紅の神子

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第十三章 運命の恋

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 第十三章 運命の恋





 恋なんてものはある日突然訪れるもの。




 そう言ったのは誰だった?

 ヴァルドとの攻防に追われつつも、それなりに平穏な日々を過ごしてたはずなのに、この状況はなにっ!?

 透が力を暴走させたことが切っ掛けとなって、ヴァルドの暴走も一時中断。

 あのときに張り巡らされた結界が有効な間は、ヴァルドも手出しできないだろうとマリンが言った矢先の出来事。

 透は壁際に追い詰められて息を殺している。

「ね? ぼくに身を任せて? トール?」

「いや。ちょっと待って~。この状況はなに~? 俺たち出逢って間もないし、そもそも男同士だし!! 落ち着いて~」

 透は必死になって逃げ場を探すのだが、両脇はエドワード王子の腕によって遮られている。

 透は囲い込まれているのだ。

 逃げ場はない。

「初めてでもないんだし、別にいいだろう?」

「そういう問題じゃないから~!!」

 透は必死になって拒絶するのだが、彼の顔は段々近付いてくる。

 綺麗な顔だなあとは思う。

 男だったらこうありたいと望むような顔だと。

 こんな顔の男に迫られて、しかも身分は世継ぎの王子で、女の子ならイチコロなんだろうなとも思う。

 だが、透は男だし迫られても困る。

 目の前にはエドワード王子の綺麗な顔のアップ。

 唇は今にも触れそうな距離。

 どうしてこんなことになった?

 透は今更のように振り返る。

 ここに至るまでの経緯を。





 事の起こりはそう。

 ヴァルドの強襲によりランドールが傷を負ったせいで、透が初めて力を暴走させたことが原因で、透は安静を強いられていたのだ。

 マリンが言うには今まで使い慣れているわけでもない強大な力を突然使ったわけだから、どんな影響が出るかわからない、だから、暫く安静にしていてほしいのだと、そう言った。

 だから、透はヴァルドの反撃に備えて、ランドールの寝室で日がな一日ボーッとしていた。

 透にとって母が築いた家庭であるイーグル王家は実の家族。

 アスベルは兄。

 ルーイは弟。

 そしてランドールはまだ若い父親といった認識だった。

 彼はその認識に違わず過保護だった。

 以前に透と同じ顔の妃を亡くしているからか、透が寝込んでいると色々と気を使ってくれる。

 王として忙しい身でありながら、何度も顔を出してくれた。

 そうして寝てばかりでは退屈だろうと、透は聞いたこともないこちらの世界の書物を読んでくれたりして。

 正直本を読むことのない透にしてみれば、これは有り難迷惑な気がしないでもなかったが。

 彼が口頭で読んでくれる本は嬉しかった。

 父親に絵本を読んでもらっている子供になった気がして。

 そうしてランドールに甘えていると、母が築いた家族の一員になれた気がして、透はとても満足だったのだ。

 そんな透をエドワード王子が、じっと見詰めていることに、このときは気付いていなかった。

 ランドールの寝室にいるわけだから、当然ふたりが親しく振る舞っている場には、エドワード王子も控えている。

 だが、彼は滅多に話に入ってこようとしない。

 どうしてかな? と、チラリとは考えるものの、ランドールに構って貰えるのが嬉しくて、透は深く考えなかった。

 このときの透は新しくできた父親に構ってもらえて嬉しい小さな子供と同じだったのである。

 言ってみれば透は母親の連れ子だ。

 で。

 ランドールが母親の再婚相手で、彼との間に生まれたのが、アスベルとルーイ。

 その輪に入れて、しかも父親に気に入って貰えて構い倒され、透は喜んでいたのである。

 だから、ある日ランドールが「そろそろ時間だから」と執務に戻った後で、エドワードが話しかけてきたとき、彼がどうして不機嫌なのか、透はわかっていなかった。

「そろそろ寝台から出られる?」

「ん~? 俺は平気だよ~ 。マリンやランドールが過保護なんだ」

「だったらちょっとこっちにおいでよ。綺麗な花が咲いてるよ」

「どんな花?」

 透は彼の誘いに乗って窓際に立つ彼に近付いた。

 この世界の花なんて透はそんなに知らない。

 見たことのない種類の花かもしれないと興味津々だった。

「どこどこ?」

 彼の隣に並んで窓から外を見下ろす。

 下には花壇があるのが見える。

「んー。ここからじゃよく見えないなあ。マリンやランドールにでも頼んで見に行きたいなあ。言ってみようかなあ」

「トール」

「ん?」

 名を呼ばれ振り向いたとき、同時に両脇に彼の腕が伸びた。

 透は彼の腕の中に囲い込まれる形になる。

 え? とは思ったが、このときはあんな状況になるとは思っていなかったのだ。

 多分エドワード本人も思っていなかったに違いない。

 彼は本来礼儀正しい人種だ。

 あんな行動に出られるわけがない。

 だから、このときの会話の中のなにかが彼を煽ったのだろう。

 それは透にはわからない。

 透は普通に会話していただけなので。

 彼曰く、

「きみ最近はご機嫌だよね?」

「あ。うん。だってランドールが構ってくれるから」

「叔父上が構うと嬉しい? どうして?」

「言うの恥ずかしいけど……父親に構って貰えてるみたいで嬉しいんだ。トールとしたの俺も本当の父親わからないし。母さんが結婚したってことは、俺にとってもランドールは父親ってことだろ? だから」

 そういうと何故か彼は深々とため息をついた。

「きみ叔父上がどういう気持ちできみと接しているか、本当に気付いていないんだね」

「どういう気持ちって……俺が母さんの子だから」

「違うよ」

 言いかけたら一言で遮られて透はキョトンとする。

 それ以外の理由なんて透には思い付かない。

 あるとしたらひとつしかない。

 思い付いたそれを言ってみる。

「じゃあ俺が『紅の神子』だから?」

「それも違う」

 また否定されてわからなくなる。

 透が戸惑っているとまた違うことを言われた。

「ぼくも最初は気のせいかなって思っていた。でも、最近の叔父上を見ていると、どうしてもこう思える。きみ……自分がどれほど叔母上に似ているか、本当に自覚している?」

「うん。瓜二つ。母さんには言えないけど、もうちょっと男らしく産んでほしかったなあ。俺も」

「きみそこまでわかってて、どうして気付かないんだい? 叔父上はきみと叔母上を同じ目で見てる」

 言われたことが意外で、そんな反応しか返せなかった。

 母さんと同じ目で?

 それ、どういう意味?

 これがこのときの透の本心である。

 本気で理解できなかった。

 エドワードの言いたいことが。

 別に彼を煽るつもりがあったわけじゃなく。本当にわからなかったのである。

 だが、彼はそんな透の反応に苛立ったようだった。

「わからない? 親としての愛情じゃない。恋愛感情を向けている。そう言っているんだよ?」

「まさか~」

 思わず笑い出した透にエドはムッとしたようだ。

 睨む目付きが鋭くなる。

「どうして一蹴できるんだい? 叔母上の心まで神であるきみにならわかるとでも?」

「そうは言わないけど。そんなのあり得ないだろ? 幾ら俺が母さんに似てたって、俺男だし。そもそも母さん生きてるし。そんな母さんを裏切るような真似をランドールがするわけ……」

「フィオリナ様からは別れを切り出されているんだよ? ご夫婦の関係は終わっていると言っても過言じゃないよ。気持ちはともかくね」

「……」

 確かにそうだけど。

 それでも透には信じられなかった。

 あれだけ母に惚れきっているランドールが、幾ら忘れてほしいと離別を口にされていても、最愛の母を忘れて透を選ぶ、なんて。

 悪い冗談にしか聞こえなかった。

「フィオリナ様も本心ではないと思う。ただもう元の関係には戻れないから、叔父上を自由にしたいから、だから、口にされた言葉なんだと思う。その場合叔父上は自由だよね? 叔母上からは自由になってほしいと言われているんだし。誰かを愛しても、十分常識だよ。そしてそれを叔母上も認めているはずだよ」

 母さんがそれを認めてる?

 言われていることはわかる。

 でも、信じられない。

 どうしてもあり得ないと思ってしまうのだ。

「あのさ? どうしてそう思うのかは知らないし、エドにはエドなりの確信があるのかもしれないけど、悪いけどそれでも俺には信じられない」

「どうして? ぼくの言葉じゃ信用できない?」

「そうじゃないけづ、俺にとっては信じられない指摘って意味だよ。あり得ないだろ? そんなの」

「じゃあ叔母上と再会された翌朝に、どうしてきみにキスしたんだい?」

「なんで知って……っ」

 透は青くなったり赤くなったり忙しかった。

 透は知らなかったので。

 ランドールがアスベルに悟られて打ち明けたことも、そのアスベルがエドは他人事じゃないからと教えたことも。

「昨夜叔母上と再会されたばかりなんだよ? 幾ら気持ちが高ぶっていたって、その気になれない相手に普通はキスなんてしないよ」

「だからっ。あれは俺と母さんを人違いしただけで深い意味はっ」

 このとき透は不思議な気持ちだった。

 どうしてエドワードに対して、こんな弁明をしなければいけないのか、不思議だったのだ。

 彼の口調はまるでその事実を責めているように聞こえる。

 そういう関係でもないし、そもそも男同士なのに、この会話は変だろっ!?

 透は内心虚しい突っ込みを入れる。

 悲しいが今のエドワードに突っ込む勇気はなかった。

 なんだか知らないが迫力があって透は飲まれていたので。

「きみってどこまでも叔父上を庇うんだね」

「えとそれは事実を言ってるだけで別に庇っているわけじゃ……」

 ボソボソとした透の反論をエドワードは聞き流したようだ。

 無視して話し出す。

「ぼくの言うことは信じてもくれないのに、叔父上は行動に出ていて尚潔白を信じられる。これって狡くない?」

「狡いもなにも俺はほんとのこてしか言ってないってばっ」

 段々透は泣きたくなってきた。

 どうしてこういう言い争いを彼とする必要があるのか、イマイチわからないが、どうやらエドワードは怒っているらしい。

「行動に出ても、それが事故だったで片付くのなら平気だよね?」

「は?」

 突然両腕を掴まれて透は身動きを拘束される。

 この時点で初めて焦った。

 遅すぎるかもしれないが。

「ちょっとエド? なにを怒ってるのか知らないけど正気に返れよ!! こんなの普段のエドらしくないってっ!!」

「ぼくらしい? どんなのがぼくらしいって言うんだい? 品行方正で礼儀正しくて無理難題を言わなくて素直な王子様?」

「エド?」

「きみはぼくのことをなにひとつわかっていないくせに……ぼくらしいってなに?」

 そう問われて言い返せなかった。
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