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第十二章 幻想と現実の狭間で
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額にエルダの手が触れる。流れ込んでくる力を確かに感じ取った。
それは強引なほどの強さで、
無理に記憶の扉を開ける。
流れ込んでくる記憶は膨大で受け入れることなんてできなかった。
受け入れきれない記憶がどうなるか。
無意識に理解していた。
エルダのしていることは無駄に終わる。
記憶は自然に戻らなければ意味がない。
強引に記憶の扉をこじ開けることが招くのは、記憶を取り戻すことではなく、力の暴走。
わかっているのにやめてくれと言えない。
これ以上、刺激しないでくれっ!
もう抑えきれないっ!
「助けてくれ、ガーター! もう抑えきれないっ!」
何故そう叫んだのか、自分でも知らない。
ただそれが魔法の呪文だった。
「セシル?」
一樹が突然、そう呟いてエルシアたちが不思議そうな顔になった。
「どうしたの、一樹? セシルって誰?」
リオネスの声も耳に入らない。
だが、一樹の視線の先を追って庭先を見た面々は、みな保気に取られた。
「なんだい、あれは? まるで台風の大型が直撃したみたいな荒れ方だ」
大樹が想こそぎ引っこ抜かれて不自然に飛び回っている。
強風が吹いていることは、確かめるまでもなくわかることだった。
その次の瞬間、大地が燃えた。まるで煉獄のように。
「まずいっ! 亜樹だっ!」
叫んで一樹は窓を開け放つと、そこから飛び出した。
一拍遅れてエルシアたちも彼の後を追う。
そこで見たのは荒れ狂う力の中心で、呆然とむ亜樹の姿。
「一樹っ! 迂闊に近づいたら危ないって! どれだけの力が、暴走してると思ってるの!」
三人は必死になって一樹を止めた。
でなければ今にも燃え盛る炎の中に飛び込みかねなかったからだ。
「おれなら平気だっ! だから、離せよっ! 今の亜樹はおれでないと止められないっ! エルダ山が消滅してもいいのかっ?」
「だっていくら君が水神マルスでも」
「暴走してるのは炎の力だけじゃないのに!」
本当に亜樹にこれほどの力が秘められていたというのは驚愕だった。
世界に存在するすの力。
亜樹はそれを果走させている。
幾ら水神マルスでも止められるとは思わなかった。
自殺行為だ。
「亜樹の力はおれを傷つけない! 有じてくれよ、エルシア! アストル! リオネス!」
必死になって振りほどこうとする一種に、三人は暫くして彼を放した。
嘘を言っているようには見えなかったから。
今は一樹を信じるしかなかった。
身柄が自由になった一樹は、一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと歩きだした。
なんの力も放たずに。
まるで自殺するようなその行動に、エルシアたちは息を呑む。
だが、驚愕はそれだけですまなかった。
亜樹が累走させている力は、見事に一樹だけを避けた。
意識的か無意識か、それはわからない。
だが、自分の意思ではどうにもならない力に翻弄されているはずの亜樹が、一樹を認識して彼を避けたのは確かだった。
一樹が一歩、足を踏み出すごとに風が怯み、炎が道を空ける。
それは不自然な光景だった。
そしてとても不思議な。
亜樹がふるうどんな力も、一樹の身に触れることはない。
彼の前で道を空ける。
それが現実だった。
エルシアたちは啞然として声も出なかった。
どのくらいの時間で、一樹が亜樹の前まで辿りついたのか。エルシアたちもわかっていなかった。
そのくらい驚いていたのである。
「亜樹」
呼びかけても反応はない。
一体なにがあったのか。
亜樹は心を閉じているようだった。
さっきの悲は間違いなく亜樹のもの。
昔の名で一樹を呼んで助けを求めていた。
「セシル」
今はもう誰も知らない大賢者の名を呼ぶ。
すると亜樹がびくりと震えた。
なにかに怯えるように。
酷く傷ついている。
それがよくわかった。
「もういい。もういいから、センル」
ゆっくりと抱きしめると亜樹は暫く果然としていたが、やがて一筋だけ涙を流すと意識を手放した。
屑折れる前に抱き上げる。
痛々しいほどその顔色は真っ青だった。
「守護聖獣と大賢者の関係ってすごいんだね」
感心した声を投げたのはリオネス。三人はいつのまにか近づいてきたようだった。
「おれは亜樹の血をもらってるからな。そういう意味で特別なんだ」
「それだけだとは思えないけれどね。大賢者と守護聖獣。切り離しては考えられないもの。育んできた絆は、相当深いんじゃないのかい?」
優しいエルシアの声に、一樹は苦い笑みを向ける。
それからゆっくりと背後に声を投げた。
「いい加減に出てこいよ、エルダ。引きずり出されたいか?」
「「「え」」」
三人が驚く暇を与えずに突如として炎の精霊と、五人の美形が現れた。
一目で創始の神々だとわかる。
振り向いた一樹の眼は、恐ろしいほど冷たかった。
それは強引なほどの強さで、
無理に記憶の扉を開ける。
流れ込んでくる記憶は膨大で受け入れることなんてできなかった。
受け入れきれない記憶がどうなるか。
無意識に理解していた。
エルダのしていることは無駄に終わる。
記憶は自然に戻らなければ意味がない。
強引に記憶の扉をこじ開けることが招くのは、記憶を取り戻すことではなく、力の暴走。
わかっているのにやめてくれと言えない。
これ以上、刺激しないでくれっ!
もう抑えきれないっ!
「助けてくれ、ガーター! もう抑えきれないっ!」
何故そう叫んだのか、自分でも知らない。
ただそれが魔法の呪文だった。
「セシル?」
一樹が突然、そう呟いてエルシアたちが不思議そうな顔になった。
「どうしたの、一樹? セシルって誰?」
リオネスの声も耳に入らない。
だが、一樹の視線の先を追って庭先を見た面々は、みな保気に取られた。
「なんだい、あれは? まるで台風の大型が直撃したみたいな荒れ方だ」
大樹が想こそぎ引っこ抜かれて不自然に飛び回っている。
強風が吹いていることは、確かめるまでもなくわかることだった。
その次の瞬間、大地が燃えた。まるで煉獄のように。
「まずいっ! 亜樹だっ!」
叫んで一樹は窓を開け放つと、そこから飛び出した。
一拍遅れてエルシアたちも彼の後を追う。
そこで見たのは荒れ狂う力の中心で、呆然とむ亜樹の姿。
「一樹っ! 迂闊に近づいたら危ないって! どれだけの力が、暴走してると思ってるの!」
三人は必死になって一樹を止めた。
でなければ今にも燃え盛る炎の中に飛び込みかねなかったからだ。
「おれなら平気だっ! だから、離せよっ! 今の亜樹はおれでないと止められないっ! エルダ山が消滅してもいいのかっ?」
「だっていくら君が水神マルスでも」
「暴走してるのは炎の力だけじゃないのに!」
本当に亜樹にこれほどの力が秘められていたというのは驚愕だった。
世界に存在するすの力。
亜樹はそれを果走させている。
幾ら水神マルスでも止められるとは思わなかった。
自殺行為だ。
「亜樹の力はおれを傷つけない! 有じてくれよ、エルシア! アストル! リオネス!」
必死になって振りほどこうとする一種に、三人は暫くして彼を放した。
嘘を言っているようには見えなかったから。
今は一樹を信じるしかなかった。
身柄が自由になった一樹は、一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと歩きだした。
なんの力も放たずに。
まるで自殺するようなその行動に、エルシアたちは息を呑む。
だが、驚愕はそれだけですまなかった。
亜樹が累走させている力は、見事に一樹だけを避けた。
意識的か無意識か、それはわからない。
だが、自分の意思ではどうにもならない力に翻弄されているはずの亜樹が、一樹を認識して彼を避けたのは確かだった。
一樹が一歩、足を踏み出すごとに風が怯み、炎が道を空ける。
それは不自然な光景だった。
そしてとても不思議な。
亜樹がふるうどんな力も、一樹の身に触れることはない。
彼の前で道を空ける。
それが現実だった。
エルシアたちは啞然として声も出なかった。
どのくらいの時間で、一樹が亜樹の前まで辿りついたのか。エルシアたちもわかっていなかった。
そのくらい驚いていたのである。
「亜樹」
呼びかけても反応はない。
一体なにがあったのか。
亜樹は心を閉じているようだった。
さっきの悲は間違いなく亜樹のもの。
昔の名で一樹を呼んで助けを求めていた。
「セシル」
今はもう誰も知らない大賢者の名を呼ぶ。
すると亜樹がびくりと震えた。
なにかに怯えるように。
酷く傷ついている。
それがよくわかった。
「もういい。もういいから、センル」
ゆっくりと抱きしめると亜樹は暫く果然としていたが、やがて一筋だけ涙を流すと意識を手放した。
屑折れる前に抱き上げる。
痛々しいほどその顔色は真っ青だった。
「守護聖獣と大賢者の関係ってすごいんだね」
感心した声を投げたのはリオネス。三人はいつのまにか近づいてきたようだった。
「おれは亜樹の血をもらってるからな。そういう意味で特別なんだ」
「それだけだとは思えないけれどね。大賢者と守護聖獣。切り離しては考えられないもの。育んできた絆は、相当深いんじゃないのかい?」
優しいエルシアの声に、一樹は苦い笑みを向ける。
それからゆっくりと背後に声を投げた。
「いい加減に出てこいよ、エルダ。引きずり出されたいか?」
「「「え」」」
三人が驚く暇を与えずに突如として炎の精霊と、五人の美形が現れた。
一目で創始の神々だとわかる。
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