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第十二章 幻想と現実の狭間で

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「セシルに。亜樹になにをした?」

「すこしやりすぎたようだ。わたしはただ記憶を戻そうとしただけなのだが。記憶がない彼と話しても意味がなかったから」

「そんな理由で!」

 憤って言葉にならない一樹に、エルダは困ったような顔をしている。

 名乗らなくても彼が水神マルスなのだとわかる。

 マルスはなにも変わっていなかった。

 敢えて言うなら姿が変わったことと性別が変わったこと。

 ただそれだけだった。

 そこにいるのは紛れもない水神マルス。

 今これ以上刺激したらなにが起きても不思議はなかった。

 この事態を予測していなかったエルダも、亜樹の力の暴走の凄まじさにやりすぎたと後悔していたので。

 まさか大賢者の秘める力というのが、あれほどだとは思わなかったのだ。

 すべての神々が揃っていながら、逃げ出すしか手段がなかった。

 でなければ力の帰りを意らい消滅していただろうから。

「エルダ兄さまだけを責めないでっ! この事態を招いたのは、あなたにも責任のあることよ、マルス兄さま!」

「真紅の髪と瞳。レダ、か」

 面識のない末っ子との初対面。

 しかしそれは最悪のパターンだったかもしれない。

「わたしたちがどんな気分で兄さまを待っていたと思うの? ずっとずっと待っていたのに! いつか帰ってきてくれるって信じて待ちつづけて。どうしてわたしたちを裏切るの?」

 泣きだしそうな顔をするレダに、一樹はどう言おうか一瞬、悩んだ。

 ある意味でレダは、例外なのだ。

 マルスとの面識もないレダに、状況を理解しろと望むのは無理な話だ。

 わかってはいたが、再会したパターンがこれでは、一樹も素直に受け答えできない。

 亜樹のあの怯えた眼を見てしまうと。

「レダがどう思おうとレダの自由だ。おれは別こどう言われようと構わない。無責任だと思うなら、そう思えばいい」

「マルス兄さまっ!」

「おれたちの問題に亜樹を巻き込むなっ! こいつが力を暴走させることがどういうことかわかっててやったのかっ?」

「わかっていないというのなら、説明をしていただけませんか、マルス兄上」

 きついレオニスの口調に、一樹がムッとしたように彼を見た。

「もしおれが近くにいなかったら、どうなってたと思う? おまえたちは自分で世界を崩壊させてたところなんだぞ?」

「マルス」

「今回はまだおれが近くにいたし、おれに制御できる範囲だったからよかったけどな。亜樹がそれさえ拒んでいたら、おれにもどうにもできない。そのときは底無しの亜樹の力が際限なく暴走して世界全土を襲う」

 ぞっとする例えに傍観に回っているエルシアたちまで、今更のように亜樹の力の強さを知った。

 あの華奢な身体のどこに、それだけの力が宿っているというのか。

「わかってんのか、おまえたち? 自分から天災を招くようなものだ。ありとあらゆる自然災害が、天災が全世界を襲い破滅するまで止まらない。もし今そうなってたらどうするつもりだ? 答えてみろよ、エルダ」

「それが本当だとしたらマルスの説明は矛盾している。マルスは確か炎の精霊に、大賢者の力は正の方向にしか働かないと説明したのだろう?」

「力そのものに善も悪もない。そのくらい、おまえが一番よく知ってるだろう」

「だが」

「歯止めになっているのは亜樹の自我。こいつの優しい心が、力が正の方向にしか働かないように仕向けるんだ。人を傷つけたくない。世界を護りたい。そう思う心が力を制する鍵。わかるか? 力が制御できなくなるほど追い詰めて、自我を閉じたり最悪自我を崩壊させたら、抑えきれない強大な力は、ただ荒れ狂い暴走するだけだ。亜樹がすべての力を解放したら、世界を崩壊させることなんて、一瞬でできるかもしれないぜ?」

 それだけ力を暴走させた大賢者は恐ろしい存在だった。

 そうしてまた奇跡が起きた。

 ぎょっとしたように神々が周囲に視線を走らせる。

 無残なまでに破壊された周囲が一瞬にして修復されていく。

 残されたのは静寂の森。

 まるでさっきの大惨事など起きなかったような。

 そうしてまさかマルスかと視線を向けた神々は、それをやったのが大賢者の転生、亜樹だと知った。

 何故なら気絶している亜樹の全身が、広かな光を帯びていたからである。

「大賢者にはこんな真似までできる、と?」
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