弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十四章 たったひとつの真実

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 第十四章 たったひとつの真実



 もう隠し事はしないと決めたせいなのか、亜樹が泣き止んだ後も、一樹はいろんなことを話してくれた。

 セシルと出逢ったときのこと。一緒に暮らしはじめたばかりですれ違っていたころ。

 セシルを愛するようになり、神としての特質に背いても、セシルを護るため、たくさんの人間を殺してきたこと。

 さすがに、一樹が前世の話とはいえ、大勢の人を殺したそれも亜樹のためにと言われると堪えたけど。

 セシルがどんな性格なのか、それは一樹の語る思い出から想像することができた。

 不思議なほどすんなりと納得できる。

 その現場が浮かぶ。

 一樹がマルスが初めて人を殺したとき、セシルはそれが自分のためだと知っていても、泣いて頼んだのだという。

 もう二度と殺さないでくれと。自分のためにそんな真似をするのはやめてくれと。

 それで守り切れなくて死んでも恨まないからと。

 でも、マルスはそれを受け入れずセシルを襲う刺客を、次々と殺していった。

 それが大賢者を守護していた銀色の獣、ガーターが守護聖獣と呼ばれるようになった所以だという。

 そのころ、セシルとマルスはお互いの意思がぶつかり合い、かなりすれ違っていたらしい。

 セシルは頑にもう人を殺すのはやめてくれと繰り返し、マルスはそれを撥ねつけてきた。

 そのせいでギクシャクしていたのだと。

 亜樹にはセシルがなぜ死んでもいいからと、泣いて頼んだのか、わかるような気がしていた。

 かつての自分だからなのか、一樹の視点から語られる思い出なのに、亜樹にはセシルの心がよく理解できた。

 セシルはたぶんもうそのころにはマルスを愛していたんだと思う。

 愛していたから大切な人に、自分のためとはいえ人殺しはさせたくなかった。

 しかも今は獣と化しているとはいえ、元は神々を続べる長だ。

 誇り高いマルスにそんな真似をさせるくらいなら、死んだほうがいいと思っていたはずだ。

 だから、何度拒絶されても引かなかった。

 一樹は自分がセシルに救われたと言ってたが、亜樹にはなんとなくセシルの背景がわかる。

 おそらくセシルは孤独だった。

 出逢ってから死ぬまでの長い時間を共に過ごした愛する人にさえ、セシルは自分の出生を打ち明けていない。

 知っていたらもう隠きないと決意した一樹だから、今、きちんと打ち明けてくれたと思う。

 でも一樹は知らないと言った。

 それはたぶんセシル本人が知らなかったか、あるいは愛する人でも書えないほど重い秘密だったのか、どちらかだと思う。

 どちらなのかは記憶の戻っていない亜樹には判断できないが。

 そこからセシルの境遇を想像することはできる。

 たぶんずっとひとりで暮らしていた。

 頼る者もなく頼られる相手も存在せずに。

 人を受け入れて暮らすには、セシルはあまり異端すぎた。

 そのセシルがマルスと暮らす気になったのは、別に同情したからではなく、自分ともう元には戻れなくなり、どこにも行く宛のなかったマルスとが、とても似ていることに気づいていたから。

 帰る場所を失ったマルスと、もともと帰る場所なんてなかったセシル。

 どちらもただひとりの孤独な存在だった。

 だから、手を差しのべた。

 同情とかそんな気持ちはいっさいなく。同情でマルスは救えない。

 セシルはおそらく獣と化す前の、水神はルスの姿を知っていたはずだ。

 だから、たぶん一緒に暮らすようになってから、たった一度見ただけのマルスの真美の姿を意識して、獣としては扱わなかった。

 ぬくもりが欲しかったのはおそらくセシルのほうだ。

 救われたのはマルスではなく、セシルのほうだった。

 傍にいてくれる人がいる。自分はもうひとりじゃない。そのことにどれほど安堵しただろう。

 例え今は獣でも元は人の姿をしていたのだ。

 それをまったく知らないならともかく、知っていたセシルの眼には、マルスは本来の姿で映っていたはず。

 側にいて支えてくれるぬくもりを、愛さない人間なんているだろうか?

 それは夢の中で泣きながら、それでも愛しそうに銀色の獣を抱いていたセシルの姿から推察できる。

 セシルがどれほど自分を責めていたか、亜樹にはわかるような気がする。

 マルスを愛してからは特に自分を書めていたはずだ。

 命懸けで愛する人を自分の血が獣に変えてしまった。

 耐えて受け入れるには酷すぎる現実だとそう思う。

 セシルの辛さはどれほどのものだったか。

 しかも想っても想っても叶うことのない気持ちだと知っていたから、それは絶対に口に出せず態度にも出せなかった。

 そしてそれはマルスも同じだった。

 愛し合っていながらすれ違っていたふたり。

 なんて悲しい思い出だろう。

 そうして一樹の語る思い出はやがて現在へと繋がっていった。

 エルシアたちと暮らしていた小さかったころのこと。

 前世の記憶がよみがえりセシルのことを思い出したこと。

 そのとき、もう自分は聖獣ではないと、セシルと同じ人として生まれたことを喜んだこと。

 一樹はなにも隠さずに教えてくれた。

 亜樹と出逢うまでの道のりを。
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