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第十七章 禁戒の子
(3)
しおりを挟む透が目覚めて人々の前に立ったとき、人々は驚いたものだ。
それまでの透がビクトリア妃に似ていることは、誰もが自覚していた。
つまり彼は母であるフィオリナ似だと知っていたのだ。
だが、一ヵ月と少しして目覚めた彼は以前よりずっとフィオリナに似ていた。
髪の長さが違うだけではない。
それまでの透は少女的な顔立ちの少年だったが、今の透は本当に少年か? と疑いたくなる
ほど生粋の少女にみえる。
肩幅や体型も少年らしさが消え、どこか少女めいている。
それがランドールに愛されたためだと、周囲は一瞬で理解した。
最初に王が彼を抱いた十日間。
だが、その情事については、透には意識はない。
そのことはだれもが知っている。
それでもランドールに愛されたことは、確実に彼を変えていたのだと、誰かもが自覚していた。
「なんか居心地が悪い」
どうやって結界を張るべきか考えながら、城内を歩いていた透はジロジロと突き刺さる視線にかなりカリカリしていた。
透はまだ知らない。
意識のない間にランドールに抱かれたことを。
そしてそれを周囲が知っていることを。
知らないのは唯一ルーイだけという現実を、透はまだ知らされていなかった。
彼に事実を教えることを王であるランドールが口止めしているからである。
それでもヒソヒソと交わされる噂話や、歩いている透に向けられる好奇の視線までは、ランドールにもどうしようもなかった。
それにより透がカリカリしていることも、まあ仕方のないことである。
誰だって意味ありげに注視されていたらイラつくものだから。
だから、透は冷静さを欠いていた。
あまりに無遠慮にみられて意味がわからなくて。
そのせいでその一撃をかわせなかった。
突然、両腕を摑まれて壁に後頭部を強打される。
それは人間の力とは思えない強さだった。
神である透が逆らえない。
おまけに痛みを感じるほどの力。
ヴァルド?
気が遠くなりそうなのを懸命に堪えながら、透は眼を凝らす。
『こんなところにいたのか、フィオリナ』
やっぱりヴァルドだ。
また透を母と間違えている。
『おまえを裏切ったあんな男のことなど忘れてしまえ』
あんな男?
ランドール?
裏切ったって?
思考は虚しく空回りする。
相変わらず黒い影かと思ったら、よくみれば今のヴァルドは人形をしているようにみえる。
だれだ?
こいつはだれだ?
ヴァルドじゃない?
でも、俺のことをフィオリナって呼んだ。
腕が伸びる。
透を抱きしめる。
まるで宝物のように。
『おまえを真実愛しているのは俺だけだ。あんな人間の男じゃない』
やっぱりあんな男ってランドールだ。
ランドールが母さんを裏切ったってどういうこと?
『おまえの力を俺にくれ。俺が真実、覚醒められるように。おまえの傍に戻れるように』
唇が近づいてくる。
透の意識が遠ざかる。
なにが起きるかわかっているのに抵抗すらできない。
母に間違われてなんて御免なのに。
だが、吐息がかかりが触れる。
「トール様を離すんだ! ヴァルドッ! その方はフィオリナ様じゃないっ!」
マリンの声が響いた。
顔をみせない人影がチッと舌打ちする。
『また邪魔立でするか、マーリーン』
「あなたは本当にわかっていないんだね。トール様があなたにとって誰なのかを」
マリンの声は悲しい。
悲哀に満ちている。
『どういう意味だ?』
「わからないの? フィオリナ様に一度は愛された身でありながら、あなたにはわからないの? そんなの悲しいよ」
『だが、フィオリアは俺を裏切った。俺を裏切ってあんな人間の男を選んだ。ちっぱけな虫けらの分際でありながら、俺からフィオリナを奪って、それなのに彼女を裏切ったっ!』
「御夫婦のことは御夫婦にしかわからないよ。それはあなたにしても同じ。どうして気付いてあげないの? フィオリナ様はあなたを愛していたから、だから、あなたを裏切ったのに」
ヴァルドが歯ぎしりする。
その頃には透は意識を失っていた。
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