振り返る。
「神の世というのはどこにあるんだ、トール?」
「さあ、俺もそのころのことは憶えていないからなんとも」
産まれてから地球に行くまで、透はそこにいたはずである。
しかし眠っていたので憶えていない。
近くに控えて黙って果汁を飲んでいたマリンを振り返る。
「アスベル様」
アスベルがフィーナの肩を抱く。
抱いてくれる夫の胸にすがってフィーナは泣いた。
そんな彼女の姿に透はなにも言えなくなる。
「トールを責めないでくれ、フィーナ」
「叔父さま」
「トールを愛したのはわたしだ。エドの想い人と知っていて愛したのはわたしなんだ。だから、トールには罪はない。青めるのならわたしを青めてくれ」
「どうしてお父さまには、叔父様には叔母様がいるじゃない」
「ビクトリアはわたしにとって週去になった。今はトールがすべてだ。すまない」
「お兄様は命懸けだったのに、わたしだけが幸せになるなんて。そんなの」
辛そうなふたりにフィーナは青める瞳を向ける
そんな妃をアスベルが強く抱きしめた。
「婚礼の日に泣き顔なんてエドが喜ばないよ、フィーナ」
「アスベル様」
「エドはきっとすべて受け入れてる。だから、トールに抗議しなかったんだ。エドも言ってただろ? 人の気持ちは強制じゃ動かないって。仕方なかったんだ」
「そんな言葉で片づけたくない」
「フィーナ」
泣き崩れる妃を抱いてアスベルは宴の席を後にした。
これ以上は無理だと判断して。
主賓が抜けて当然だが宴はお開きの方向へと進んでいく。
黙り込んでしまう透にルーイを抱いて近づいてきたフィオリナが声を投げた。
「わかっていて踏み出した一歩でしょう? 落ち込んではいられないわよ、トール』
「母さん」
「ルーイはカスバルに運ばせよう」
指図されてカスバルが安らかに眠るルーイを宮へと連れ戻す。
そんな末息子をフィオリナがじっとみていた。
『みんなが幸せになる道なんてないの。誰かが幸せになれば、誰かがどこかで不幸になっているわ。だから、あなたは幸せでなければならないの。不幸にしてしまった人の分まで、でなければ貴方がその道を選んだ意味がない。そのことを忘れないようにしなさい』
「うん、母さん」
それでも一度も眼を合わせようとしなかったエドを思い出せば、透は笑顔にはなれない。
『エドはね、あなたと逢うのが辛いというのも確かにあったけれど、あなたに逢えない理由があったの』
?
「どういう意味だ、ビクトリア?」
「守護を与えておいたけれど、正直なところ、後はエド次第だわ。彼はね、ヴァルドに狙われているの。心を』
ふたりが絶句する。
そんなふたりにフィオリナはため息をつく。
『貴方にヴァルドを近づけたくなくて、エドはあなたに近づかなかったの。だから、彼の思いやりを無にしてはダメよ?』
「でも、それじゃあエドはどうなるんだ?」
震える声にフィオリナはどこか遠くを振り向いた。
『わたしにできる守護は与えておいたわ。彼の心がそれだけ光へと傾いたということよ。普通ならあれでなんとかなる。ならないとしたら、見守るしかないわ』
「エドワードはトールを護りたくて、自覚があったから近づかなかったんだな?」
ランドールの問いかけにフィオリナは頷いた。
すると彼がホッとしたように笑った。
「ランドール?」
「だったら大丈夫だ」
「どうして?」
「失恋したと思い込んで自分の生命が後僅かとなったからといっても、エドはヤケになっていない。それでも愛する人を護ろうとしている。だったら大丈夫だ。ヴァルドなんかに付け込まれたりしない。きっと乗り越えるだろう」
「でも、エドの生命は」
落ち込んだ声にフィオリナは自分の推測を打ち明けた。
『ランディの言うとおり、エドが本当にヴァルドに打ち勝ったら、彼は人としての生を終えた後、もしかしたら神として迎えられるかもしれないわ』
「「神として?」」
『一度ヴァルドに心を付け込まれて、そこで打ち勝てる人間というのは、ほとんどいないのよ。それをなし遂げたなら神々も彼を放っておかないでしょう。おそらく人間としての生を終えたら、すぐに神として迎えるはずよ。そういう形ではあるけれど生き残る道もある。そう納得していなさい、トール』
エドはその魂の資質によって神に選ばれる。
もしかしたらそのためにエドの寿命は決まっていたのかもしれない。
そんな風にフェオリナは思える。
彼がヴァルドに屈していない現実を知って。
「俺にはなにもできないのか?」
『彼のためを思うなら、手出しはしない方がいいわ。それにね? あなたがしなければいけないのは、ヴァルドと決着をつけることよ。神々はあなたがヴァルドと決着をつけるときを待っているわ。あなたを迎えるために』
「ちょっと待て、ビクトリアっ! トールはいつか神の世に帰るのか?」
『バカね、そのときは貴方やアスベルも一緒よ、ランディ』
「だが」
『できるだけあなたたちが人として生きていけるように、その時間を与えてくれるように動いてみるわ。でも、いつかは神の世へ行かなければならない。そのことは覚悟しておいて。アスベルにもそう言っておいてね?』
言いたいことだけ言うとフィオリナは消えてしまった。
呆然と見送った後でランドールは透を振り返る。
「神の世というのはどこにあるんだ、トール?」
「さあ、俺もそのころのことは憶えていないからなんとも」
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しかし眠っていたので憶えていない。
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