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第十三章 禁断の果実

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「事は一度目の世界崩壊の危機に関わってくる」

「世界崩壊」

「おれは反対したんだけどさ。残りの兄弟たちがもういいだろうと判断して地上から消えだ。おれたちの存在が人間の進化の妨げになっていることに気づいたから。でも、おれの勘は当たっていた。まだ神々が手を引くのは早かったんだ。たまたま地上に出ていたおれは世界が急激に崩壊に向かっていることに気がついた。全員で協力すれば、簡単に片づいたと思う。でも、連絡を取っている余裕はなくて、おれは助からないのを承知で自分の生命と引き換えに世界を救済した」

「一樹」

「後は消滅を待つばかり。神々は転生できないから、消滅したら、それで終わりなんだ」

「でも、一樹は水神マルスは再びそこにいるよ?」

「セシルのせいだよ」

「オレ?」

「消滅寸前だったおれの前に不意に現れたのが、後に大賢者の名で知られる伝説の偉人、セシル」

「伝説の大賢者」

 そういえばレダがそんなことをと亜樹が呟いたので、全く知らなかったわけではないらしいと気づいた。

 だったらもっと早く説明するべきだったかもしれない。

「セシルは今にも消滅しようとしていたおれに必死に呼びかけて、なにかを飲めって言ったんだ。それがなにかそのときのおれには、確認する余裕なんてなかったけど、後にセシルの血だったと知った」

「オレの血」

「おれが消滅しそうなのを見て、セシルは自分を傷つけ、純然なる力の結晶である血を飲ることで助けようとしたんだ。そしてそれは成功した。但し」

「但し?」

「おれは神としての力も姿もすべて失い銀色の獣に成り果てた」

「オレのこと、恨んでた? そんな姿に変えたオレを」

 俯いた亜樹には見えないとわかっていたけど微笑んだ。心から。

「愛していたよ、セシルを」

「一樹」

「確かに戸惑ったし恨んだこともある。でも、兄弟の元にも戻れないと、行く宛のないおれを拾ってくれたのも、またセシルだった。そのときのおれは獣でしかないのに、セシルはおれのことは獣としては扱わなかった。普通に家族として扱ってくれた。そうして触れ合っていく中でおれは段々、セシルを愛するようになっていったんだ」

「‥‥‥」

「獣の身では叶うはずもない想いだったけど。通じるはずもない心。でも、おれはセシルの傍にいられたら、ただそれだけでよかった」

「ほんとに好きだったんだ。セシルが」

 落ち込んだ亜樹の声に、なにを気に病んでいるのかを知って、強くその肩を抱いた。

「亜樹が見たセシルが泣いていた場面というのは、おそらくセシルの結婚が決まった頃の記憶
だと思う」

「傍に一樹がいるのに、他の相手と結婚したのか?」

 ムッとしたらしい亜樹に笑う。

 少し切ない気持ちで。

「その場面を思い出していたなら、わかるはずだろ、亜樹には? セシルがどんなに自分を責めていたか。どんなにおれのことを気遣って泣いていたか」

「確かに夢の中でもセシルは一樹のことしか言わなかったけど、そんなに大事なら結婚なんてしなければっ」

「その場合、亜樹。おまえは生まれてないよ」

「?」

「亜樹はセシルの孫なんだ」

「?」

 思いっきり疑問符を飛ばした後で、亜樹は怪訝そうに訊ねた。

「さっきは転生だって言わなかったか? それに創始の神々が存在していたころに、セシルが生きていたなら、オレがセシルの孫のわけがないよ。時代が合わないじゃないか」

「亜樹の母親はセシルの娘で本名はセレーネ」

「そっか。じゃああの夢は本当だったんだ?」

「夢?」

 顔を覗き込んで訊ねると、亜樹は無理に取り繕った笑顔を見せた。

 知らされる真実の重さに以死になって耐えているのだろう。

「母さんの少女時代を夢に見たんだ。確かに服装はこちらを意識させたし、年代も相当古いんじゃないかって思わせた。その中で母さんはオレが生まれることを知っていて、ピアスを受け継いで生まれてきた子にはアキと名付けるとそう言っていた。そのときに世界も越えたから、もしかしたら母さんはこの世界の出身じゃないかと思ってた」

「さすがにセシルの転生だけのことはあるな」

 苦笑すると亜樹はちょっと悲しそうだった。

「亜樹?」

「一樹がオレを護ってくれるのはオレに対してそんな気持ちを向けてくれるのは、オレがセシルだからなのか? 一樹の眼に映ってるオレはセシルで、草雑亜樹じゃないのオレがもしセシルの転生じゃなかったら」

「亜掛っ!」

 強い口調で名を呼ぶと、亜樹は全身を震わせた。まるで怯えているようだと思う。

「切っ掛けがそれであることは否定しない」

「‥‥‥」

「でも、おれが愛したのはセシル個人じゃない」

「?」

 わからないと見上げてくる亜樹に、逆に問いかけた。

「おれが水神マルスじゃなかったら亜樹を守護する聖獣じゃなかったら、亜掛はおれのことな
んてどうでもよかったのか? こうして出逢っても?」

「そんなことないっ! 一樹は一樹でオレはマルスも聖獣も知らないっ! 例え過去の因縁が途切れることがなくて、今も一樹は水神としての役目を果たすことを求められるとか、そういう枷を背負う身だとしても、オレには関係ない! そいつらが見てるのは水神マルスでも、オレが見てるのは高瀬一樹なんだから!」

 はっきりと好きだと言われたわけじゃない。

 でも、心が満たされるような気がした。
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