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第十三章 禁断の果実
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第十三章 禁断の果実
『返い将来、世界は大規模な水不足に襲われる』
「それを防けるのはすべての水を操り統べる水神マルス。そなたをおいて他にはいない』
エルダたちの来訪を受けた深夜、一樹は黙りこくったまま、あれっきり意識を取り戻さ亜樹に付き添い、じっと考え込んでいた。
戻れと言う気持ちも理解できた。
本音を言うと突き放す言動を繰り返すのが辛くなかったわけじゃない。
ましてや今の状態で自分の意思を貫くことが、神としてはただのわがままだと知っていたから尚更。
ただできないと言った言葉は決して偽りでも言い流れでもなく、純粋に真実だった。
今の一樹には全世界を襲うという大規棟な水不足を回避する力はない。
それは昔にセシルと一緒に生きていた頃ならできただろう。
だが、転生によってセシルの力は封じられてしまい。
それを源とする一樹の力もまたセシルと、亜樹と同じ段階を踏んでいかないことには戻ってこない。
『押し問答をする気はない。戻るのがそなたの役目。違うか、長殿?』
「長、か。いつの時代の話をしているんだか」
あの後、翔はなにか言いたそうにしていたが、結局、決心がつかなかったのか、一樹にもなにも言わなかった。
なにもなかったかのように振る舞っている。
それは杏樹にしても同じだった。
ただアレスは純粋な子供そのままに詳しい事を尋ねてきたが。
教えられる範囲のことは教え、できないことは隠した。
今まで通りに。
「今のおれがマルスとして水不足を回避する方法はひとつか」
そっと亜樹の頬に触れる。涙に濡れていたその頬は、まだその跡がある。
あんなに泣き崩れた亜樹を見るのは、セシルが結婚することになった夜以来初めてだった。
『ごめんね、マルス。ごめん』
自分のほうが辛そうに泣きながら、セシルは抱きしめて何度もそう囁いた。
自分が転生する場を築き上げるために欠かせないこと。
逃れられない現実。
セシルはいつから気づいていたんだろう?
マルスがセシルを愛していたことに。獣の身では絶対に叶わない想い。通じない心。
それでも傍にいられればよかった。
転生するときもおそらく聖獣だろうと諦めていた。
だから、記憶が戻ったとき、一瞬、ほんの一番、喜んだ。
人の姿であったことに。
その後で傍にセシルがいないことに気づいて、どうしようもないほど慌てて取り乱した。
あのときの一樹を、もしエルダたちが見たら、とても水神マルスには見えないと、きっとそう言っただろう。
心にはセシルしかいなくて、それはこの世界には存在しなくて、どこに行けは逢えるのかわからなくて、途方に暮れそうになったとき、多分無意識だろう。
亜樹が呼んだ。
『こっちだよ。マルス。オレはこっちだよ』
セシルと亜樹が重なったような姿だったと思う。幻影で一樹を招いた少年は。
そうして知った。
自分が転生したのは、そもそもこの世界ではなかったと。
失われた五歳以前の記憶を取り戻すことで知ったのだ。
ということはセシルがいるのも、この世界ではなく異世界だと。
だから、エルシアたちにも、
挨拶せずに世界を渡った。
広い広い世界ではぐれてしまった半身を見いだすことが、どれほど困難かなんて、そのときは想像もしなかった。
まさか現世の器である片割れが、セシルと繋がっているなんて想像もせずに。
「正直なところ、おまえに逢えって翔に連れ出されたときは嫌々だったのにな? 亜樹?」
一年かけてようやく世界の流れを掴み、動く術を知ったか
ら、五月の連休も夏休みも、セシルを探すことだけに時間をかけるつもりだった。
だから、幼なじみに逢えと頼み込む翔に、最初は何度も断った。
いい加減喧嘩になるくらい何度もやり合った。
でもめずらしく翔が退かなかったから、仕方なくついて行っただけだった。まさかそれがセシルだと知らず。
「幼なじみが蒼海石のピアスをしてるって、その一言を翔が言ってくれたら、もっと早く亜樹に逢えたのに」
気づいたとき、恨まなかったと言えば嘘になる。
翔がその一言さえ言ってくれたら、一樹にはそれがセシルの転生だとわかったのだから。
確かに地球ではピアスなんて珍しくなかったが、それが絶対に外れないピアスで、しかも色が蒼だと聞いたなら、確信することができた。
間違いなくセシルだと。
それを知った後はもうマルスの性というか、水の特徴そのままに勢いで流れていったような
ものだった。
自分が後にした世界に今度はセシルが渡ってしまった。
そう気づいたとき、呪われていうな気がしたものだ。
すれ違い続けるのが自分たちの運命なのかと。触れ合えそうで触れ合えない。近付けそうで近づけない。
セシルとはいつもそうだ。
想いは空回り。
人として生まれた今度もやはりダメなのかと諦めの気分にもなった。想いは通じないのかもしれないと。
だから、寝台に眠る亜樹を見つけたとき、本音を言えば言葉にならない感動で、胸が詰まって困っていた。
セシルに触れたのはあれが初めて。
『返い将来、世界は大規模な水不足に襲われる』
「それを防けるのはすべての水を操り統べる水神マルス。そなたをおいて他にはいない』
エルダたちの来訪を受けた深夜、一樹は黙りこくったまま、あれっきり意識を取り戻さ亜樹に付き添い、じっと考え込んでいた。
戻れと言う気持ちも理解できた。
本音を言うと突き放す言動を繰り返すのが辛くなかったわけじゃない。
ましてや今の状態で自分の意思を貫くことが、神としてはただのわがままだと知っていたから尚更。
ただできないと言った言葉は決して偽りでも言い流れでもなく、純粋に真実だった。
今の一樹には全世界を襲うという大規棟な水不足を回避する力はない。
それは昔にセシルと一緒に生きていた頃ならできただろう。
だが、転生によってセシルの力は封じられてしまい。
それを源とする一樹の力もまたセシルと、亜樹と同じ段階を踏んでいかないことには戻ってこない。
『押し問答をする気はない。戻るのがそなたの役目。違うか、長殿?』
「長、か。いつの時代の話をしているんだか」
あの後、翔はなにか言いたそうにしていたが、結局、決心がつかなかったのか、一樹にもなにも言わなかった。
なにもなかったかのように振る舞っている。
それは杏樹にしても同じだった。
ただアレスは純粋な子供そのままに詳しい事を尋ねてきたが。
教えられる範囲のことは教え、できないことは隠した。
今まで通りに。
「今のおれがマルスとして水不足を回避する方法はひとつか」
そっと亜樹の頬に触れる。涙に濡れていたその頬は、まだその跡がある。
あんなに泣き崩れた亜樹を見るのは、セシルが結婚することになった夜以来初めてだった。
『ごめんね、マルス。ごめん』
自分のほうが辛そうに泣きながら、セシルは抱きしめて何度もそう囁いた。
自分が転生する場を築き上げるために欠かせないこと。
逃れられない現実。
セシルはいつから気づいていたんだろう?
マルスがセシルを愛していたことに。獣の身では絶対に叶わない想い。通じない心。
それでも傍にいられればよかった。
転生するときもおそらく聖獣だろうと諦めていた。
だから、記憶が戻ったとき、一瞬、ほんの一番、喜んだ。
人の姿であったことに。
その後で傍にセシルがいないことに気づいて、どうしようもないほど慌てて取り乱した。
あのときの一樹を、もしエルダたちが見たら、とても水神マルスには見えないと、きっとそう言っただろう。
心にはセシルしかいなくて、それはこの世界には存在しなくて、どこに行けは逢えるのかわからなくて、途方に暮れそうになったとき、多分無意識だろう。
亜樹が呼んだ。
『こっちだよ。マルス。オレはこっちだよ』
セシルと亜樹が重なったような姿だったと思う。幻影で一樹を招いた少年は。
そうして知った。
自分が転生したのは、そもそもこの世界ではなかったと。
失われた五歳以前の記憶を取り戻すことで知ったのだ。
ということはセシルがいるのも、この世界ではなく異世界だと。
だから、エルシアたちにも、
挨拶せずに世界を渡った。
広い広い世界ではぐれてしまった半身を見いだすことが、どれほど困難かなんて、そのときは想像もしなかった。
まさか現世の器である片割れが、セシルと繋がっているなんて想像もせずに。
「正直なところ、おまえに逢えって翔に連れ出されたときは嫌々だったのにな? 亜樹?」
一年かけてようやく世界の流れを掴み、動く術を知ったか
ら、五月の連休も夏休みも、セシルを探すことだけに時間をかけるつもりだった。
だから、幼なじみに逢えと頼み込む翔に、最初は何度も断った。
いい加減喧嘩になるくらい何度もやり合った。
でもめずらしく翔が退かなかったから、仕方なくついて行っただけだった。まさかそれがセシルだと知らず。
「幼なじみが蒼海石のピアスをしてるって、その一言を翔が言ってくれたら、もっと早く亜樹に逢えたのに」
気づいたとき、恨まなかったと言えば嘘になる。
翔がその一言さえ言ってくれたら、一樹にはそれがセシルの転生だとわかったのだから。
確かに地球ではピアスなんて珍しくなかったが、それが絶対に外れないピアスで、しかも色が蒼だと聞いたなら、確信することができた。
間違いなくセシルだと。
それを知った後はもうマルスの性というか、水の特徴そのままに勢いで流れていったような
ものだった。
自分が後にした世界に今度はセシルが渡ってしまった。
そう気づいたとき、呪われていうな気がしたものだ。
すれ違い続けるのが自分たちの運命なのかと。触れ合えそうで触れ合えない。近付けそうで近づけない。
セシルとはいつもそうだ。
想いは空回り。
人として生まれた今度もやはりダメなのかと諦めの気分にもなった。想いは通じないのかもしれないと。
だから、寝台に眠る亜樹を見つけたとき、本音を言えば言葉にならない感動で、胸が詰まって困っていた。
セシルに触れたのはあれが初めて。
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