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第十二章 幻想と現実の狭間で
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「仕方がない。わたしたちも追いかけようか」
「エルダ伯父上?」
「アレスはすこし成長したようだな。深慮を感じさせる眼になった。この半年、辛い旅だったろうが、無駄ではなかったようだな」
「それは一樹のおかげだと思う」
「ほう」
「わたしが力を暴走させて、どうしようもできなかったとき、一樹がやってきて救ってくれた。そのときに言われて」
「なんて?」
「自分の実力を踏まえて力を使え、と。制街できない力を使っても、状況を悪化させるだけだからと。実際わたしはあの場面で状況に慌てて、制御不可能なことも忘れて強い力を発動させたから、一樹がいなかったらエルダ山はどうなっていたか」
アレスの説明は意外なことも含まれていた。
状況が今ひとつ想像できないが、言葉通りだとするとマルスはアレスが招いた力をひとりで封じたことになる。
まあ状況にもよるが。
そう気づき、それとなくレダが訊ねた。
「どんな状況だったの、アレス? あなたはどんな力を使ったの?」
「亜樹に。さっき倒れていた黒髪の子供の名前だけど、亜樹に不意打ちを仕掛ける実験みたいな真似をしていて、そのときはわたしが亜樹に仕掛けた。水で」
「それで?」
「湖の水を全部使って攻撃したら、亜樹はしばらく呆然としていて、反撃もしないまま水に飲み込まれた。このままだと殺してしまうから、そろそろやめないとと思っていたとき、それは起きた。亜樹の力が突然発動して一瞬で水を蒸発させた。しかも自分には影響を及ぼさない高度な炎の術で、放っておけば大惨事になるのは明白だった。亜樹には意識もなさそうだったし」
大賢者の力が暴走したときの恐ろしさは、さっきの事件で身に染みている。
さっきほどではなかったのだろうが、アレスの力で対抗できる事態ではなかったことは容易に想像がついた。
「ダメよ、アレス。屈辱でしょうけれど、そういうときは逃げなければ。あなたの力ではあの子には勝てないわ。もしあなたになにかあったら」
「でも、森を護りたかったし。だから、地底にある水を呼んで」
「きみにはまだ早いと禁じていたはずだよ、アレス?」
父であるレオニスにまで責められて、アレスはしゅんとしてしまう。
「状況を想像すると水と炎がせめぎ合い、さっきほどではないにしろ、かなり凄まじい状況だ
ったのでしょうね」
シャナの言葉に全員が頷いた。
「それをひとりで完璧に封じてみせたと」
「レダが言うように力が封印されているわけではないようだね。封印されていたらいくらあの方でも、どうしようもなかったはすだから」
アレスがいるのでわざと名前は出さなかったが、あまり隠す感味はないかもしれない。
自分たちがここにきてしまった以上、アレスも彼の正体を知るだろうから。
ラフィンが一樹に対して気を遣った発言をしたので、アレスは不思議そうな顔になる。
「そろそろ追いかけようか?」
「そうですね」
エルダの言葉にラフィンが頷いて神々はゆっくりと移動しはじめた。
亜樹の部屋は屋敷内の客室で一番広く立派な部屋だった。天蓋付き寝台に亜樹を横たえる。
一樹が前髪を撫でている。
深く労るようなその仕種に事情を知らない翔と杏樹は、一体なにがあったのだろうと顔を見合わせた。
エルシアたちは一樹の反対側から、亜樹の裏顔を覗き込んでいた。
一体どんな目に遭ったのか、その顔色は可哀相なほど真っ白で、まったく血の気がなかった。
未だに全身が小刻みに麗えている。なにか言いたいことがあるのか唇が濃え、声にならない声が漏れていた。
「エルダの奴もやってくれるぜ。亜樹は心の鹿を繕う術さえ知らないってのに」
腹立たしげに吐き捨てる一樹に、リオネスも同意した。
「ボクらの始祖なんだけど、ちょっと腹が立つね。亜樹。可京相にこんなに震えてるよ? こんなに怯えた亜樹を見るのは初めてだよ」
「一樹が亜樹は痛みを繕う術を知らないって言っていたけれど、どうやら事実のようだね」
気掛かりそうなエルシアの声に、アストルも頷いた。
「そんな亜樹に今回の事件の痛手から抜け出すことができるのかい、一樹?」
「さあな。おれにも断言できないな。かなりの衝輩を受けてる。当分、眠れない夜が続く
だろうな」
ちょうどそこへエルダたちがやってきた。
アレスまで引き連れてやってきた面々に不機嫌そうな顔を向ける。
「なにしにきた?」
「ご挨拶だな。用件はそなたが一番知っているだろうに」
飄々としたエルダの言葉に、事情を知らないアレスを含む三人が、怪訝そうに彼らを見
た。
まるで親しい知人のように振る舞う一樹に驚いて。
「何度言われようと答えは否、だ。さっさと消えろよ、鬱陶しいんだよ」
「一樹? 相手が神様だってわかってて言ってるのか、おまえ?」
兄として翔が不安そうに言い、一樹は肩を薄めてみせた。
「そんなにその子が大事なの?マルス兄さま?」
思い切ってレダが名を呼んで、アレスがぎょっとした声を出した。
「マルスって。水神マルスっ?わたしたちを続べる長である長子のっ!」
「「え」」
ぎょっとして翔と杏樹は一樹を凝視した。
言葉の意味がすべて理解できるわけではない。ふたりは異世界育ちだから。
だが、一樹だと指摘されたこと、しかも彼らを統べる長だと言われたことはわかって唖然としていた
それは神々の中でも特別だということを意味するから。
「エルダ伯父上?」
「アレスはすこし成長したようだな。深慮を感じさせる眼になった。この半年、辛い旅だったろうが、無駄ではなかったようだな」
「それは一樹のおかげだと思う」
「ほう」
「わたしが力を暴走させて、どうしようもできなかったとき、一樹がやってきて救ってくれた。そのときに言われて」
「なんて?」
「自分の実力を踏まえて力を使え、と。制街できない力を使っても、状況を悪化させるだけだからと。実際わたしはあの場面で状況に慌てて、制御不可能なことも忘れて強い力を発動させたから、一樹がいなかったらエルダ山はどうなっていたか」
アレスの説明は意外なことも含まれていた。
状況が今ひとつ想像できないが、言葉通りだとするとマルスはアレスが招いた力をひとりで封じたことになる。
まあ状況にもよるが。
そう気づき、それとなくレダが訊ねた。
「どんな状況だったの、アレス? あなたはどんな力を使ったの?」
「亜樹に。さっき倒れていた黒髪の子供の名前だけど、亜樹に不意打ちを仕掛ける実験みたいな真似をしていて、そのときはわたしが亜樹に仕掛けた。水で」
「それで?」
「湖の水を全部使って攻撃したら、亜樹はしばらく呆然としていて、反撃もしないまま水に飲み込まれた。このままだと殺してしまうから、そろそろやめないとと思っていたとき、それは起きた。亜樹の力が突然発動して一瞬で水を蒸発させた。しかも自分には影響を及ぼさない高度な炎の術で、放っておけば大惨事になるのは明白だった。亜樹には意識もなさそうだったし」
大賢者の力が暴走したときの恐ろしさは、さっきの事件で身に染みている。
さっきほどではなかったのだろうが、アレスの力で対抗できる事態ではなかったことは容易に想像がついた。
「ダメよ、アレス。屈辱でしょうけれど、そういうときは逃げなければ。あなたの力ではあの子には勝てないわ。もしあなたになにかあったら」
「でも、森を護りたかったし。だから、地底にある水を呼んで」
「きみにはまだ早いと禁じていたはずだよ、アレス?」
父であるレオニスにまで責められて、アレスはしゅんとしてしまう。
「状況を想像すると水と炎がせめぎ合い、さっきほどではないにしろ、かなり凄まじい状況だ
ったのでしょうね」
シャナの言葉に全員が頷いた。
「それをひとりで完璧に封じてみせたと」
「レダが言うように力が封印されているわけではないようだね。封印されていたらいくらあの方でも、どうしようもなかったはすだから」
アレスがいるのでわざと名前は出さなかったが、あまり隠す感味はないかもしれない。
自分たちがここにきてしまった以上、アレスも彼の正体を知るだろうから。
ラフィンが一樹に対して気を遣った発言をしたので、アレスは不思議そうな顔になる。
「そろそろ追いかけようか?」
「そうですね」
エルダの言葉にラフィンが頷いて神々はゆっくりと移動しはじめた。
亜樹の部屋は屋敷内の客室で一番広く立派な部屋だった。天蓋付き寝台に亜樹を横たえる。
一樹が前髪を撫でている。
深く労るようなその仕種に事情を知らない翔と杏樹は、一体なにがあったのだろうと顔を見合わせた。
エルシアたちは一樹の反対側から、亜樹の裏顔を覗き込んでいた。
一体どんな目に遭ったのか、その顔色は可哀相なほど真っ白で、まったく血の気がなかった。
未だに全身が小刻みに麗えている。なにか言いたいことがあるのか唇が濃え、声にならない声が漏れていた。
「エルダの奴もやってくれるぜ。亜樹は心の鹿を繕う術さえ知らないってのに」
腹立たしげに吐き捨てる一樹に、リオネスも同意した。
「ボクらの始祖なんだけど、ちょっと腹が立つね。亜樹。可京相にこんなに震えてるよ? こんなに怯えた亜樹を見るのは初めてだよ」
「一樹が亜樹は痛みを繕う術を知らないって言っていたけれど、どうやら事実のようだね」
気掛かりそうなエルシアの声に、アストルも頷いた。
「そんな亜樹に今回の事件の痛手から抜け出すことができるのかい、一樹?」
「さあな。おれにも断言できないな。かなりの衝輩を受けてる。当分、眠れない夜が続く
だろうな」
ちょうどそこへエルダたちがやってきた。
アレスまで引き連れてやってきた面々に不機嫌そうな顔を向ける。
「なにしにきた?」
「ご挨拶だな。用件はそなたが一番知っているだろうに」
飄々としたエルダの言葉に、事情を知らないアレスを含む三人が、怪訝そうに彼らを見
た。
まるで親しい知人のように振る舞う一樹に驚いて。
「何度言われようと答えは否、だ。さっさと消えろよ、鬱陶しいんだよ」
「一樹? 相手が神様だってわかってて言ってるのか、おまえ?」
兄として翔が不安そうに言い、一樹は肩を薄めてみせた。
「そんなにその子が大事なの?マルス兄さま?」
思い切ってレダが名を呼んで、アレスがぎょっとした声を出した。
「マルスって。水神マルスっ?わたしたちを続べる長である長子のっ!」
「「え」」
ぎょっとして翔と杏樹は一樹を凝視した。
言葉の意味がすべて理解できるわけではない。ふたりは異世界育ちだから。
だが、一樹だと指摘されたこと、しかも彼らを統べる長だと言われたことはわかって唖然としていた
それは神々の中でも特別だということを意味するから。
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