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第十六章 水の神殿

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 でも、今は不思議そうな顔をするだけ。

「なに?」

「オレっていうのはやめて、せめてわたしとか、あたしって言う気はないか?」

 小首を傾けてそう言えば亜樹は不思議そうな顔をした。

 これも今までなら想像できない反応だ。

 変化する前なら怒り散らしたはずだ。

 でも、今は不思議そうな顔をするだけ。

 それだけ変わったんだろうか?

 亜樹の内面が。

「なんでオレがそういう言い方しないといけないんだ? 確かにエルシアとかリーンはわたしって言ってたし。こちらでは不思議じゃないんだろうけど、それって普通は女の子の一人称だよ」

「うん。だから、そう振る舞う気はないかって訊いてるんだよ、おれも」
 
 奇妙な沈黙があった。

 憮然としているというより、照れてるみたいな表情だった。

「恥ずかしいからやだ」

「亜樹」

「やだったらやだ」

 強情を張る横顔は「まだ受け入れられないと書いていた」

 やっぱりまだちょっと早かったか。

「でも、お前意識していないのかもしれないけど、どことなく女の子っぽい話し方してるぞ?」

「だったら男っぱく話すように。努力するからいい」

「やめろ。似合わないから。今のおまえだと変なだけだ」

 ちょっとがくっと来ただ。

 らしく振る舞ったらすごく可愛らしいと思うんだけどなあ? ああ。それだと衣装から換えないといけないか。

 抵抗感がないような物を最初に用意して、徐々に慣らしていかないと。

 こんなことてる考えてるって知ったら怒るだろうなあ。

 亜樹は。

 でも、ある意味で真っ白な亜樹を自分好みに育てられるって男のロマンだよな?

 ちょっと嬉しいかもしれない。

 昔は女だったはずなんだけど、おれも正真正銘の男なんだな。

 あのころと考え方が違う。

 あのころなら、こんなふうに東縛したいとは思わなかった。

 男の独占欲ってちょっと厄介だよな。

 もしおれ以外のだれかが亜樹に触れたら、おれ、こいつを殺すかもしれない。

 抑えがきくかどうか自分でも自信がない。

歯のころなら、こんなふうに東縛したいとは思わなかった。
男の独占欲ってらょっと介だ上な。
もしおれ以外のだれかが亜横に触れたら、おれ、たいつき殺すかもしれない。抑えがきどうか、自分でも車がない。

 しばらく亜樹には触れないって、安心させて信頼を取り戻し、亜樹が受け入れてくれる
までは耐えるって決めたんだ。

 なのに今夜はお前が欲しい。

 抱きしめて眠るだけで我慢しようって決意してたはずなのに。

「一樹?」

 敏感に雰囲気の違いを感じたのか、亜樹はちょっと不安そうな顔をした。

 そんな顔をされると心が揺らぐ。

 亜樹が欲しいと思う気持ちと、耐えないこと自制を強いる気持ちと。

 男の衝動って厄介だ。

 ほんとに。

 でも、我慢できそうにない。
 
 亜樹の体を挟むように両側に手をつくと、亜樹はビクッとしたように身を引いた。

「今夜は亜樹が欲しい。構わないか?」

「しばらくはなにもしないって言ったじゃないか」

 困ったような声だった。

 無意識なのか後ずさろうとしている。

「わかってる。規定違反だ。でも、おれは亜樹が欲しいんだ」

 こんなふうに頼むなんて、水神のプライドは、どうしたんだと自分に文句を言いたい気分だけど、亜樹に同意してもらうためなら、別に構わないとそう思った。

 情けない男だと思われていく。

 今は本心から亜樹が欲しい。

 飢えた狼みたいだなと自虐的に思う。

「抜いよ、一樹」

「どうして?」

 泣きだしそうな顔をして、亜樹はそれ以上なにも言わなかった。

 でも、逃げることもしない。同意してくれたのか、それとも拒んでいるのか判断に迷う。
 
 気持ちを確かめる意味で強引に口接けて、もつれるように寝台に倒れ込む。

 亜樹はちょっと身動きはしたけど抗いはしなかった。

「抵抗しないなら、同意したと思ってやめないぞ?」

 口接けの合間に肌を辿りながらそう言えば、亜樹は切ない呼吸を繰り返し、肩で息をしながら言い返してきた。

「いやだって言っても、やめないだろ? 一樹はもう止まらないくせに」

 切ない声が漏れる、その合間に言われた科白に、ちょっとだけ笑った。

 亜樹がどういう心境でいるのかはわからない。

 でも、受け入れてくれるなら、もういいとそう思った。

 久しぶりに触れられるせいか、亜樹も声を殺せないようだった。

 押し殺せない切ない声が絶え間なく溢れる。

 時々、名を呼ぶ。

 それが魔法の呪文のようで小地好かった。

 肩で息を繰り返していた亜樹が眠ったのは明け方近い時刻のことだった。

 ほとんど気絶するように。

 ちょっとやりすぎたかな?
と思う。

 でも、後悔はしていなかった。

 満たされている。

 それが本音だった。





 すべてが明らかになったかに思える現在、運命の輪はゆっくりと回りはじめていた。

 すべてが明らかになったかに思える現在、運命の輪はゆっくりと回りはじめていた一種の姿が水和本来のものに関るのは、ある意味で当たり前のことなのである。

 一樹は確かに人間として転生したが、あのときにセシルが言ったように、水神の化身がいつまでも普通の人間の器のままではいられない。

 覚醒の時がに近付けば自然に姿も戻る。

 それが掟なのだ。

 だが、亜樹は。

 自らに秘められた謎を知らぬまま夜は更けていく。

 杏樹以外は知らない亜樹の話。

 それは彼女も深く関わっていたが、ますがに杏樹も知らない。

 兄に重要な現密があることは、彼女は気づいていないのだ。

 それはセシルに繋がれる秘密ではあったが、基本的に亜樹自身が引き起こした事件だったので亜樹個人の秘密とも言えた。

 一樹がそれを知るのはもうすこし先の話である。

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