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第十二章 幻想と現実の狭間で

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「確かに以前とよく似た力は発揮できる。エルダたちがそれに期待する気持ちもわかる。だけどな、今のおれの力の原であるセシルが亜樹が、まだ覚醒していないんだ」

「それがどう関わってくると?」

「今のお前たちと同じ状況だってことだよ。信仰が衰えることで力が削がれている。お前たちと」

「それは大賢者の力が目覚めるまで、以前と全く同じ力が使えないと言うことか?」

「やってできない事はないとは思うけど、そのときは亜樹の存在が必要不可欠だ。亜樹がいるのといないのとでは、おれが発揮できる力に確実に差が出てくる」

「ならば、大賢者も」

「それがやりたくない」

 俯いて拒絶した一樹に、今度はシャナが割り込んだ。

「兄さま! 一体どこまで大賢者を優先すれば気が済むの? すべてはあなたのわがままが発端なのよ!」

「相変わらずきついなぁ。シャナ」

 苦々しい一樹の顔に、シャナはムッとしたような目を受ける。

「それに確かに兄さまのお話が正しければ、元を正せば、兄さまが消滅しかけたことも、そのために大賢者と関わる事態を招いたことも、わたしたちに責任があるのかもしれないわ。でも、条件が変わった現在まで大賢者が優先する事はないでしょう? ご自分の責任を放棄されるだけではなくて、今度無視されるの? 必要とされていることを知っていて!」

「お前たちは、自分が神であることに疑問を抱いたことはあるか?」

 不意の問いかけに神々が答えに詰まった。

 存在するものが証である神が、その存在に悩むわけがない。

 一樹淡々と話し続けた。

「亜樹は、セシルはずっと自分に対して疑問を抱き続けてきた。自分は一体何者なのか? それは生まれる前から変わることのない亜樹の疑念だ」

「「「疑念」」」

 エルシアたちには一樹の言おうとしていることがわかるような気がしていた。

 3人ともリーンという中途半端な存在を見てきたので。

 自分の存在する意味、理由。

 それに従いたいと胸がどれほど苦しむか。

 エルシアたちは、3人ともよく知っていた。

「その答えはおれにも渡してやれなかった。出会ったときの言葉が、自分でも自分がわからない、なんだから」

「一樹」

「今セシルは前世と同じ道を辿ろうとしている。いや。前世でのセシルが自分の力を自在に操っていたことを思うと、それぞれできない現世のセシル。亜樹は、もっと深い問題を抱えていることになる。秋を傷つけることはおれにはできない」

 うつむいたまま、それでもはっきりと言い切った一樹に神々は溜息を漏らす。

 正直なところ、ここまで囚われているとは思わなかったので。

「つまりマルスは自分の問題に巻き込めば、大賢者を追い詰めることになるからしたくないとそういうことだな?」

「身勝手な意見だとは思ってるけどな」

「たったひとりの存在と全世界。マルスはどちらに重きを置くつもりなのだ?」

「それは」

「賢者の存在が世界存続の要であることを伺いました。そのために兄上が大賢者を守る道を選ばれると言うなら、まだ納得もできます」

「レオニス」

「ご自分の責任は放棄しないでいただきたい。あなたと言うお方はひとりしかいない。私やラフィンでは代理はできないのですから。それはこの長い間努力してきて、身に染みています。お願いですから戻ってきてください。兄上」

 真摯な眼差しが一樹に集中していた。

 意味を理解しているエルダ神族の三兄弟は、一樹が窮地に立っていることがわかって、内心で慌てていたのだが。

 確かに大規模の水不足は困る。そのために水神の力が必要。その理屈もわかる。

 だが、本人がそれを望んでいないのに、強要するのはどうかと思われた。確かに水神マルスの代理ができるものなどいないだろうか。

 それは彼がマルスだとわかってから、隠さなくなった力の強さを目の当たりにしてきたエルシアたちにもわかることだから。

「マルス伯父上は、いや。やはりわたしにとっては一樹だな」

「なんだよ、アレス?」

「一樹は伝説ではそうとう強い神だという話だった。わたしも母上や父上から話を聞き、書物を読み憧れたものだが。水神マルスは自分の神殿でしか力を発揮できないのかその程度のものなのか? 最強と言われた水神の力は」

「おまえ、本当に赤ん坊だなあ、アレス」

 呆れたように笑う一樹に、アレスはきょとんとする。

 アレスの勘違いを正したのは母であるレダだった。

「アレス。別に力を使うだけなら、兄さまが神殿にいる必要はないのよ。あなたが指摘する通り。その程度のことで制約を受ける方ではないから。でも、今回のことは規模が大きすぎるわ」

「規模」

「全世界に及ぶ水不足を回避するのよ? 普通に力を使って均等に操れると思うの?」

「そのために神殿にいる必要があると?」

「兄さまが神殿にいなければならないという制約を受けるほどの事態というのは、本来なら簡単には起きないのよ。これも永い間兄さまが不在だったために起きた事態だし。わかった?」

 言われてこくりと頷くアレスである。

 内心で伝説通りの一樹の強さを知らされて、憧れを募らせたのだが。

 今の仮定は他の神々では当て嵌まらないので。

 やはりマルスは凄い。

「ちょっと考えさせてくれ」

 ややあって、額に片手を当てた一樹が言ったのは、その一言だった。

「マルス」

「今すぐには決断できない。時間をくれ。考える時間を」

「猶予は一週間。それで良いな?」

「ずいぶん短いんだな、エルダ。冷たいぞ、お前」

「伴侶である私を裏切って大賢者を選んでおきながら、何を言うか愚者が」

「痛いところを」

「とにかく一週間使いまでに、もう一度訪れる。それまでに考えを纏めておいて欲しい」

 答えを出せとはエルダは言わなかった。

 その意味を一樹は理解し、憮然とした。

「今度は逃げても無駄だ。そなたの現世での気配は覚えたし、なにより弱点である大賢者が蒼海石のピアスをしているからな。見つけるのは簡単。わかるな、マルス?」

「おまえちょっと嫌味だぞ、エルダ?」

「このくらいはわたしの権利だな」

 ムッとする一樹にエルダは小さく微笑んだ。

「とにかく一週間後に」

 そう言って踵を返しかけた神々は、末子のレダがじっと一樹を見つめていることに気がついた。

「レダ?」

 夫の呼び声にもレダは振り向かない。

 じっと一樹を見つめて、彼が戸惑ったような顔になると、自然な態度で抱きついていた。

「レダ」

 抱き留めた一樹が驚いた声を出す。

「ずっとお逢いしたかった」

「ごめんな。おまえにはなんにもしてやれなくて」

 ぼんぽんと髪を撫でる一樹に、レダはじっと目を閉じた。

 聞こえてくる鼓動を確かめるように。

「一週間後にもう一度逢えたときに、戻ってきてくれると信じています、兄さま」

 答える言葉がなくて一種はただ末っ子の女神を抱きしめた。

 そうして一悶着が過ぎた後、ため息をついた一樹に、エルシアが声を投げた。

「どうする気なんだい、一樹?」

「それ、おれが訊きたい。どうしたらいいと思う、エルス?」

「いやわたしに訊かれても」

「どちらにしろ、ひとつの大きな転換期がきたってことだね」

「リオン。おまえって奴は」

 どこまで飄々としてるのか。
案外、エルダの後を継ぐのはリオネスかもしれない。そのくらいよく似ていた。

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