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第十三章 禁断の果実

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「離せったらっ!」

「照れ隠しも程々にしないとまた襲うぞ、亜樹?」

 冗談に思えないから怖い。

 思わず抵抗をやめると、なにもなかったみたいに一樹が離れた。

 こういう性格してたっけ?

 一樹って。

 なんか掴み所がなくて水みたい。変な形容詞だけど。

 水といえば体温も低いよな、一樹ってなんか変わってる。

「一樹なんか変わった?」

 上半身を起こして訊ねると、ベッドの近くで背中を向けていた一樹が顔だけで振り向いた。

「いや。別に? なんで?」

「なんとなく」

 本当になんとなくだったから他に言いようがなかった。一樹は怪訝そうな顔をしてたけど。それとも変わったのは亜樹のほう?

 身体だけじゃなくて心も?

 わからない。

 自分のことなのに。どうして一樹を拒まないのかさえ。

「別に昨夜、無理はさせてないはずだけど、具合でも悪いのか、亜樹?」

「バカッ!」

「わっ。なんだよ? 亜樹?」

「露骨なこと言うなよっ! デリカシーがないな、一樹はっ!」

「そりゃあ男だから出然だろ?」

 はっきり言われて困ってしまった。やっぱり変わったのは亜樹のほう?

 確かに男だったはずなのに、一樹の心がわからない。

 どういう心理だとそういうことがしたくなるのかさえわからない。

 なんだかいきなり生まれ変わったみたいで困る。

「なに困ってるんだ、亜樹? さっきからほんとに変だぞ?」

「わけわかんないんだよ、オレもっ!」

「ああ。いきなり性別が変わって、ついでに心理的なものも変わったから戸惑ってるんだ。ゆっくり慣れていくしかないな」

「おまえ‥‥‥ほんとに十六か、一樹? 時々、悩みたくなるよ、オレは」

「‥‥‥」

 肉体年齢、十六でも実年齢不明の一樹は黙りこくるしかなかった。




「それで残すところ、後二日だけれど。どうするか決めたのかい、一樹?」

 食事の後で突然、エルシアがそういった。

 亜樹が変わったあの日から、毎朝、繰り返されている問いである。

 意味は知らないが。

 誰に訊いても教えてくれないので。

 一樹とうやむやに終わった後で、亜樹の身体が変化したことについては、ある一定の力を持つ者(つまりエルシア、アストル、リオネス、アレスの四人)には、一目でバレてしまった。

 今にも指摘しそうだったので、一樹に頼み込んで四人を引きずり込み、黙秘を頼んだ。

 これにはみんな苦笑して頷いてくれたが。

 その日の食事の後から必ずエルシアが一樹に問うのである。

 昨日の言葉を持ち出すと「これで後残すところ三日だね。どうするか決まったかい?」だった。

 多少の言い回しの違いはあるが、なにかの決断を一樹に求めている。

 それもたぶん期限付き。

 でなければ後何日とは言わないだろう。

 なんだかこの件については、みんな亜樹には知られないようにしているのか、誰に話を聞いてもはぐらかされる。

 それこそ杏樹や翔にまで。

 置いていかれたみたいでちょっと寂しかった。

「それなあ。はっきりいって無理難題って奴だからな。おれの本音としては断りたい。というか、そもそもできないんだけど。あいつら認めないだろうなあ。なんか特別視されてるみたいだから、おれ」

 頭を抱え込む一樹にリオネスが笑った。とても優雅に。

「仕方がないね。きみは特別だし伝説だから」と言ってお茶を飲む。

 亜樹には意味不明なのだが、他の者には通じているようだった。

 でも、前ならなにげなく見逃している姿なのに、性別が変わってから時々、リオネスに見惚れているときがある。

 今もちょっと赤くなりそうだった。

 あんまり絵になってたから。

 でも、こういうときってすぐ一樹にばれるし。

 視線を投げると案の定、一樹が睨んでいた。

 これはまた今夜、なにかされるかも。
 
 今の亜樹にとって恋愛対象に制限はない。

 男でも女でもその対象になれる。

 だからかもないが、あの日から一樹は亜樹が他の誰かに気を取られると、必ずその夜部屋にやってきて、状況に流されるままにうやむやなことになっている。

 一応拒否はするのだが、実際に触れられると、なにひとつ抵抗らしいことはできない。

 逃げようとする思考さえ浮かばない。

 心を占めているのは一樹だけで、そのときだけは他の誰も浮かばない。

 形だけの抵抗はしてみせるものの、亜樹が本当の意味で拒まないせいか一樹は一応、それで納得しているようだった。

 正直なところ、一樹の独占欲の強さには驚いてる。

 それを拒めない自分にはもっと驚いているが。

 どうして彼の好きにさせているのかわからない。

 もし恋愛感情を抱いているなら、それこそ他の誰かに気を取られる事態なんて起きないはずで。

 はっきりいって今は自分で自分がわからない。

 ただいつも、どんな場面でも一樹の視線を気にしているのは事実だった。

 今、リオネスを気を取られたことで、一樹の機嫌を気にしたように。

 なんだか流されているような気がしないでもないが。一樹の情熱に押されているのだろうか。

 不明だ。

 でも、最近そのせいか夜にノックの音がすると、条件反時的に逃げたくなる。

 これを実行に移すと一樹がキレるので絶対にやらないが。

 実は一度やったのだ。

 そうそう好きなようにはならないぞと意思表示するだけのつもりで、焼き餅を焼いて訪ねてきた一樹から逃げ出そうとした。

 窓から。
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