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第十六章 水の神殿

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 食べ盛りの子供に夕飯抜きはあまりに辛い。

 すきっ腹を拒えてひもじい思いをしていても、エルシアは情けをかけてくれなかった。

 そういうときに助けてくれたのは、いつもリオネスだった。

 厳しい長兄や次兄に隠れてこっそり食事を運んでくれたのだ。

 昔からリオネスは優しかったから。

 ただし怒らせると一番怖いのもリオネスなのだが。

「なに笑ってるの、一樹?」

 こういう家族団欒の食事には慣れていないエルダが、ひとり憮然としていたが、リオネスは
ごく自然に振る舞っていた。

「昔のことを思い出してたんだ」

「ふうん。やんちゃだったからね、きみは」

 リオネスもクスクスと笑っている。

「なになに? なんの話?」

 亜樹が嬉しそうに割り込んでくる。

 振り向いてリオネスが微笑んだ。

「一樹が小さいころの話だよ。ところでなにを思い出して笑ってたの?」

「うん? エルスは昔から家族を大事にするから、食事の時間だけは守れっていつも言ってただろ?」

「そうだったね。で、きみは毎回遅れるんだ。おまけに怒られて食事抜き。ちょっと可哀想だったね」

「遊び盛りの子供に食事抜きはきついよ、それ」

 ぶーと亜樹が文句を言ってくれる。

「でもそういうときは必ずリオネスが助けてくれたんだ、亜樹」

「あ。なんかわかる。リオネスってそういうイメージだよね」

 うんうん頷く亜樹に、リオネスが笑った。

「でも、結構大変だったんだよ? 気配に敏感な兄さんたちに隠れて、一樹のところに食事を運んでいくのって。それにどうも見抜かれていたみたいだし」

「そうなのか?」

「うん。一樹が突然いなくなってから、なんとなくみんなで思い出話をしていて、そのときに兄さんたちに言われたんだ。ボクはいつも一樹の味方をして、隠れて食事を運んでたって」

 言われてびっくりしたけどねとリオネスが笑う。

「なんか微笑ましいなあ。本物の家族みたいだ」

「ボクらはそのつもりだったよ?」

 振り向いたリオネスに言われて亜樹は嬉しそうに笑った。

 まるで自分のことのように喜んでくれる。

「他にはなにかないの、リオネス?」

「リオンって呼んでいいよ、亜樹」

「いいの?」 

「うん」

「じゃあ、リオン。他にも教えてよ」

「そうだね。例えば一樹は喧嘩っ早くてて、よくリーンと取っ組み合いの簡嘩をしていたね」

「へえ。一樹はわかるけどリーンは意外って感じ」

「あいつはな。外面はいいんだけど、なんかおれには恨みでもあるのか、しょっちゅう突っかかってきてたから。で、おれもそのころはまだ子供だったから、売られた喧嘩は印買ういうか。そういう状態だったなぁ」

「たぶん、きみが悲ましかったんだよ、亜樹」

「なんで?」

 きょとんとして訊ねれば、リオネスはなんでもないことのように言った。

「きみみたいにおおらかに自由に生きたかったんじゃないかな?今思えばきみは水の化身だから、それで自由気儘だったんだと思うけど、リーンにはそれが悲ましかったんだと思うよ」

 自分にはできない生き方だから。

「自由気儘っていえばリオンもそうだよね」

 ふと亜樹がそう言ってリオネスが不思議そうな顔になった。

「そうかな?」

「うん。自由な思考を持ってるっていうか。形に囚われないよね。それにさすがに風の化身だけあって、なんていうのかな。気まぐれな面もあるし」

「それって褒めてる? それとも貶してる?」

 悩むリオネスに一樹は声を出して笑った。

「一樹は?」

「一番意表をつくのはいつだってリオンじゃないか。怒らさせて本当の意味で怖いのはおまえだし」

「そうかな?」

 目のないリオネスに亜樹と一樹は思いっきり笑った。

「おれはエルスに怒られるのと、リオンに怒れるの、どっちか選べって言われたらエルスを選ぶよ」

「なんか嬉しくないんだけど?」

 むすっとしたリオネスにふたりはまたまた笑った。

 本当に楽しい食事だった。

 ただしまだ小さな子供同然のアレスは、言葉の意味がわからないらしく、始終きよとんとしていたし、慣れていないエルダは和やかな食事というのがいやみたいで、なんとなく不機嫌だったが。



「ねえ、なんでオレだけ一樹の部屋なの?」

 寝台に腰掛けて両足をブラブラさせながら、亜樹が不意にそう言った。

 なんか口調も変わってる気がする。

 出逢ったころなら「どうしてオレが一側と同じ部屋なんだよ!」とぶっきらぼうに言ったはずだ。

 外見にコンプレッシスでも担いていたのか、あのころの亜樹はやたらとぶっきらぼうなものの言い方をしていたから。

 寝ぼけていたときの亜樹はこもかくこして識が戻って、正式にご対面したときは、あまりのギャップに驚いたものだった。

 自分は男なんだと無理に言い聞かせ、それを強調しているような、そんな態度を選んでいるようだった。

 でも、今は男か女か判断に迷うような口調だ。
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