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第十三章 禁断の果実

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「だけど、一樹にはできないんだよな? してやりたいと思っても」

 頷くと亜樹はちょっと考え込むような仕種を見せて問いかけてきた。

「素直に事実を告げたとして、明日、風神エルダたちは大人しく引き下がるのか? 仮に引き下がったと仮定しても、レオニスやラフィンにもどうにもできないのなら、確実に大規な水不足は起きる。そのとき、世界はどうなるんだ? いったいどれだけの人が犠牲になるんだ?」

「かつての長子として言わせてもらうなら、エルダたちが引き下がるとは思えないけど、引き下がったと仮定して、亜樹の問いに答えるとおそらく世界の大部分が乾燥し砂漠化を引き起こす。同時に世界規模の水不足は、おそらく何十万という単位の人間の生命を奪う。辛いけどそれが現実なんだ」

「エルダたちが引き下がらないわけだ。そうなるとわかっていて、唯一回避できる可能性を秘めている一樹のことを諦めるわけがない」

「まあな。それで頭を悩ませてたんだけど」

 本当に悩んでいるのだろう。

 一樹は派手なため息をついていた。

「本当に方法はなにもないのか?」

 振り向いた一樹はなぜか、とても複雑な顔をしていた。

「みんながオレには教えてくれなかったってことは、その問題にオレも絡んでるんだろ? しかして一樹が力を発するために、オレを巻き添えにしろとか言われてた?」

 答えない一樹に答えを知り、今度は亜樹がため息をついた。

 どおりでだれも教えてくれないわけだ。

「確かに亜樹の言うとおりだけどそれは最低限の条件であり、それを満たしていても、おれにはできないんだ」

「オレが覚醒していないからか」

「亜樹の覚醒と関係なく力を取り戻す方法があるにはあるんだけど。もちろんその場合おれが力を使う場合には、亜樹がいてくれないと困るけど」

「なに? その力を取り戻せる方法って」

 問いかけると一樹はなぜか顔を背けた。

 首を傾けてみていると、やがて現実逃避したくなるようなことを言った。

「亜樹が本当の意味でおれを受け入れること。それも自分の意思で」

「‥‥‥」

「おれがセシルに助けられたとき、血を与えられたって言ったよな?」

「うん」

「そのせいかおれが力を取り戻す際には、セシルの、亜樹の体液がいるんだ」

「体液って」

 顔を真っ赤にしていることぐらい、一樹は見なくてもわかっていた。

 一樹だって亜樹の顔を見ながら言える説明ではない。

「例えば皿とか唾液だよ」

「‥‥‥」

「なんとか言えよ、亜樹! おれだって居心地が悪いんだ!」

 思わず振り向いて文句を言った一樹は、完熟した林檎と化した亜樹を見つけ、ちょっと唖然とした。

 さすがに刺激が強すぎたかった。

「一樹が言ってる方法って、今までみたいなここだと、たららんダメだってことだよな?」

 消えかかりそうな声だった。こっちまで顔れる。

「そうだよ。亜樹がおれのものになれば、おれはかつての力のすべてを取り戻せる。亜樹の覚醒の速度とは関係なく。でも、それには亜樹の同意がいるんだ。亜樹が心のどこかでおれを担んでいたら成立しない。無理強いては効果が出ないんだ」

「でもそれが残された一の方法なんだ? 世界を救える可能性なんだ?」

「だからって何十万という人間を助けるためだとか、世界を砂漠化から救うためだとか、そういう大義名分で、目分を犠牲にする気なら、おれは受け入れないからなっ! それは本当味での同意じゃないっ!」

「この生命を捨てても護りたい愛する人を傷つけられるわけないだろっ! 世界と引き換も犠牲にはできないっ!」

 世界を捨てても亜樹を選ぶ。

 一樹ははっきりとそう言った。

「あれ? なんで涙が」

「亜樹」

「嬉しかったのかな? なんか止まらない」

 泣き崩れる亜樹を一樹は黙って抱きしめた。

「今になってわかった気がする」

 しゃくりあげながら亜樹がささやいて、一樹はやさしい声で問いかけた。

「なにが?」

「セシルがあんなに泣いてた理由。セシルも一樹が好きだったんだ」

「‥‥‥」

「だけど、どんなに想っても叶わないから、傷つける道しか選べなかったから、だから、あんなに泣いてたんだ。セシルが本当に好きだったのは、一樹、ううん。マルスだったんだよ、きっと」

「‥‥‥ありがとう。それだけで救われた気がするよ」
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