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第十四章 たったひとつの真実
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「精霊もそれは言えなかったみたいだな。神々の長が人殺しだなんてさ」
「どういうことだ、マルス?」
「おまえたちが地上から離れて僧仰が薄れていくことで、当時、世界はかなり不安定だった。セシルは後に大賢者と呼ばれたセシルは、信仰を蘇らせるために進んで奇跡を連続して起こした。人々の希望がすべて自分に集まるように、セシルはおれたちの遣いだとわざとそう名乗った。自分へと集まる信仰が、そのままおれたちのものとなるように」
「大賢者に世界の成り立ちを教えたのか?」
意外そうな問いかけに一樹は軽くかぶりを振った。
「おれはなにも教えてない。そもそも獣になったことを、なかなか受け入れられなかったおれがセシルに余計なことを教えるはずがないじゃないじゃないか。それにおれだって最初は、セシルにそんな力があるなんて思わなかったし。普通の人間には過ぎた知識だ。だから、なにも言ってない」
「ではなぜ」
「言われなくてもセシルにはわかるようだった。今、世界に足りないものがなにか。どうすればそれが満ちるか。初めて行動を起こそうとしたそのとき、おれに向かって言ったんだ。これからなにを見ても驚かないでほしいと。嘘をつく自分を軽蔑してもいいけど、邪魔はしないでほしいと。おれはどういう意味かわからなくて、そのときはただ見守ってたんだ。セシルのすることを」
「大賢者はなにをした?」
「なにって色々」
「マルス」
「ほんとにそんなふうにしか言えないんだよ。セシルの成した偉業を並べ上げればキリがない。死にかけた人間を助けたり、溺れかけた人間がいたら、わざと力を使って水を操り助ける。セシルは自分から目立つように目立つように動いたんだ」
「どうしてそんなに目立つ真似をする必要があったの、マルス兄さま。わたしは当時産まれたばかりだったから、詳しいことは知らないけれど、かなり不安定な時代だったと聞いていたわ。そんな真似ばかりしていたら」
『そう。当然のように目障りな奇跡を連続しで起こすセシルは、執拗に生命を狙われるようになった。でも、セシルには身を守る術がない。反撃することができないんだ」
「え? ちょっと待ってよ。でも、オレ、今できるよ、それ」
亜樹が驚いたように黙り込んで、これには神々も驚いた。
週去と特質が変わったと告げた亜樹に。
「初めて亜樹が力を使ったときは、おれも驚いたよ。いっさい反撃はできないどころか防御もできなかったはすなのに、やったのは五倍返しの反撃なんだから」
「五倍返し」
それはやりすぎじゃないのかと言いたけに、神々が亜樹を凝視した。
さすがに居心地が悪くて俯く。
自分がやりすぎたことは自覚していたので。
「だから、今なら昔よりはやりやすいかもしれないな」
「話が脱線しているぞ、マルス。どうしてそなたが人を殺すことになったのだ? そなたにはできないはずだ。神には人間は殺せない」
驚いて亜樹はエルダを見た。
そういう説明は受けていなかったから。
「セシルを護るためだよ」
「‥‥‥」
「セシルが身を守ることができないと知ったのは、初めて刺客に襲われたときだった。なにをされても反撃しないどころか防御もしない。セシルはただ逃げることしかできなかった。おれはどうして力を使わないんだって叫んだよ。力を使って反難しろって。そうしたらできないって言われたんだ。力をそういうふうには使えないって。それでおれが」
「なぜできたのだ? ありえない。そんなことは」
「だから、何度も言ってるだろ? おれは確かにマルスとしての力はなにも変わってない。でも、もう神じゃないんだ。この世界の神の根念から外れたから、おれにはできた。そういうことだよ、エルダ。でも、セシルは反対してておれには人を殺すなと何度も言っていた。だけどおれが受け入れないものだから、セシルのやつ、自分の力をこういうときだけ有効に使っておれの力が感情のままに果走しないように制御したんだ。それが現在でも有効だってことは本人は無意識じゃないか?」
一樹の独白を聞いて、それから傍らの亜樹を見て、ラフィンがささやくように言った。
「それは違うかむしれませんよ、マルス兄上」
「え?」
「もしかしたらあなたはなにも変わってはいないのかもしれない」
「だから、おれはっ」
「聞いてください!」
強い口調で言われて一樹は一応、口を閉じた。
弟の意見に目を傾ける。
「これはわたしの推測ですが、兄上にそれができたのは、おそらく大賢者殿のため」
「?」
「護る人物が代わったら、おそらく兄上には人は殺せないでしょう」
「どうしてそんなことが言えるんだ? 現実におれは」
「大賢者殿の生命を護るため。それ以外の理由で人を殺した経験でもあるのですか? それが他の誰かを救うためでも」
「‥‥‥」
「過去を振り返って正直にお答え下さい。例えそれが人助けで、例えば盗賊に襲われている子供を救うためでも、そういう状況下で兄上は人を殺せましたか?」
助けられなかった。大勢の人々の顔が脳裏に浮かぶ。
その中には、生まれたばかりの赤ん坊もいた。
力なくかぶりを振る一樹を見て亜樹も驚いた。
つまり彼が人を殺せるのは、亜樹を守ると言う目的がある時だけ?
「セシルが狙われたとき以外は、人を殺したことはない。いや。できなかった」
「やはり」
「人助けでも、相手がまさにだれかを殺そうとしている者でも、おれには殺せなかった。
できたのはセシルが絡んだときだけだ」
ここまで告白してから一樹は、自分でもいなかったら自分でも気づいていなかったことを指摘した弟神を見た。
「どうしてわかったんだ? そんなことに。おれだって気づいていなかったのに」
「さきほどのやり取りを見ていましたから」
神々に一斉に注視されて亜樹は思わず一樹の背中に隠れた。
さっきまで風神エルダを相手に堂々と取引をしていた亜樹とは別人のようで、みな驚いた顔をした。
恐々と一樹の背中から顔だけ覗かせる亜樹は、まるで女の子である。
そんなふたりの様子を見たときに、全員がラフィンの推測の意味を知った。
「そういうことか」
「エルダ?」
「そなた。本当の意味でわたしを裏切っていたようだな、マルス」
「は? なんだ? いきなり」
「確か当時の噂によれば、大賢者殿には性別はないとのことだった。ならばふしぎな話ではない。そなた人を殺したとき、すでに大賢者殿に心を奪われていたな?」
はっきり指摘されて一樹はちょっと憮然とした。
そういうことを指摘するなんて無神経だ。
ましてやエルダが言うなんて反則だと思う。
「だから、あなたは人を殺せたのですよ、マルス兄上」
「相変わらず鈍いお方だ」
苦笑したラフィンに背後でそっとリオネスが長兄にささやいた。
「一樹って昔から鈍いんだね、兄さん」
ムッとして睨んだが、素知らぬ顔でそっぽを向かれた。
なんだかムッとする。
みんなでわかり合っているみたいで。
「あなたは今も我々を統べる長、水神マルスそのものです」
「だから、なんでそんな言い方」
「まあいずれわかりますよ、兄上。こういうことは弟が口を挟むことでもありませんし。一言だけ言わせていただくと」
「なんだよ?」
「どうでもいい相手に生命を懸ける者なんて、神でも人間でもだれもいませんよ」
なんだか無性に腹が立つ。
エルダまで笑ってる。
なんなんだ、一体?
わけがわからないと顔に書いている一樹に、レダまでが微笑ましそうに笑っていた。
「どういうことだ、マルス?」
「おまえたちが地上から離れて僧仰が薄れていくことで、当時、世界はかなり不安定だった。セシルは後に大賢者と呼ばれたセシルは、信仰を蘇らせるために進んで奇跡を連続して起こした。人々の希望がすべて自分に集まるように、セシルはおれたちの遣いだとわざとそう名乗った。自分へと集まる信仰が、そのままおれたちのものとなるように」
「大賢者に世界の成り立ちを教えたのか?」
意外そうな問いかけに一樹は軽くかぶりを振った。
「おれはなにも教えてない。そもそも獣になったことを、なかなか受け入れられなかったおれがセシルに余計なことを教えるはずがないじゃないじゃないか。それにおれだって最初は、セシルにそんな力があるなんて思わなかったし。普通の人間には過ぎた知識だ。だから、なにも言ってない」
「ではなぜ」
「言われなくてもセシルにはわかるようだった。今、世界に足りないものがなにか。どうすればそれが満ちるか。初めて行動を起こそうとしたそのとき、おれに向かって言ったんだ。これからなにを見ても驚かないでほしいと。嘘をつく自分を軽蔑してもいいけど、邪魔はしないでほしいと。おれはどういう意味かわからなくて、そのときはただ見守ってたんだ。セシルのすることを」
「大賢者はなにをした?」
「なにって色々」
「マルス」
「ほんとにそんなふうにしか言えないんだよ。セシルの成した偉業を並べ上げればキリがない。死にかけた人間を助けたり、溺れかけた人間がいたら、わざと力を使って水を操り助ける。セシルは自分から目立つように目立つように動いたんだ」
「どうしてそんなに目立つ真似をする必要があったの、マルス兄さま。わたしは当時産まれたばかりだったから、詳しいことは知らないけれど、かなり不安定な時代だったと聞いていたわ。そんな真似ばかりしていたら」
『そう。当然のように目障りな奇跡を連続しで起こすセシルは、執拗に生命を狙われるようになった。でも、セシルには身を守る術がない。反撃することができないんだ」
「え? ちょっと待ってよ。でも、オレ、今できるよ、それ」
亜樹が驚いたように黙り込んで、これには神々も驚いた。
週去と特質が変わったと告げた亜樹に。
「初めて亜樹が力を使ったときは、おれも驚いたよ。いっさい反撃はできないどころか防御もできなかったはすなのに、やったのは五倍返しの反撃なんだから」
「五倍返し」
それはやりすぎじゃないのかと言いたけに、神々が亜樹を凝視した。
さすがに居心地が悪くて俯く。
自分がやりすぎたことは自覚していたので。
「だから、今なら昔よりはやりやすいかもしれないな」
「話が脱線しているぞ、マルス。どうしてそなたが人を殺すことになったのだ? そなたにはできないはずだ。神には人間は殺せない」
驚いて亜樹はエルダを見た。
そういう説明は受けていなかったから。
「セシルを護るためだよ」
「‥‥‥」
「セシルが身を守ることができないと知ったのは、初めて刺客に襲われたときだった。なにをされても反撃しないどころか防御もしない。セシルはただ逃げることしかできなかった。おれはどうして力を使わないんだって叫んだよ。力を使って反難しろって。そうしたらできないって言われたんだ。力をそういうふうには使えないって。それでおれが」
「なぜできたのだ? ありえない。そんなことは」
「だから、何度も言ってるだろ? おれは確かにマルスとしての力はなにも変わってない。でも、もう神じゃないんだ。この世界の神の根念から外れたから、おれにはできた。そういうことだよ、エルダ。でも、セシルは反対してておれには人を殺すなと何度も言っていた。だけどおれが受け入れないものだから、セシルのやつ、自分の力をこういうときだけ有効に使っておれの力が感情のままに果走しないように制御したんだ。それが現在でも有効だってことは本人は無意識じゃないか?」
一樹の独白を聞いて、それから傍らの亜樹を見て、ラフィンがささやくように言った。
「それは違うかむしれませんよ、マルス兄上」
「え?」
「もしかしたらあなたはなにも変わってはいないのかもしれない」
「だから、おれはっ」
「聞いてください!」
強い口調で言われて一樹は一応、口を閉じた。
弟の意見に目を傾ける。
「これはわたしの推測ですが、兄上にそれができたのは、おそらく大賢者殿のため」
「?」
「護る人物が代わったら、おそらく兄上には人は殺せないでしょう」
「どうしてそんなことが言えるんだ? 現実におれは」
「大賢者殿の生命を護るため。それ以外の理由で人を殺した経験でもあるのですか? それが他の誰かを救うためでも」
「‥‥‥」
「過去を振り返って正直にお答え下さい。例えそれが人助けで、例えば盗賊に襲われている子供を救うためでも、そういう状況下で兄上は人を殺せましたか?」
助けられなかった。大勢の人々の顔が脳裏に浮かぶ。
その中には、生まれたばかりの赤ん坊もいた。
力なくかぶりを振る一樹を見て亜樹も驚いた。
つまり彼が人を殺せるのは、亜樹を守ると言う目的がある時だけ?
「セシルが狙われたとき以外は、人を殺したことはない。いや。できなかった」
「やはり」
「人助けでも、相手がまさにだれかを殺そうとしている者でも、おれには殺せなかった。
できたのはセシルが絡んだときだけだ」
ここまで告白してから一樹は、自分でもいなかったら自分でも気づいていなかったことを指摘した弟神を見た。
「どうしてわかったんだ? そんなことに。おれだって気づいていなかったのに」
「さきほどのやり取りを見ていましたから」
神々に一斉に注視されて亜樹は思わず一樹の背中に隠れた。
さっきまで風神エルダを相手に堂々と取引をしていた亜樹とは別人のようで、みな驚いた顔をした。
恐々と一樹の背中から顔だけ覗かせる亜樹は、まるで女の子である。
そんなふたりの様子を見たときに、全員がラフィンの推測の意味を知った。
「そういうことか」
「エルダ?」
「そなた。本当の意味でわたしを裏切っていたようだな、マルス」
「は? なんだ? いきなり」
「確か当時の噂によれば、大賢者殿には性別はないとのことだった。ならばふしぎな話ではない。そなた人を殺したとき、すでに大賢者殿に心を奪われていたな?」
はっきり指摘されて一樹はちょっと憮然とした。
そういうことを指摘するなんて無神経だ。
ましてやエルダが言うなんて反則だと思う。
「だから、あなたは人を殺せたのですよ、マルス兄上」
「相変わらず鈍いお方だ」
苦笑したラフィンに背後でそっとリオネスが長兄にささやいた。
「一樹って昔から鈍いんだね、兄さん」
ムッとして睨んだが、素知らぬ顔でそっぽを向かれた。
なんだかムッとする。
みんなでわかり合っているみたいで。
「あなたは今も我々を統べる長、水神マルスそのものです」
「だから、なんでそんな言い方」
「まあいずれわかりますよ、兄上。こういうことは弟が口を挟むことでもありませんし。一言だけ言わせていただくと」
「なんだよ?」
「どうでもいい相手に生命を懸ける者なんて、神でも人間でもだれもいませんよ」
なんだか無性に腹が立つ。
エルダまで笑ってる。
なんなんだ、一体?
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