108 / 140
第十三章 禁断の果実
(8)
しおりを挟む
「事は一度目の世界崩壊の危機に関わってくる」
「世界崩壊」
「おれは反対したんだけどさ。残りの兄弟たちがもういいだろうと判断して地上から消えだ。おれたちの存在が人間の進化の妨げになっていることに気づいたから。でも、おれの勘は当たっていた。まだ神々が手を引くのは早かったんだ。たまたま地上に出ていたおれは世界が急激に崩壊に向かっていることに気がついた。全員で協力すれば、簡単に片づいたと思う。でも、連絡を取っている余裕はなくて、おれは助からないのを承知で自分の生命と引き換えに世界を救済した」
「一樹」
「後は消滅を待つばかり。神々は転生できないから、消滅したら、それで終わりなんだ」
「でも、一樹は水神マルスは再びそこにいるよ?」
「セシルのせいだよ」
「オレ?」
「消滅寸前だったおれの前に不意に現れたのが、後に大賢者の名で知られる伝説の偉人、セシル」
「伝説の大賢者」
そういえばレダがそんなことをと亜樹が呟いたので、全く知らなかったわけではないらしいと気づいた。
だったらもっと早く説明するべきだったかもしれない。
「セシルは今にも消滅しようとしていたおれに必死に呼びかけて、なにかを飲めって言ったんだ。それがなにかそのときのおれには、確認する余裕なんてなかったけど、後にセシルの血だったと知った」
「オレの血」
「おれが消滅しそうなのを見て、セシルは自分を傷つけ、純然なる力の結晶である血を飲ることで助けようとしたんだ。そしてそれは成功した。但し」
「但し?」
「おれは神としての力も姿もすべて失い銀色の獣に成り果てた」
「オレのこと、恨んでた? そんな姿に変えたオレを」
俯いた亜樹には見えないとわかっていたけど微笑んだ。心から。
「愛していたよ、セシルを」
「一樹」
「確かに戸惑ったし恨んだこともある。でも、兄弟の元にも戻れないと、行く宛のないおれを拾ってくれたのも、またセシルだった。そのときのおれは獣でしかないのに、セシルはおれのことは獣としては扱わなかった。普通に家族として扱ってくれた。そうして触れ合っていく中でおれは段々、セシルを愛するようになっていったんだ」
「‥‥‥」
「獣の身では叶うはずもない想いだったけど。通じるはずもない心。でも、おれはセシルの傍にいられたら、ただそれだけでよかった」
「ほんとに好きだったんだ。セシルが」
落ち込んだ亜樹の声に、なにを気に病んでいるのかを知って、強くその肩を抱いた。
「亜樹が見たセシルが泣いていた場面というのは、おそらくセシルの結婚が決まった頃の記憶
だと思う」
「傍に一樹がいるのに、他の相手と結婚したのか?」
ムッとしたらしい亜樹に笑う。
少し切ない気持ちで。
「その場面を思い出していたなら、わかるはずだろ、亜樹には? セシルがどんなに自分を責めていたか。どんなにおれのことを気遣って泣いていたか」
「確かに夢の中でもセシルは一樹のことしか言わなかったけど、そんなに大事なら結婚なんてしなければっ」
「その場合、亜樹。おまえは生まれてないよ」
「?」
「亜樹はセシルの孫なんだ」
「?」
思いっきり疑問符を飛ばした後で、亜樹は怪訝そうに訊ねた。
「さっきは転生だって言わなかったか? それに創始の神々が存在していたころに、セシルが生きていたなら、オレがセシルの孫のわけがないよ。時代が合わないじゃないか」
「亜樹の母親はセシルの娘で本名はセレーネ」
「そっか。じゃああの夢は本当だったんだ?」
「夢?」
顔を覗き込んで訊ねると、亜樹は無理に取り繕った笑顔を見せた。
知らされる真実の重さに以死になって耐えているのだろう。
「母さんの少女時代を夢に見たんだ。確かに服装はこちらを意識させたし、年代も相当古いんじゃないかって思わせた。その中で母さんはオレが生まれることを知っていて、ピアスを受け継いで生まれてきた子にはアキと名付けるとそう言っていた。そのときに世界も越えたから、もしかしたら母さんはこの世界の出身じゃないかと思ってた」
「さすがにセシルの転生だけのことはあるな」
苦笑すると亜樹はちょっと悲しそうだった。
「亜樹?」
「一樹がオレを護ってくれるのはオレに対してそんな気持ちを向けてくれるのは、オレがセシルだからなのか? 一樹の眼に映ってるオレはセシルで、草雑亜樹じゃないのオレがもしセシルの転生じゃなかったら」
「亜掛っ!」
強い口調で名を呼ぶと、亜樹は全身を震わせた。まるで怯えているようだと思う。
「切っ掛けがそれであることは否定しない」
「‥‥‥」
「でも、おれが愛したのはセシル個人じゃない」
「?」
わからないと見上げてくる亜樹に、逆に問いかけた。
「おれが水神マルスじゃなかったら亜樹を守護する聖獣じゃなかったら、亜掛はおれのことな
んてどうでもよかったのか? こうして出逢っても?」
「そんなことないっ! 一樹は一樹でオレはマルスも聖獣も知らないっ! 例え過去の因縁が途切れることがなくて、今も一樹は水神としての役目を果たすことを求められるとか、そういう枷を背負う身だとしても、オレには関係ない! そいつらが見てるのは水神マルスでも、オレが見てるのは高瀬一樹なんだから!」
はっきりと好きだと言われたわけじゃない。
でも、心が満たされるような気がした。
「世界崩壊」
「おれは反対したんだけどさ。残りの兄弟たちがもういいだろうと判断して地上から消えだ。おれたちの存在が人間の進化の妨げになっていることに気づいたから。でも、おれの勘は当たっていた。まだ神々が手を引くのは早かったんだ。たまたま地上に出ていたおれは世界が急激に崩壊に向かっていることに気がついた。全員で協力すれば、簡単に片づいたと思う。でも、連絡を取っている余裕はなくて、おれは助からないのを承知で自分の生命と引き換えに世界を救済した」
「一樹」
「後は消滅を待つばかり。神々は転生できないから、消滅したら、それで終わりなんだ」
「でも、一樹は水神マルスは再びそこにいるよ?」
「セシルのせいだよ」
「オレ?」
「消滅寸前だったおれの前に不意に現れたのが、後に大賢者の名で知られる伝説の偉人、セシル」
「伝説の大賢者」
そういえばレダがそんなことをと亜樹が呟いたので、全く知らなかったわけではないらしいと気づいた。
だったらもっと早く説明するべきだったかもしれない。
「セシルは今にも消滅しようとしていたおれに必死に呼びかけて、なにかを飲めって言ったんだ。それがなにかそのときのおれには、確認する余裕なんてなかったけど、後にセシルの血だったと知った」
「オレの血」
「おれが消滅しそうなのを見て、セシルは自分を傷つけ、純然なる力の結晶である血を飲ることで助けようとしたんだ。そしてそれは成功した。但し」
「但し?」
「おれは神としての力も姿もすべて失い銀色の獣に成り果てた」
「オレのこと、恨んでた? そんな姿に変えたオレを」
俯いた亜樹には見えないとわかっていたけど微笑んだ。心から。
「愛していたよ、セシルを」
「一樹」
「確かに戸惑ったし恨んだこともある。でも、兄弟の元にも戻れないと、行く宛のないおれを拾ってくれたのも、またセシルだった。そのときのおれは獣でしかないのに、セシルはおれのことは獣としては扱わなかった。普通に家族として扱ってくれた。そうして触れ合っていく中でおれは段々、セシルを愛するようになっていったんだ」
「‥‥‥」
「獣の身では叶うはずもない想いだったけど。通じるはずもない心。でも、おれはセシルの傍にいられたら、ただそれだけでよかった」
「ほんとに好きだったんだ。セシルが」
落ち込んだ亜樹の声に、なにを気に病んでいるのかを知って、強くその肩を抱いた。
「亜樹が見たセシルが泣いていた場面というのは、おそらくセシルの結婚が決まった頃の記憶
だと思う」
「傍に一樹がいるのに、他の相手と結婚したのか?」
ムッとしたらしい亜樹に笑う。
少し切ない気持ちで。
「その場面を思い出していたなら、わかるはずだろ、亜樹には? セシルがどんなに自分を責めていたか。どんなにおれのことを気遣って泣いていたか」
「確かに夢の中でもセシルは一樹のことしか言わなかったけど、そんなに大事なら結婚なんてしなければっ」
「その場合、亜樹。おまえは生まれてないよ」
「?」
「亜樹はセシルの孫なんだ」
「?」
思いっきり疑問符を飛ばした後で、亜樹は怪訝そうに訊ねた。
「さっきは転生だって言わなかったか? それに創始の神々が存在していたころに、セシルが生きていたなら、オレがセシルの孫のわけがないよ。時代が合わないじゃないか」
「亜樹の母親はセシルの娘で本名はセレーネ」
「そっか。じゃああの夢は本当だったんだ?」
「夢?」
顔を覗き込んで訊ねると、亜樹は無理に取り繕った笑顔を見せた。
知らされる真実の重さに以死になって耐えているのだろう。
「母さんの少女時代を夢に見たんだ。確かに服装はこちらを意識させたし、年代も相当古いんじゃないかって思わせた。その中で母さんはオレが生まれることを知っていて、ピアスを受け継いで生まれてきた子にはアキと名付けるとそう言っていた。そのときに世界も越えたから、もしかしたら母さんはこの世界の出身じゃないかと思ってた」
「さすがにセシルの転生だけのことはあるな」
苦笑すると亜樹はちょっと悲しそうだった。
「亜樹?」
「一樹がオレを護ってくれるのはオレに対してそんな気持ちを向けてくれるのは、オレがセシルだからなのか? 一樹の眼に映ってるオレはセシルで、草雑亜樹じゃないのオレがもしセシルの転生じゃなかったら」
「亜掛っ!」
強い口調で名を呼ぶと、亜樹は全身を震わせた。まるで怯えているようだと思う。
「切っ掛けがそれであることは否定しない」
「‥‥‥」
「でも、おれが愛したのはセシル個人じゃない」
「?」
わからないと見上げてくる亜樹に、逆に問いかけた。
「おれが水神マルスじゃなかったら亜樹を守護する聖獣じゃなかったら、亜掛はおれのことな
んてどうでもよかったのか? こうして出逢っても?」
「そんなことないっ! 一樹は一樹でオレはマルスも聖獣も知らないっ! 例え過去の因縁が途切れることがなくて、今も一樹は水神としての役目を果たすことを求められるとか、そういう枷を背負う身だとしても、オレには関係ない! そいつらが見てるのは水神マルスでも、オレが見てるのは高瀬一樹なんだから!」
はっきりと好きだと言われたわけじゃない。
でも、心が満たされるような気がした。
0
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)


俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。




悪役令息に転生したけど…俺…嫌われすぎ?
「ARIA」
BL
階段から落ちた衝撃であっけなく死んでしまった主人公はとある乙女ゲームの悪役令息に転生したが...主人公は乙女ゲームの家族から甘やかされて育ったというのを無視して存在を抹消されていた。
王道じゃないですけど王道です(何言ってんだ?)どちらかと言うとファンタジー寄り
更新頻度=適当

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる