紅の神子

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第十七章 禁戒の子

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 第十七章 禁戒の子



「なんかすごくよく寝たなあ」

 そういって透が起きたとき、部屋にはいつも通りランドールとエドがいた。

 なんか久しぶりに顔を見る気がする。

「よく眠っていたな」

 そういってランドールが髪を撫でてくれる。

 彼のことでなんか変な夢をみた気もするが、どんな夢だったかは思い出せなかった。

「俺、どのくらい寝てた? なんかすごくよく寝てた気がするんだけど」

「一ヵ月とすこし、かな」

 エドが言ってくる。

 その表情は陰っているようにみえる。

 透は一ヵ月以上も寝てたと言われて、びっくり仰天する。

「そんなに寝てたのかっ? なんでまた?」

「それは賢者殿にでも聞いてくれ」

「ランドール?」

 あの後ランドールは周囲に勧められて、続けて透を抱こうとした。

 だが、一度は許可したはずのマリンが敵に回ったのだ。

 透の周囲に結界を張り、誰も触れられないようにしてしまった。

 賢者殿曰く。

 神の初体験はとても大事な儀式。

 従者が勝手に取り決めていいことじゃない。

 あのときはランドールの進化がかかっていたから特例。

 初体験を阻止した証拠に挿入も中出しもできなかったでしょと言われ、当たっていたランドールは怒りに燃えた。

 するとマリンは厳しい顔付きで言ったのだ。

「ぼくは言ったよねー? 必要なのは精液だって。それ以上の行為を許すと思った? トール様は意識もないのに!」

 マリンは最初の件に関しては怒っていない。

 自分が仕向けたことだし、ランドールにとっても必要なことだったからだ。

 彼はフィオリナの夫だし、そういう特別扱いはしていた。

 しかしトールの意識がないのをいいことに、二度三度の行為に及ばせようとする周囲や、その思惑に乗ろうとしたランドールに、遂にブチ切れた。

 結界で透を囲い誰も触れられないようにした。

 同時にマリンは誰にも言えない後悔を抱え込んだ。

『彼』はトールの伴侶としては問題だらけだった。

 だから、いけないことかもしれないが透から遠ざけた。

 その方がお互いに傷付かないと考えて。

 でも、それは正しいことだったのだろうか。

 寝言で何度も名を呼んでいた。

 泣きながら謝っていた。

 そんな透を見てわからなくなった。

 なにが正しかったのか。

 もしマリンの妨害を乗り越えて、『彼』が戻ってきたら、覚悟を決めなければならないかもしれない。

 透には『彼』でなければダメなのだと。

 その場合、マリンが焚き付けたランドールや、命がかかっているエドワードが、透の足枷になるだろうが。

 でも、とも思う。

 少なくとも『彼』なら透の意識がないのを知っていて、これ幸いと行動には出ない気がする。

 意識のない透を心配して、ずっと傍に付き添っていたはずだ。

 邪な考えなどなく。

「ぼくはなにか間違えましたか? フィオリナ様?」

 マリンの囁きを聞き止めたのはアスベルだけだったが、このときアスベルは、透の伴侶候補は別にいて、マリンはその対処を間違えたのではないかと考えた。

 その場合、透の伴侶は誰なんだろうと考えたが、遂にわからなかった。

 とそんなことがあったのだが、当然透にはわからない。

 だから、呑気に呟いた。

「そんなに寝てたのかー。通りでお腹空いたと思ったんだー」

 透は呑気に言って起き上がる。

 一ヶ月以上も寝ていたのだ。

 急に起き上がったりして大丈夫なのかと、傍にいたふたりは思ったが、さすがは神の子というべきか。

 透は全くの平静だった。

 するりとベッドから降りる。

「今は朝? それとも夜?」

「朝だ。今朝も起きなかったら、どうしようかと思っていたんだが。なんともないのか?」

「もう平気だよー。エド」

 ランドールと会話していたはずなのに、急に名を呼ばれエドの顔が強張る。

「なに?」

「どうかしたのか? 変な顔で俺をみてる」

「なんでもないよ」

 ため息まじりの声である。

 なんでもないようには見えないのにと透は思う。

 それから、あれ?となった。

 肩の辺りに手を当てる。

 触れるものがそこにある。

「俺。髪、伸びた?」

「ああ。かなり伸びたな。賢者職に言わせると神としての本格的な覚醒によるものだという」

「どのくらいの長さ? そうとう長いみたいだけど」

 直接、誰かめるのが怖くて、透は髪を目の前に持ってこようとはしない。

 気の毒になったのか、エドが手鏡を差し出した。

 受け取っておそるおそる覗き込む。

 そこにいる透は背中まで伸びた金髪の美しい少女に見えた。

 ほとんど母と同一人物である。

 違いといえば母は癖毛だが、透はストレート。

 それくらいである。

「うー。すごく伸びてる」

「嫌なのか?」

「嫌だよー。こんなの男らしくないー」

「だが、わたしは嬉しいんだが」

 にこやかなランドールに透は首を傾げる。

「なんで?」

「ビクトリアが傍にいるみたいで、見ているだけで嬉しい」

 正確には透に似合っているから嬉しいのだが、ランドールはその理由は言わなかった。

 記憶も自覚もない彼に、突然、愛している、なんて言っても追い詰めるだけだと思ったので。

 彼の中でランドールは「父親」なのだから。

 そのことが切なくもあるけれど。

「切りたいんだけど」

 慎ましく言ってみるとそれまで黙っていたエドまで揃って止められた。
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