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第十七章 禁戒の子
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「あまり当たってほしくないな」
「父上?」
「いや。本当にいやな予感だったんだ。当たったら後悔するような、そんな予感だった、外れてくれないかと思ってな」
「もしかしてこれですかね?」
アスベルがヒラヒラと一枚の書類を振る。
なんだろう? と、受け取ると報告書だった。
アスベルが個人的に調べさせたことが載っている。
「怒らないでくださいよ、父上。おれはそういう噂を聞いて裏をとっただけです。そうい
態を招きやすくしたのは他でもない父上でしょう?」
「それはそうなんだが。こんなことお膳立てされても困る。本人はなにも知らないのに」
そこにで記されているのは今夜予定されているランドールのための伽である。
相手は勿論透だ。
本人にはおそらく確認もとっていない。
周囲にとっては今更なのだ。
もうすでに肉体関係をもっていて確認もなにもいらないだろう、と。
透の意識が戻って一ヵ月。
ランドールはまた潔癖な毎日を送っている。
周囲にしてみれば、さっさと透を抱けばいいものを、とでも焦れていたのかもしれない。
透はまだ男だから。
彼を女性に変えるのはランドールであるべきだ。
そう思っているのだろう。
嬉しくないとは言わないが、でもでも気持ちも伝えられていないランドールには、有り難迷惑なだけだった。
何度か打ち明けるときを探ってみたことはある。
だが、あの信頼しきった瞳をみると、なにも言えなくなってしまうのだ。
透はランドールを信頼している。
親として信じきっていて頼りきっている。
そんな彼に迂闊に告白なんてできるわけがない。
告白より肉体関係をもつ方が先になってしまったのは、ランドールには珍しくないことだが。
何故ならビクトリアのときもそうだったので。
初夜を終えてようやく手に入れたと実感したときに、実は愛していたから無理強いしたと打ち明けたのである。
すると返ってきたのは「無理強いしなくてもわたしもあなたを愛していたのに。気づい
なかったの? なのに無理強いしたの?」という内容だった。
この時点で両想いだと知ったのだから、彼女に「ランディは鈍い」と言われていたのも無理
からぬことである。
言葉より行動が先走る。
それがランドールだから珍しくはないのだが、今度はちょっと事情が違う。
なにしろ既成事実の有無を本人が知らないのだ。
彼はまだ自分は未経験、と信じ込んでいる。
確かにまだ抱いていないが、周囲は誤解しているのだ。
それでなにをしろというのか。
「とにかく今から取り止めるというのは無理だと思いますよ。父上には確認もとらずに内密に
進めているようですから」
「有難迷惑と言ってもいいか?」
「気持ちはわかりますが、現実は変わりませんよ? それよりログレスへの返事はどうするつ
もりですか?」
アスベルが問いかけているのは、一度エドワードとフィーナを帰国させてほしいという申し出のことだった。
何故かというとフィーナがアスベルと進展したことを両親に報告したことによって、結婚式が急がれているからである。
勿論既成事実などはまだない。
だが、アスベルがあまりに求婚を申し込まれる身なので、ログレス側としても幾ら彼がフィーナがいいと言ってくれていても、婚礼は早くしたいという思惑があるのだ。
フィーナがアスベルの恋人になっているのなら、ふたりの婚礼を早めたいと申し出があった
のである。
アスベルの成人の儀のときに婚礼の儀も同時に行いたいと。
イーグル側としても、この申し出は願っでもないことだった。
エドの問題があったからだ。
彼の問題は一部の重臣なら知っているので、神子関係で対立しかねない現状では、アスベルの婚姻にすべてを委ねるしかない、といった状況なのである。
そのためふたりの帰国には賛成する者が多かった。
今回、帰国を申し込まれているのは、自国でフィーナの婚礼の支度を整えるためである。
これに世継ぎとしてエドが出ないということはできない。
しかし彼自身、帰国の指示について色好い返事はしていない。
透の傍を離れる決心がつかないのだ。
そんなことをしたらランドールに透を完全に奪われそうで。
しかし現実問題として帰国は避けられない。
今、その問題の決定権をもっているのがランドールだった。
「しかしエドワードの気持ちを考えると帰ってくれとは言いにくいし」
「父上にしてみれば帰ってくれた方が有難いんじゃないですか?」
「意地が悪いぞ、アスベル」
「すみません」
「そなたの方こそ、こんなに急に婚礼を進められて構わないのか?」
「それは多少は戸惑いもありますよ? でもフィーナを想っているのも事実だし、彼女からも
婚礼は急ぎたいと言われているので、特に不満はありません」
「もしかしてまだ彼女を抱いていないのか?」
「父上」
露骨に言われてアスベルが父を睨む。
顔は赤かったが。
睨まれてランドールは答えを知った。
息子の奥手さに微笑む。
「全く。アスベルは奥手だな。もしかして婚礼まではとか言って彼女に言い含めているのか?」
「どうしてわかったんですか?」
「彼女が婚礼を急ぐ理由があるとしたら、それしかないと思ったんだ。情けないぞ。恋人に不満を抱かせるなんて」
「でも、やっぱりそういうことは婚礼をあげて、正式に夫となってから迎えたいし。おれなり
に彼女に誠実に振る舞っているつもりです」
「それはそうだろうが、彼女は物足りないんじゃないか?早く婚礼をあげたいと思うほどには」
「そうでしょうか」
望まれる度に「婚子まで待ってほしい」と言うと、彼女は不満そうに頬をふくらませるのだ。
それを思うと大事にしすぎていただろうか、とも思う。
でも、アスベルなりに彼女を愛しているから大事にしているのだが。
「このあえず帰国は避けられないだろう。エドには悪いが」
「そうですね」
そこまで話し合ってふたりはため息をついた。
アスベルは近く行われる自身の婚礼について。
ランドールは今夜行われる伽について。
どちらの悩みもそう簡単には片づきそうになかった。
「父上?」
「いや。本当にいやな予感だったんだ。当たったら後悔するような、そんな予感だった、外れてくれないかと思ってな」
「もしかしてこれですかね?」
アスベルがヒラヒラと一枚の書類を振る。
なんだろう? と、受け取ると報告書だった。
アスベルが個人的に調べさせたことが載っている。
「怒らないでくださいよ、父上。おれはそういう噂を聞いて裏をとっただけです。そうい
態を招きやすくしたのは他でもない父上でしょう?」
「それはそうなんだが。こんなことお膳立てされても困る。本人はなにも知らないのに」
そこにで記されているのは今夜予定されているランドールのための伽である。
相手は勿論透だ。
本人にはおそらく確認もとっていない。
周囲にとっては今更なのだ。
もうすでに肉体関係をもっていて確認もなにもいらないだろう、と。
透の意識が戻って一ヵ月。
ランドールはまた潔癖な毎日を送っている。
周囲にしてみれば、さっさと透を抱けばいいものを、とでも焦れていたのかもしれない。
透はまだ男だから。
彼を女性に変えるのはランドールであるべきだ。
そう思っているのだろう。
嬉しくないとは言わないが、でもでも気持ちも伝えられていないランドールには、有り難迷惑なだけだった。
何度か打ち明けるときを探ってみたことはある。
だが、あの信頼しきった瞳をみると、なにも言えなくなってしまうのだ。
透はランドールを信頼している。
親として信じきっていて頼りきっている。
そんな彼に迂闊に告白なんてできるわけがない。
告白より肉体関係をもつ方が先になってしまったのは、ランドールには珍しくないことだが。
何故ならビクトリアのときもそうだったので。
初夜を終えてようやく手に入れたと実感したときに、実は愛していたから無理強いしたと打ち明けたのである。
すると返ってきたのは「無理強いしなくてもわたしもあなたを愛していたのに。気づい
なかったの? なのに無理強いしたの?」という内容だった。
この時点で両想いだと知ったのだから、彼女に「ランディは鈍い」と言われていたのも無理
からぬことである。
言葉より行動が先走る。
それがランドールだから珍しくはないのだが、今度はちょっと事情が違う。
なにしろ既成事実の有無を本人が知らないのだ。
彼はまだ自分は未経験、と信じ込んでいる。
確かにまだ抱いていないが、周囲は誤解しているのだ。
それでなにをしろというのか。
「とにかく今から取り止めるというのは無理だと思いますよ。父上には確認もとらずに内密に
進めているようですから」
「有難迷惑と言ってもいいか?」
「気持ちはわかりますが、現実は変わりませんよ? それよりログレスへの返事はどうするつ
もりですか?」
アスベルが問いかけているのは、一度エドワードとフィーナを帰国させてほしいという申し出のことだった。
何故かというとフィーナがアスベルと進展したことを両親に報告したことによって、結婚式が急がれているからである。
勿論既成事実などはまだない。
だが、アスベルがあまりに求婚を申し込まれる身なので、ログレス側としても幾ら彼がフィーナがいいと言ってくれていても、婚礼は早くしたいという思惑があるのだ。
フィーナがアスベルの恋人になっているのなら、ふたりの婚礼を早めたいと申し出があった
のである。
アスベルの成人の儀のときに婚礼の儀も同時に行いたいと。
イーグル側としても、この申し出は願っでもないことだった。
エドの問題があったからだ。
彼の問題は一部の重臣なら知っているので、神子関係で対立しかねない現状では、アスベルの婚姻にすべてを委ねるしかない、といった状況なのである。
そのためふたりの帰国には賛成する者が多かった。
今回、帰国を申し込まれているのは、自国でフィーナの婚礼の支度を整えるためである。
これに世継ぎとしてエドが出ないということはできない。
しかし彼自身、帰国の指示について色好い返事はしていない。
透の傍を離れる決心がつかないのだ。
そんなことをしたらランドールに透を完全に奪われそうで。
しかし現実問題として帰国は避けられない。
今、その問題の決定権をもっているのがランドールだった。
「しかしエドワードの気持ちを考えると帰ってくれとは言いにくいし」
「父上にしてみれば帰ってくれた方が有難いんじゃないですか?」
「意地が悪いぞ、アスベル」
「すみません」
「そなたの方こそ、こんなに急に婚礼を進められて構わないのか?」
「それは多少は戸惑いもありますよ? でもフィーナを想っているのも事実だし、彼女からも
婚礼は急ぎたいと言われているので、特に不満はありません」
「もしかしてまだ彼女を抱いていないのか?」
「父上」
露骨に言われてアスベルが父を睨む。
顔は赤かったが。
睨まれてランドールは答えを知った。
息子の奥手さに微笑む。
「全く。アスベルは奥手だな。もしかして婚礼まではとか言って彼女に言い含めているのか?」
「どうしてわかったんですか?」
「彼女が婚礼を急ぐ理由があるとしたら、それしかないと思ったんだ。情けないぞ。恋人に不満を抱かせるなんて」
「でも、やっぱりそういうことは婚礼をあげて、正式に夫となってから迎えたいし。おれなり
に彼女に誠実に振る舞っているつもりです」
「それはそうだろうが、彼女は物足りないんじゃないか?早く婚礼をあげたいと思うほどには」
「そうでしょうか」
望まれる度に「婚子まで待ってほしい」と言うと、彼女は不満そうに頬をふくらませるのだ。
それを思うと大事にしすぎていただろうか、とも思う。
でも、アスベルなりに彼女を愛しているから大事にしているのだが。
「このあえず帰国は避けられないだろう。エドには悪いが」
「そうですね」
そこまで話し合ってふたりはため息をついた。
アスベルは近く行われる自身の婚礼について。
ランドールは今夜行われる伽について。
どちらの悩みもそう簡単には片づきそうになかった。
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