上 下
122 / 138
第十五章 CECIL

(3)

しおりを挟む
 でも、想像という条件はあるが、あるていどセシルだったころの記憶が理解できる亜樹には、そんなふうには思えなかった。

 亜樹は確かに他のだれかは傷つけなかったかもしれない。

 いつも世界のために自分を犠牲にする道を選んだかもしれない。

 でも、そのためにいつも傷ついてきた人がいる。

 自分を追い詰めて傷つけてそれても守ってくれて愛してくれる人がいる。

 だから、一番罪深い。一番守りたい人を傷つけてきたのだから。

 マルスの願いはセシルがいつも傍にいてくれること。

 望もうと思えばもっと欲を出せたと思うのに、マルスはそれ以上は望まなかった。

 それさえもセシルは叶えなかったのだ。

 だから、亜樹は同じ罪は犯すまいと思った。

 自分が死んで一樹が絶望して、どうしようほど苦しんでいるのに、それでも生きていろとセシルのようには言えなかった。

 伝説となり偉人とまで呼ばれたセシルなら、たぶん自分の後を追うようなバカな真似はやめろと言える余裕があったなら言っただろうから。

 それがセシルの犯した一番残酷な罪。

 マルスを愛していながら、気持ちが通じ合うこともなく、一方的に守られて傷つけてきた。それがセシルの最大の罪なのだから。

 一番傷つけてはいけない人を傷つけたことが。

 亜樹がなぜ優しくないというのか、なぜ自分を責めるのか、一樹にはわかるような気がしていた。

 だから、肩を抱き寄せてきつく抱いて、もう片方の手で髪をくしゃくしゃにした。

「なにするんだよ、一樹!」

 ムッとしたように亜樹が怒ってくる。

「おれは傷ついたなんて思っていないから。今おまえはおれの傍にいてくれる。元の世界さえ捨てて。それだけですべて報われたから、だから、もう自分を責めるな、セシル」

 亜樹には一樹を傷つけたことはないし、むしろ一樹のほうが亜樹を傷つけてきた。

 それは自覚している。

 それでも一樹を傷つけたと亜樹が思うなら、それは亜樹としての感想ではなく、セシルとしての感想のはずだった。

 だから、昔の名で呼んだ。

 亜樹は複雑そうな顔をしていたけど。

「おまえが傍にいてくれるなら、そのぬくもりでおれはなんでもできる。最強でいられる。それだけだよ、セシル。それに今のおまえは亜樹だろ?セシルだったころの感想を引きずることはないんだよ」

 納得できないらしい亜樹に、一樹はため想をつきつつ言った。

「納得できないならこう思えよ。亜樹としてのおまえを追い詰めで傷つけてきた自覚はある。それでお互いさまだって」

「なんか変だよ、それ」

「いいんだよ。おれだってそうとう後悔してたんだ。おまえを傷つけていたって気づいて、失ったらどうしようかと思ってた。だから、お互いままなんだよ、亜樹」

 そういえば昨夜は謝ってばかりいたっけと、亜樹は今更のように思い出した。

 一樹は後悔していたんだろうか?

 これ以上なにを言っても一樹が受け入れないことがわかるから、もう黙っていることしきないけど。

「マルス。さすがに面白くないのだが?」

 エルダがムスッとしている。

 今まで伴侶を迎えなかったことでもわかるように、マルスの帰還を信じ一番待っていたのはエルダなのだ。

 仕方のないことと受け入れていても、目の当たりにすると面白くなかった。

 それに男として転生してしまったマルスを妻に迎えることはできないから、男でもない大賢者が最適だということもわかってはいる。

 それでも愉快な気分にはなれないというのが本音だった。

「なんだよ、おまえ。いい加減おれのことなんか忘れろよ、エルダ。昔の話だろ?」

「購手なことを」

 苦々しい顔をしているエルダに、一樹は苦笑を投げている。
 
 なんかあったのかな、このふたりと亜樹はちらりと、一樹を見上げた。

「ん? なんだ、亜樹?」

「いや。今の会話はどういう意味かなあって」

 妬いている自覚はないらしいが、どうやら焼き餅らしい。

 どことなく憮然としている。

 妬いてくれているのが、ちょっと嬉しくて一樹はわざと教えてやった。

「ああ。それならあいつは元々おれの伴侶となるべき相手だったから」

 しばらく惚けた顔をして亜樹は固まっていた。

 どのくらいの時間が流れたのか、すべての者が時刻を気にする頃、小首を傾げぽつりと言った。

「マルスっで男だったんじゃないのか? エルダが伴侶ってことは」

「おれ、昔も男だったって言ったか?」

「言わなかったけど」

 一樹の印象が強烈すぎて正体を打ち明けられた後も、一樹はずっと男だったのだろ自然と信じ込んでいたのだ。

 だが、この言葉の糖味するところは。

「じゃあもしかして昔は?」

「うん? 女だったけど? ついてに言うとそのころもおまえは両性皆無だったからな」

「一樹、幻影使える?」

「できるけどなんだよ、亜樹?」

「よかったら昔の姿を見せてくれる? なんだか僧じられない」

 混乱しているとその顔には、はっきりと書いていた。

 一樹は可笑しくなって笑いだす。これはそうとう自分の刷り込みが説しいらしいと。
 
 そんな一樹にエルシアたちまでが声を投げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

好きだから

葉津緒
BL
総長(不良)に片想い中の一途な平凡少年。 を、面白がってからかうチャラ男なNO.2(副総長/不良)。 不良×平凡

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

最弱伝説俺

京香
BL
 元柔道家の父と元モデルの母から生まれた葵は、四兄弟の一番下。三人の兄からは「最弱」だと物理的愛のムチでしごかれる日々。その上、高校は寮に住めと一人放り込まれてしまった!  有名柔道道場の実家で鍛えられ、その辺のやんちゃな連中なんぞ片手で潰せる強さなのに、最弱だと思い込んでいる葵。兄作成のマニュアルにより高校で不良認定されるは不良のトップには求婚されるはで、はたして無事高校を卒業出来るのか!?

処理中です...