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第十三章 禁断の果実

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「きみ、かなり鈍いね、水神マルス?」

「亜樹みたいなこと言うなよ。最近、散々、鈍感だって言われてるんだから」

「亜樹にまで指摘されているとしたら、きみは鈍感大王だね」

「どういう意味だよ?」

「鈍いなあ、もう。亜樹の変調がきみのせいだとは思えないの、一樹?」

「へ?」

「きみが言ったんだよ? 亜樹は生涯の伴侶と出逢ったときに性別が変化する、と。それって決定権が亜樹にあるってことだよね」

「そうだけど?」

「本気で鈍いよ、一樹って」

 顔を背けて呟くリオネスに一樹がムッとした。

「なんか知らないけど腹が立ってきた。バカにされてるみたいで」

「バカにしてるよ。なんで気づかないのさ? 亜樹はきみのために女性化しはじめているのかもしれないんだよ?」

「は?」

 きょとんとした一樹に、三人はこれはダメだと言いたげに、思いっきり脱力した。

 リオネスなどは投げやりになり、その場に座り込んでしまった。

 どうにでもなれといった感じである。

「水神マルスは元は女性だというから、すこしは亜樹の心理にも詳しいかもしれないと、期待したわたしが馬鹿だった」

「エルス」

「きみは亜樹に愛されているという自覚が足りないよ、一樹」

「‥‥‥」

「最近のあの亜樹の変調。あれはおそらく女性化をはじめたせいだと思う。そうなると可能性があるのは行動に出ているきみ、水神マルス。きみだよ、きみ。わかったかな?」

 子供に言い聞かせるような言い方である。

 いつもなら食ってかかるところだが、一樹はまだきょとんとしていた。

 一樹にとってそれほど亜樹というのは手に入れにくい相手のはずだった。

 触れられそうで触れられない。

 近づけそうで近づけない相手。

 それが愛されている?

 どうしても信じられなかった。

「もしかしてきみ。亜樹に関してはまるっきり自信がなかったりするのかな?」

 控えめに口を挟んだのはアストルだった。

 経験の差か、敏感である。

 顔色を変えた一樹の表情だけで、アストルは正しかったことを知った。

「まあきみたちの出逢いを思えば無理もないことだけど」

「いくら元は神だとはいえ、聖獣と化して現実には獣でしかありえないきみと、性別を持たない大賢者。成就しにくい恋だとは思うけど」

 なんだかまるでセシルにも愛されていたと言いたそうな口調に、一樹は思いっきり疑わしそうな顔になる。

 別に嬉しくないわけではないのだ。

 そうだったらどんなにいいかとまで思う。

 亜樹が一樹のために女性になってくれたら、と。

 でも、鵜呑みにしたら馬鹿を見るとも言うし。

「あのねえ、一樹っ! これ以上、現実逃避してたらボクは本気で怒るよっ!」

「リオン」

 立ち上がったリオネスに怒鳴られて、一樹は思わず一歩下がった。

 リオネスは滅多に怒らないが、そのぶんたまに怒るとものすごく怖いのだ。

 さすがの神々の長、水神マルスを冷や汗をかいている。

 これは育ての親の強みだろう。

「あれだけあからさまに意思表示されててなんで気づかないの、きみは?」

「意思表示? なにが?」

 思わず沈没しそうな返答である。

 投げ出したい気分だったが、そこはそれ。育ての親。

 子供は見捨てられない。

「亜樹は自分の気持ちが揺らぎそうになったとき、必ずきみを見てるよ?」

「‥‥‥」

「気持ちの変化を悟られないかと、きみの様子を窺ってる。あれでなんで気づかないの? それで行動にだけ出てるなんて、ちょっとやりすぎだよ、きみっ! 亜樹だって絶対に誤解してる! きみがそんな調子だと亜樹だって愛されてる自信なんて持てないよ!」

「リオネス」

「もう過去は過去だと割り切って現実を見たほうがいいよ。そこにいて笑っているのは伝説の偉人じゃなくて、亜樹だよ? それがわからないの? きみだってもう守護聖獣じゃない。どうしてわからないの? 亜樹が可哀相だよ」

 過去に振り回されている?

 亜樹が愛されているという自信も持てない?

 この生命のすべてで愛しているのに?

 それが自分のせい?

「一樹」

「エルス」

「もし今夜も亜樹の元に行くのなら、よく話し合ったほうがいい。きみたちはすれ違ってる。このままだとわたしたちの推測どおり、亜樹がきみのために女性化しても、気持ちが通い合っていなかったせいで、他の誰かに奪われるかもしれないよ? 例えばアレスとか」

 誰にも渡さないと、その強い意思を讃えた瞳で意思表示する一樹に、エルシアが小さく笑った。

「素直におなり、一樹。それが親としてのわたしの最後の言葉。伴侶を得るのなら、きみも一人前だからね」

 後はもう言葉はいらないとばかりに追い出され、結局、一樹はなにが賭けなのか、それを聞けなかったことに気がついた。

 だからといって戻るつもりにもなれなかったが。

 エルシアたちの推測がすべて事実なら、残す目数は後一日でも、まだ手段はある。

 そういう意味だろうか?

 だから、一種の賭け?

「おれの気持ちを疑ってるのか、亜樹?」

 呟きは何故かとても苦かった。
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