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第十三章 禁断の果実

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「泣くほどいやだったのか、亜樹?」

 眠っているとばかり思っていたのに、不意に裏返りを打って振り向いた一樹がそう言った。

 言葉の意味を誤解したらしい。

「違うよ。なんか妙に生々しい夢を見て」

「生々しい夢?」

「オレと同じピアスをした子が、泣いてるんだ」

「‥‥‥」

「銀色の大きな獣、狼みたいに見えたかな? それを抱きしめて泣いてた。なんでそんなに泣いてるんだって訊いてるのはオレのはずなのに、目が覚めたらオレが泣いてた。それだけ」

「途中省略してないか?」

「なんでわかるんだ?」

 憮然としてそう言うと一樹は笑った。

 ほとんど無理強いだったのに、責める気にならないのは何故だろう。

 尤も一樹との行為が最終的にどこまでいったのか記憶にはないのだが。

 身体にどこも痛みがないということは、ただ触れただけ?

「亜樹のことなら大抵わかるよ、おれには」

「ふうん。確かセシル」

「え‥‥‥」

「セシルって名乗ったかな? あの子。それから自分は罰を受けるって」

「純粋に一途に愛してくれた人を傷つけたから、きっと罰を受けるって。受けないといけない
んだって、そう言ってまた泣いてた」

(セシル)

「それから確か夢の最後のほうで‥‥‥なにか言ってたような?」

「なにを?」

 真剣な表情で訊かれてちょっと驚いた。

「ああ。そうだ。もうマルスだったかな? マルスを傷つけないでって。なんでオレに頼むのか知らないけどお願いだから傷つけないでって。そう言われた。そのためならどんな代償でも払うからって。そこで目が覚めた。そうしたらオレが泣いてたんだ。夢の中のあの子みたいに」

 言いながらまた涙が溢れてきた。

 どうして泣くのか自分でもわからないのに。

「亜樹」

 泣き崩れる亜樹を一樹は黙って抱き寄せてくれた。

 本当は覚えてる。

 夢の中のあの子はセシルは、亜樹だと言った。

 もうひとりの亜樹だと。

 どういう意味かは知らない。

 でも、この涙がその証のような気がする。

 あの子と同じように流れる涙。その意味を何故忘れているのだろう。

 ひどく悲しくて、でも一樹の胸に抱かれているとほっとする。

 なんで涙が止まらないんだろう。こんなに尽きることがないんだろう。

「もう泣かなくていいんだ、セシル」

 ぎくっとして顔をあげた。

 どうして?

 肝心な一言は言っていない。なのに何故セシルと呼ぶ?

「本当はセシルはお前だって言ったんだろう、亜樹?」

「どうして」

「その涙を見ればわかるよ。セシルはおれの前では泣いてばかりだ」

「一樹」

「生まれる前からおまえを探してた」

「どういう意味?」

「ごめん。今はこれ以上言えない。近いうちにわかると思うけど」

 抱きしめる腕の力が痛いくらいだった。
 
 一樹はだれ?

 そして亜樹はだれ?

 セシルは何者?

 わからない。答えのない迷路のよう。

「もう泣かなくていいんだ。お前は亜樹なんだから」

 優しい声にただ頷いた。

 少しだけだが軽くなった気がした。

 散々泣いて慰められて、我に返ってみれば、恥ずかしいだけだった。

 どうしてあんなに泣いたのか、自分でもわからない。

 だから悔し紛れに晴々とした顔をしている一樹に言ってやった。

「今度は同意を取れよ。オレは二度はいやだからな」

「へえ。じゃあ同意を求めたらくれるんだ?」

 冷やかすような言業に示くなる。

 なんで一樹相手に赤くならないといけないんだ?

 なんか負けてる気がする。それからなんか恥ずかしかったけど、服を着ようとしてベッドから抜け出して、自分の身体の異変に気がついた。

 絶句して固まってしまう。

「亜樹?」

 もう支度を整えたのだろう。振り向く気配がして、慌てて羽毛根枕を投げつけた。

「こっち向くな、バカっ!」

「だからってこれはないだろう、お前?」

 軽々と片手で受けた一樹にムッとする。

「だから見るなったらっ!」

「今更だって気づいてるか、お前? もう昨夜、散々見たよ、おれは」

「違う、バカっ。鈍感っ!」

「鈍感って」

 呆れたようにため息をついてから、一樹はなんでもないことのように服を差し出した。

「一樹ちょっと問題だらけの発言だぞ、それ」

「おれも正常な男だからな。好きな相手ならその気になるさ」

 初めて一樹から好きたと言われて、なんかもっと恥ずかしくなってきた。

 なんとなく気付いてはいたけど、言われたことはなかったから。

「それよりほんとに服を着るよ。ほんとに目に毒だって」

「‥‥‥」

 なんで一樹はなにも言わないんだろう?

 一樹の言葉を借りれば、それこそ今更で昨夜気付いたはずなのに。

「あ」

 服を着終わった後で昨夜、一樹がなにに驚いて、どうして突然、行為が激しくなったのかに気がついた。

「この野郎っ!」

「おっ、なんだ。亜樹っ!」

羽根枕を片手に振り上げて、何度も殴るとさすがの一樹も驚いたらしかった。でも、逃げないのが一樹らしい。

「昨夜、気づいてたんだろっ? オレが変わったことにっ!」

「ああ、そのこと? 当然だろ?」

 だから、なにもしなかったのだ、一樹は。

 触れるだけで終わらせた。今の亜樹はそういう対象にはならないから。

「ちくしょうっ! オレは全然気づいてなかったのにっ!」

 照れ隠しだって自分でもわかってたけど止まらなかった。

 思いっきり暴れると、さすがに閉口したのか、一樹が実力行使に訴えた。

「わっ」

 両手首を押さえつけられ、ベッドに縫い付けられる恰好になると、昨夜のことが蘇ってきて、尚更恥ずかしくなってきた。
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