紅の神子

第十九章 囚われ人の抗い

（１）

　第十九章　囚われ人の抗い




　ふと意識が現実に引き戻された。

　我に返る。

　どうして裸？

　それ以前にここはどこ?

　確か地球に送還されそうになって。

　途中でなにか強い力に引き寄せられた。

　地球へ辿り着く前に。

　気がつくとここにいた。

　ここはどこ?

　最愛の兄はどこにいる？

　起き上がろうとするのに身体が動かない。

　疲労していることがすぐにわかった。

　信じられないほど疲れ切っている。

　そもそも心は疑問に思っているのに、身体は変だ。

　心の思ったとおりに身体が動いてくれない。

　起き上がろうとして起き上がれない理由は疲労だけではないと気づく。

　身体が心に従わないからだ。

　それでも唯一意思通り動かせる目で周囲を確認する。

　何人もの女の人が裸で泣いている。

　どうして？

　なにがあった？

　視界の際に見慣れた顔がみえて、一瞬、ゾクッとした。

　隆？

　信じられない。

　隆が人形のように無表情に女の人を犯している。

　その傍にはまるで見張るように身体の半分が首から下が獣の姿をした獣人がいた。

　二本足で立っているが、上半身はケダモノだ。

　その人が当然なように女の人を犯す降に声を投げた。

「もういい。その女はおまえの子を身籠もった。それ以上は必要ない。次の女を孕ませろ」

「は、い」

　返事をする隆の声は聞いたこともないほど無感情だった。

　あの女性が隆の子を籠もった？

　それって妊娠したってこと？

　どういうこと？

　これ、どういう事態？

　驚いて隆を凝視していると、隆は当然なように傍で泣いていた裸の女の人を組み敷いた。

　まるで相手が人形でもあるかのように、無表情に犯している。

　いつもの隆じゃない。

　ああやって次々妊娠させている？

　どうして？

「子供の方はどうだ？」

「ダメだ。使い物にならん。限界をこえたようだ。ヴァルド様がなんとおっしゃるか」

　子供？

　もしかしてボク？

　使い物にならないってどういうこと？

　それにヴァルドって兄さんを狙っていると聞いているあのヴァルド？

　事態が飲み込めない。

「しかし最後に女を孕ませただろう？　あの女はどうなった？」

「悪魔の子は産みたくないと散々騒いでいたな。今は産まれそうだからか、半分狂ってる。そのせいか逆にやりやすくて、このままなら無事に産まれそうだ」

　子供が最後に女の人を孕ませた？

　孕ませるって確か子供を宿らせることだよね？

　まさかボクが女の人を妊娠させた？

　まさか！

　だって記憶にない。

　そんなことした覚えもないし、でも最近の記憶がプッツリと途切れてる。

　もしかして記憶がない間に、隆みたいなことをさせられていた？

　ヴァルドによって？

　色んな感情がごちゃまぜになって押し寄せる。

　女の人に申し訳ないという感情と、そんなことしたくなかったという、幼い子供としての反感。

　嫌悪感。

　ただ体だけがいうことをきかない。

「あの子供、神子の義理の弟なのだろう？　子供を孕ませてその子供をどうするつもりなのだろうな、ヴァルド様は」

「さあな。だが、神子は生来、優しい気質の方のようだ。望んで得た子供ではなくとも弟の子だとわかっていたら、見殺しにできないのではないか?」

「神子を得たいヴァルド様にとってはちょうどいい人質というわけか」

　兄さんを言いなりにさせるために、ボクを人形みたいに扱って、無理やり女の人を妊娠させ
た？

　そうして産まれた子を人質にするために？

　ボクや隆がこうして捕まっているだけでも、兄さんには十分な足枷なのに、そんなことさせられない。

　なんとかして逃げないと。

　ここから隆や産まれた子を連れ出して逃げないと！

「元々神子はフィオリナ様にそっくりだったが、最近はまるで生き写しだ。その美貌が磨きを増したと評判だ。それはヴァルド様も殺す方針から手に入れる方針に変えるはずだ」

　暁っ!!

　屈託なく笑ってくれた透の笑顔が脳裏を過ぎる。

「しかしイーグル王と婚約発表したらしいじゃないか」

「ヴァルド様のお怒りは如何程のものか」

「フィオリナ様に次いでふたりとも、だからな。それは許せないんじゃないか？　恋敵もここ
まで重なると笑えないな」

「確かに」

　イーグル王って確かランドール王のことだよね？

　あのランドール王と兄さんが婚約発表した？

　嘘だっ！

　暁がみていてもお構いなしで着替えていた透の肢体が脳裏に浮かぶ。

　本当は触れたかった。

　子供として振る舞えば、もしかしたら警戒されないかもしれない。

　そう思ったこともある。

　でも、透を困らせたくなくて、弟として接していた。

　なのに暁がヴァルドに捕まっている間に、ランドールは透を自分のものにしたのだ。

　暁があんなに望んだ透に愛されたのだっ！

　そう思う声が出そうになる。

　身体が心に従わないから泣けないけれど。

「しかしヴァルド様は相当なお怒りだが、神子の婚約は事実だろうか」

「確かに婚約発表をしたという噂だけ流れていて、目撃情報はないからな」

「ただの噂の可能性もあるか」

　そうならいいのに。

　兄さんがまだ変わっていなければ。

「とりあえず子供が使い物にならないなら、あの男だ。あいつも神子の知り合いなのだろう？」

「らしいな。ヴァルド様が得た情報によれば、義理の従兄弟だとか。義理の関係ばかりで神子も大変だ」

「とりあえずあの男は何人孕ませた？」

「今は三人といったところか。ああ。さきほどの女を計算に入れれば四人だ」

　隆が四人も妊娠させた？

　信じられない。

　そもそも多分本人には自覚はないんだ。

　多分自分がそういうことをしているという意識もない。

　隆の顔には感情が感じられないから、多分、感情を封じられているのだろう。

　暁が自分を取り戻せたのだって奇跡的な確率のはずだ。

　とにかく逃げる隙を探すこと
だ。

　隆の子供を身籠もった女の人たちはどうしよう。

　そんなに大勢連れて逃げられないし。

　暁には土地勘もないのだから。

　とにかく透を縛る可能性の高い暁の子だけでも連れて込げないと。
　
　それから真っ青な疲れ切った顔色でありながら、なおも女の人を犯す降をみる。

　隆も連れて逃げないと。

　どうにかして正気に返して。

　今は休もう。

　全員で逃げるために。