紅の神子

文字の大きさ
上 下
60 / 103
第十六章 神と人間

(1)

しおりを挟む




 第十六章 神と人間



 賢者殿に言われた変調を感じたのは、夕刻になってからだった。

 執務をしているとグラリと視界が歪んだ。

 身体がなんだか不思議な気がして、すぐにこれが変調なのだと気付いた。

 もし倒れたりしたら大騒ぎになる。

 それはできない。

 だから、独断で執務を中断してアスベルを部屋に呼びつけると、自分で自室を目指した。

 歩いていても地面がグラグラと揺れている。

 少し歩くともう壁伝いにしか歩けなくなっていた。

 身体が暑い。

 まるで熱を持っているように。

 これが神を抱くことの代償?

「父上っ! どうしたんですか?」

 驚いを声に振り向けばアスベルだった。

 部屋へ呼びつけていたから、ちょうど向かっていたのだろう。

 エドも一緒だッたらしく、彼
も驚いた顔をしている。

「アスベル。すまないが肩を賞してくれ。誰かに気づかれる前に部屋に戻りたい」

「エドっ! 反対側の肩を支えてくれっ!」

 それだけ言ってアスベルが右肩を支えてくれる。

 同時にスッと近づいてきたエドが左肩を支えてくれた。

 ふたりに支えられてなんとか歩く。

「おれを呼んだのは、こういうことですか?」

「詳しい話は部屋についてからだ。今は歩くことに集中させてくれ」

 話すのも辛いというとアスベルは黙り込んだ。

 それからは黙々と部屋を目指した。

 それからどのくらいで部屋に辿りついたのだろう。

 正直、実際の距離よりかなり長く感じた。

 執務室から自室までの距離を、こんなに長く感じたのは初めてだ。

 透が眠っている寝堂とは違う部屋に移動して、崩れるように長持子に座り込む。

「叔父上。寝室に移動した方がよかったんじゃないですか? 真っ青ですよ?」

「トールにはこんな姿はみせられない」

 背凭れに凭れかかって言うと、彼は黙り込んだ。

 何故だろろ?

 少し距離を感じる。

 今から打ち明けることを知った後なら、まだ理解もできるが。

「トールには言えないって、この事態に彼が絡んでいるってことですか?」

 アスベルも怪訝そうに言う。

 息を整えて覗き込むふたりの顔を見上げた。

「これは神を抱いたことにより受けている変調だ」

「‥‥‥」

「かなり言いにくいことをいう。だが、しっかり聞いてほしい」

 隠せないから驚者殿から聞いたことは、すべてふたりに打ち明けた。

 昨夜、ランドールが透を抱いたこと。

 それは途中までだったが、彼の精液をかなりの量を飲んだこと。
 
 それによって変調を来していること。

 その変調とはどうやら半人半神に近くなり、寿命がこれまで以上に伸びて老化も遅くなるこ
と。

 それは今始まったことでなく、ビクトリアを妻とした瞬間から始まっていたこと。

 エドワードの問題。

 それが招く結末。

 それを国避する方法。

 アスベルの寿命の問題。

 そして変われないルーイの寿命の問題。

 すべて打ち明けた。

 話を聞きおわったふたりは混乱しているようだった。

「ちょっと整理させてください。つまりなんですか? 父上は知らなかったけど、戦女神だった母上を妃としたことで、知らないあいだに人間から、おれみたいな半人半神に近い存在に
変わっていた?」

「そうだ」

「それで寿命が伸びて老化も遅くなっていた? 確かに父上は年齢の割に若いと評判でしたからね。で? 昨夜、トールを抱いて? その‥‥‥を飲んで?
それによって身体に更なる変調を来した?」

「そういうことになるな。正直なところ、今の段階ではどこまでの寿命をもっているのかは謎なのだと言われた。予測不可能、と」

「そんな」

 アスベルは絶句してしまった。

 どうやら目分の問題にまて気が回っていないようだ。

「ほくがトールに愛されなくても助かる道がある。というお話も事実ですか? 昨夜の叔父上
みたいな行動に、ほくが何度も出たら、別にトールと結ばれなくても。愛されなくても助かると?」

「確かにそうだが」

 言葉が続かなかった。

 それはしないでほしいなんて言えるわけがない。

 彼の立場を思えば。

「もしこれからもわたしがトールを抱いて、その‥‥‥なんだ。精液を摂取しつづけると、当然その変化は顕著になるらしい」

「父上」

「最悪娶らなくても回数によっては神になる可能性もある、と言われた」

「叔父上が神になる?」

 そういわれることで自分の間題に思い至ったのか、アスベルが青ざめた。

「さっき父上は言っていましたよね? おれがもし神になった場合、寿命がなくなる。だから永遠を生きることになる、と」

「ああ」

「じゃあルーイは? おれと父上が神になったら、神にならなくても半人半神だったら、人間であるルーイはどうなるんですか?」

「わたしたちはルーイの死を見取ることになる」

「アスベル」

 エドが気掛かりそうにアスベルの名を呼んだ。

アスベルがこれだけ弟を可愛がっているかわかっているから、かける言葉がみつからないのだろう。

「アスベル。自覚していなさい。それはフィーナにもいえることだと」

「!」

「そなたは今のままでも半人半神。人間より寿命は長い。神になればさらに永くなる。当然だ
が人間であるフィーナに置いて逝かれることになる。年老いた彼女の死を見取ることになる」

 幸せの絶頂のときに言われたくない言葉だと、自分にだってわかっている。

 だが、わかっていることを言わず、覚悟をつけさせないわけにはいかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい

市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。 魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。 そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。 不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。 旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。 第3話から急展開していきます。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...