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第十五章 CECIL
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でも、想像という条件はあるが、あるていどセシルだったころの記憶が理解できる亜樹には、そんなふうには思えなかった。
亜樹は確かに他のだれかは傷つけなかったかもしれない。
いつも世界のために自分を犠牲にする道を選んだかもしれない。
でも、そのためにいつも傷ついてきた人がいる。
自分を追い詰めて傷つけてそれても守ってくれて愛してくれる人がいる。
だから、一番罪深い。一番守りたい人を傷つけてきたのだから。
マルスの願いはセシルがいつも傍にいてくれること。
望もうと思えばもっと欲を出せたと思うのに、マルスはそれ以上は望まなかった。
それさえもセシルは叶えなかったのだ。
だから、亜樹は同じ罪は犯すまいと思った。
自分が死んで一樹が絶望して、どうしようほど苦しんでいるのに、それでも生きていろとセシルのようには言えなかった。
伝説となり偉人とまで呼ばれたセシルなら、たぶん自分の後を追うようなバカな真似はやめろと言える余裕があったなら言っただろうから。
それがセシルの犯した一番残酷な罪。
マルスを愛していながら、気持ちが通じ合うこともなく、一方的に守られて傷つけてきた。それがセシルの最大の罪なのだから。
一番傷つけてはいけない人を傷つけたことが。
亜樹がなぜ優しくないというのか、なぜ自分を責めるのか、一樹にはわかるような気がしていた。
だから、肩を抱き寄せてきつく抱いて、もう片方の手で髪をくしゃくしゃにした。
「なにするんだよ、一樹!」
ムッとしたように亜樹が怒ってくる。
「おれは傷ついたなんて思っていないから。今おまえはおれの傍にいてくれる。元の世界さえ捨てて。それだけですべて報われたから、だから、もう自分を責めるな、セシル」
亜樹には一樹を傷つけたことはないし、むしろ一樹のほうが亜樹を傷つけてきた。
それは自覚している。
それでも一樹を傷つけたと亜樹が思うなら、それは亜樹としての感想ではなく、セシルとしての感想のはずだった。
だから、昔の名で呼んだ。
亜樹は複雑そうな顔をしていたけど。
「おまえが傍にいてくれるなら、そのぬくもりでおれはなんでもできる。最強でいられる。それだけだよ、セシル。それに今のおまえは亜樹だろ?セシルだったころの感想を引きずることはないんだよ」
納得できないらしい亜樹に、一樹はため想をつきつつ言った。
「納得できないならこう思えよ。亜樹としてのおまえを追い詰めで傷つけてきた自覚はある。それでお互いさまだって」
「なんか変だよ、それ」
「いいんだよ。おれだってそうとう後悔してたんだ。おまえを傷つけていたって気づいて、失ったらどうしようかと思ってた。だから、お互いままなんだよ、亜樹」
そういえば昨夜は謝ってばかりいたっけと、亜樹は今更のように思い出した。
一樹は後悔していたんだろうか?
これ以上なにを言っても一樹が受け入れないことがわかるから、もう黙っていることしきないけど。
「マルス。さすがに面白くないのだが?」
エルダがムスッとしている。
今まで伴侶を迎えなかったことでもわかるように、マルスの帰還を信じ一番待っていたのはエルダなのだ。
仕方のないことと受け入れていても、目の当たりにすると面白くなかった。
それに男として転生してしまったマルスを妻に迎えることはできないから、男でもない大賢者が最適だということもわかってはいる。
それでも愉快な気分にはなれないというのが本音だった。
「なんだよ、おまえ。いい加減おれのことなんか忘れろよ、エルダ。昔の話だろ?」
「購手なことを」
苦々しい顔をしているエルダに、一樹は苦笑を投げている。
なんかあったのかな、このふたりと亜樹はちらりと、一樹を見上げた。
「ん? なんだ、亜樹?」
「いや。今の会話はどういう意味かなあって」
妬いている自覚はないらしいが、どうやら焼き餅らしい。
どことなく憮然としている。
妬いてくれているのが、ちょっと嬉しくて一樹はわざと教えてやった。
「ああ。それならあいつは元々おれの伴侶となるべき相手だったから」
しばらく惚けた顔をして亜樹は固まっていた。
どのくらいの時間が流れたのか、すべての者が時刻を気にする頃、小首を傾げぽつりと言った。
「マルスっで男だったんじゃないのか? エルダが伴侶ってことは」
「おれ、昔も男だったって言ったか?」
「言わなかったけど」
一樹の印象が強烈すぎて正体を打ち明けられた後も、一樹はずっと男だったのだろ自然と信じ込んでいたのだ。
だが、この言葉の糖味するところは。
「じゃあもしかして昔は?」
「うん? 女だったけど? ついてに言うとそのころもおまえは両性皆無だったからな」
「一樹、幻影使える?」
「できるけどなんだよ、亜樹?」
「よかったら昔の姿を見せてくれる? なんだか僧じられない」
混乱しているとその顔には、はっきりと書いていた。
一樹は可笑しくなって笑いだす。これはそうとう自分の刷り込みが説しいらしいと。
そんな一樹にエルシアたちまでが声を投げた。
亜樹は確かに他のだれかは傷つけなかったかもしれない。
いつも世界のために自分を犠牲にする道を選んだかもしれない。
でも、そのためにいつも傷ついてきた人がいる。
自分を追い詰めて傷つけてそれても守ってくれて愛してくれる人がいる。
だから、一番罪深い。一番守りたい人を傷つけてきたのだから。
マルスの願いはセシルがいつも傍にいてくれること。
望もうと思えばもっと欲を出せたと思うのに、マルスはそれ以上は望まなかった。
それさえもセシルは叶えなかったのだ。
だから、亜樹は同じ罪は犯すまいと思った。
自分が死んで一樹が絶望して、どうしようほど苦しんでいるのに、それでも生きていろとセシルのようには言えなかった。
伝説となり偉人とまで呼ばれたセシルなら、たぶん自分の後を追うようなバカな真似はやめろと言える余裕があったなら言っただろうから。
それがセシルの犯した一番残酷な罪。
マルスを愛していながら、気持ちが通じ合うこともなく、一方的に守られて傷つけてきた。それがセシルの最大の罪なのだから。
一番傷つけてはいけない人を傷つけたことが。
亜樹がなぜ優しくないというのか、なぜ自分を責めるのか、一樹にはわかるような気がしていた。
だから、肩を抱き寄せてきつく抱いて、もう片方の手で髪をくしゃくしゃにした。
「なにするんだよ、一樹!」
ムッとしたように亜樹が怒ってくる。
「おれは傷ついたなんて思っていないから。今おまえはおれの傍にいてくれる。元の世界さえ捨てて。それだけですべて報われたから、だから、もう自分を責めるな、セシル」
亜樹には一樹を傷つけたことはないし、むしろ一樹のほうが亜樹を傷つけてきた。
それは自覚している。
それでも一樹を傷つけたと亜樹が思うなら、それは亜樹としての感想ではなく、セシルとしての感想のはずだった。
だから、昔の名で呼んだ。
亜樹は複雑そうな顔をしていたけど。
「おまえが傍にいてくれるなら、そのぬくもりでおれはなんでもできる。最強でいられる。それだけだよ、セシル。それに今のおまえは亜樹だろ?セシルだったころの感想を引きずることはないんだよ」
納得できないらしい亜樹に、一樹はため想をつきつつ言った。
「納得できないならこう思えよ。亜樹としてのおまえを追い詰めで傷つけてきた自覚はある。それでお互いさまだって」
「なんか変だよ、それ」
「いいんだよ。おれだってそうとう後悔してたんだ。おまえを傷つけていたって気づいて、失ったらどうしようかと思ってた。だから、お互いままなんだよ、亜樹」
そういえば昨夜は謝ってばかりいたっけと、亜樹は今更のように思い出した。
一樹は後悔していたんだろうか?
これ以上なにを言っても一樹が受け入れないことがわかるから、もう黙っていることしきないけど。
「マルス。さすがに面白くないのだが?」
エルダがムスッとしている。
今まで伴侶を迎えなかったことでもわかるように、マルスの帰還を信じ一番待っていたのはエルダなのだ。
仕方のないことと受け入れていても、目の当たりにすると面白くなかった。
それに男として転生してしまったマルスを妻に迎えることはできないから、男でもない大賢者が最適だということもわかってはいる。
それでも愉快な気分にはなれないというのが本音だった。
「なんだよ、おまえ。いい加減おれのことなんか忘れろよ、エルダ。昔の話だろ?」
「購手なことを」
苦々しい顔をしているエルダに、一樹は苦笑を投げている。
なんかあったのかな、このふたりと亜樹はちらりと、一樹を見上げた。
「ん? なんだ、亜樹?」
「いや。今の会話はどういう意味かなあって」
妬いている自覚はないらしいが、どうやら焼き餅らしい。
どことなく憮然としている。
妬いてくれているのが、ちょっと嬉しくて一樹はわざと教えてやった。
「ああ。それならあいつは元々おれの伴侶となるべき相手だったから」
しばらく惚けた顔をして亜樹は固まっていた。
どのくらいの時間が流れたのか、すべての者が時刻を気にする頃、小首を傾げぽつりと言った。
「マルスっで男だったんじゃないのか? エルダが伴侶ってことは」
「おれ、昔も男だったって言ったか?」
「言わなかったけど」
一樹の印象が強烈すぎて正体を打ち明けられた後も、一樹はずっと男だったのだろ自然と信じ込んでいたのだ。
だが、この言葉の糖味するところは。
「じゃあもしかして昔は?」
「うん? 女だったけど? ついてに言うとそのころもおまえは両性皆無だったからな」
「一樹、幻影使える?」
「できるけどなんだよ、亜樹?」
「よかったら昔の姿を見せてくれる? なんだか僧じられない」
混乱しているとその顔には、はっきりと書いていた。
一樹は可笑しくなって笑いだす。これはそうとう自分の刷り込みが説しいらしいと。
そんな一樹にエルシアたちまでが声を投げた。
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