紅の神子

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第十五章 既成事実

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 第十五章 既成事実




 家族全員で食事するための食堂は王の宮にある。

 だが、食堂からランドールの寝室までは、結構な距離がある。

 イーグル城の大きさが普通ではないのだ。

 それも仕方ないのかも知れないが。

 父親の寝室に向かっていると、不意にエドが話し出した。

「そう言えば、ひとつきみに頼みたいことがあったんだよ、アスベル」

「頼みたいこと?」

 振り向いて問い返すと、彼は小さく首肯した。

「これはぼくもトールから聞くまでは知らなかったんだけれど、アインって特殊な趣味らしいね?」

「アルが特殊な趣味? なんの話だよ?」

 首を傾げていると詳しい話をしてくれた。

 それは意外極まりない話だったが。

 あのアインが男好き? 

 しかもルーイやトールのように可愛い顔立ちの男の子が好み?

 思わず血の気が引いた。

「その反応を見るときみも知らなかったね?」

 コクコク頷いた。

 アインとは小さい頃から一緒にいるが、今まで一度だってそういう趣味だと感じ取らせたことはない。

「あ。でも」

「どうしたんだい?」

「いや。指摘されて思い出したんだけど、おれが小さい頃、かな。子供ってよく服を汚すだろ? そうしたら着替えないといけないわけで、普通なら侍従の仕事なんだけど、なんでか知らないけど、アルは進んで着替えをさせたがってた」

「きみ、それ狼の前の羊って言わないかい?」

「だってさあ。普通そんな小さい頃に疑うか? その頃ならアインだってまだ子供だぞ? 少なくとも今のトールくらいの年齢だったと思う」

「だったら逆から言えば、既にそういうことに興味を持っていても、十分常識なんじゃない? 普通はあのくらいの年齢って、そういう経験してる人、かなり多いよ? きみやトールの方が異例なんだから」

「あんまり考えたくないけど、それって男? ひょっとしてまだ幼さの残る子供みたいな年齢で可愛いタイプの?」

「その可能性は大いにあるね」

 断言されてアスベルは黙り込んでしまった。

 あのアインが少年趣味?

 あんまり、あんまり想像したくない。

 もしフィーナとの間に子供が産まれて、それが彼女に似た可愛い王子だったりしたら、アインにはモロに好みだってことだから。

 想像すると怖い。

 まあどんなに好みでも、主君の息子に手を出すタイプではないだろうが。

 その証拠にアインとは小さい頃から一緒にいるが、アスベルは今になり彼の好みに外れるまで無事に来ているし。

「トールが聞いてしまった話によれば、今のアインの好みって、どうもルーイらしいよ」

「冗談じゃない! 可愛い弟を毒牙にかけてたまるか!」

 ルーイはまだ8歳だぞ!

 それでそういう対象にするなと叫びたい。

「それとね。もうひとつ危惧がある」

「危惧?」

「ルーイが好みってことは、トールも十分に好みだってことなんだよ」

 ため息混じりの声に「あっ」となった。

 確かにそうだ。

 トールも十分に可愛い男の子なのである。

 年齢の割に幼いところもあるし、そういう眼で見ているなら、手に入れたくなるのかも知れない。

「悪いけどアインをあまりトールに近づけないでくれないかな」

「もしかしてそれが言いたくて、アインの性癖の話を出したのか?」

 さすがに呆れる。

 そこまで惚れ切っていたとは。

 予防線を張らずにいれられないくらい本気なんだろう。

 まあだったら一安心ではあるが。

「わかったよ。トールとルーイにはアインを近付けないように気をつける」

「ありがとう」

 そこまで話してから寝室へと辿り着いた。

 エドが躊躇って立ち尽くしてしまったので、アスベルが代わりに扉を開く。

 中に入るとエドを悩ませている張本人は、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。

 しかし気のせいだろうか。

 昨日より顔色が悪い気もするが?

 昨日逢ったときは、もう少し顔色が良かった気がする。

 すると後ろに立っていたエドが、急に新台に近づいて、なにをするのかと思ったら、彼の衣服を脱がせ始めた。

「ちょっとエド?」

 引き止めようと肩を掴むと、エドが振り向きもしないまま囁いた。

「邪な魂胆はないから安心して」

「と言われても」

 透はよっぽど疲れているのか、そんな目に遭っても起きなかった。

 なんだか母上の裸を見るような、背徳的な気分に陥って目を逸らしていると、エドが今度は寝台を調べ始めた。

 なにをしたいのかがよくわからない。

 とりあえず服を着せてやろうと思って近付いて、エドがどうしてこんな行動に出たのか、ようやく理解した。

 透の上半身には至る所に赤い小さな痣があった。

 それがなんの痣なのかわからないほど、アスベルも子供ではない。

 よく見れば首筋にもある。

 だから、脱がせて確かめたのだろう。

 苦い気分で服を着せてやる。

 すると寒かったのか、透が布団を引き寄せた。

 そのまま潜り込んでしまう。

「なかった」

 急にそんな声がして振り向けば、エドがちょっとホッとした顔をしていた。

「なにがなかったんだ?」

「血の痕」

「血痕? なんでそんなもの探したんだ?」

 本気でわけがわからない。

 するとエドはちょっと困ったように笑った。
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