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第十二章 幻想と現実の狭間で

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「納得した。マルス伯父上なら確かにあの場をひとりで処理できるはずだ」

 アレスは脱力してしまった。

 しかし一樹の正体を知った後で、あのときの厳しい言葉を思い出すと、あれは彼なりにアレスを導いてくれたことになるが。

 あれが伝説の水神マルス。

 最強と呼ばれた神々の長。

 では両親や伯父たちがここへぎたのは、彼を連れ戻すため?

 何度考えてもそれは無謀なことに思えた。

 彼は常に亜掛を護っている。それを放棄して水神に戻れと言ったところで、一樹が受け入れるとは思えなかった。

 水神マルスのことはよく知らないが、一樹としての彼の気性は知っている。

 自分の意思は絶対に曲げないだろう。

 正体がバレて重苦しい空気が広がる中で、一樹は撫然としたままレダの問いに答えた。

「それこそ愚問だろ? おれはもうかつての水神マルスじゃない。一体何度否定したらわかってくれるんだ? いい加減に付きまとうのはやめろ」

 一樹が神々と対等ところか、突き放したような物言いをするのも、彼が特別な位置にいる神だから。

 そう気づくと翔は苦い気分になっていた。

 双生児のはずなのに一樹のことがわからなくなりそうだった。

「そういうわけにはいかないのですよ、マルス兄上。我々には時間がなく、そしてあなたが必要だ」

「レオニス。おれに何度も同じことを言わせるな。答えは、否ださっさと消えろ!」

「亜樹が性えるよ」

 言われて振り向くと確かに亜樹は震えていた。さっきより電えが強くなっている。本当にをされたんだか。

「いったい亜樹になにをしたんだ、エルダ? なにをしてここまで追い詰めたんだ? 話によっては幾らおまえでも許さないぞ?」

「意識をいじって記憶の扉をあけようとしただけだが?」

「なん、だって?」
 
 蒼白になる一樹など初めて目にしたリオネスたちは唖然とした。

「どうかしたのかい、一樹?」

「亜樹?」

 エルシアの問いかけも無視して、いきなり寝台を振り向くと、一樹が心配そうに名を呼ぶが亜樹の意識は戻らない。

 だが、ずっとうわ言でなにかを言っている。今更だがそれが気になった。

 口許に耳を寄せてみる。

 すると途切れがちな声が聞こえできた。

「助けて、くれ。マルス。ガーター。怖い。止められない。ガーター」

 必死になって呼んているのはかつての自分。

「おれならここにいる。もう終わったから、亜樹!」

 呼びかけてみるが亜樹に反応はない。ただ怖いと助けてくれと繰り返す。

 記憶が戻ったではないのだろう。

 エルダのやった方法では記憶は戻らない。亜樹にだってそれはわかったはずだ。だから一樹を呼んだ。

 それが一樹と同一人物だとわかっていない。

「セシル!」

 衆人環視だと知っていて、その名を呼んだ。

 亜樹を呼び戻す方法は、もう他になかった。

 驚いたように視線が集まるが、気にしている余裕はなかった。

 今は少しでも早く亜樹の心から恐布を取り味かないと、いつまた力が暴走するかもしれない。

 そうなったら今度こそ一樹にも止められない。

「セシルっ! 聞こえるか? おれはここにいる! 傍にいるからっ!」

「ガーター?」

 ぼんやりとした声が名を呼んで、亜樹が目覚めた。おそらく夢現なままで。

 その目にみるみる涙が浮かぶ。

「怖かった!」

「セシル」

 飛び上がって抱きつく亜樹を、一樹が思って抱きしめる。

 亜樹が派手に泣いているのは誰の目にも明らかだった。

「ガーター。マルス。怖かったっ!」

「わかったから、ちょっと落ち着けよ、セシル。おれはここにいるし、いつもおまえを護るから。傷つけさせないから」

「縛りつけてごめん。マルスを待っている人は大勢いるのに」

「でも、おまえほど強くおれを必要としている奴はいない。おれが自分から傍にいるんだ。おまえが縛り付けてるわけじゃない。あんまり自分を責めるな、セシル。おまえの悪い癖だ」

「あのときオレが間に合えば、マルスが犠牲になることもなかったのに!」

「でも、そうしたらおれはおまえに逢えなかった。言っただろ? 何度も。後悔はしてないって」

「眠っても、もう平気?」

「大丈夫だ。傍にいるから」

 ほっと安堵した表情になって、亜樹の全身から力が抜けた。

 そのまま一樹の腕の中に崩れ落ちる。

 ようやく落ち着いた亜掛を、一種は黙って横たえた。

「今のってもしかして亜樹じゃなかった?」

 恐る恐るといった感じで問うたのはリオネスだった。

 あまりにも切羽詰まった様子だったので、今まで息をするのも聞られていたのだ。

「まあな。今のは亜樹じゃない。セシルだ」
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