弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

文字の大きさ
上 下
88 / 140
第十一章 それぞれの代償

(8)

しおりを挟む
「それできみから見てどうだった? マルス兄上はすでに水神としては失格だったかい? それとも伝説そのままの御方だったかい?」

「率直な意見を申し上げてよろしいでしょうか?」

「構わないよ。ここにはわたしたちしかいないからね。直接、マルス兄上と接触した君の意見は重要だ」

「ありがとうございます」

 認められてファラは嬉しかったが、感想を口にするのは難しかった。

 ある意味で彼は水ものであり、ある意味で正反対でもあったから。

「どういえば伝わるのか迷ってしまいます」

「それほど変わってしまわれていたのかい?」

「いえ。ある意味で伝説そのままの方だとそう思いました。マルスさまはまるで水そのものだと」

「なるほど。どうやら本質は変わってはいないようだ」

 考え込む瞳になるラフィンに、ファラは困ったような顔になる。

「水というのは例えるのが難しいものですね」

「面白い意見だね。きみはマルス兄上はご自分の責務を放棄して、自由に生きることを選んだと言いながら、その反面で兄上のことを認めているようだ」

「神々随一の気まぐれ。確かにその通りの御方です。逆らえばどうなるかわからない恐ろしさがありました。たった一言で呪縛され、もう少しで消滅させられるところでしたから」

「いくらマルス兄さまでも、あなたを消滅させたら許さないんだからっ!」

「レダ様」

 怒ってくれて嬉しいのだが、それはこれからおそらくレダたちの身の上に降りかかるはずだった。

 彼の意思に背くなら。

「どうやら話を総合するとマルス兄上は変わってはおられないということになるようだね」

「そうですね。本質もその力の強さも、なにもお変わりありません。寧ろ変わったのはその御心かと」

「なるほどね」

 ため息をつくラフィンの心情が、とてもよく理解できる。

「大賢者の転生についてはどうだい?」

「そちらに関しては全くの未知数かと」

 ここまで言ってから初めてファラは亜樹に関する秘密を打ち明けた。

 一樹から聞いた情報をすべて提示し終えたわけである。

 さすがにラフィンもレダも難しい顔になっていた。

「頭が痛いね。どうもわたしたちの手に負える問題ではなさそうだ。大賢者が今もそこまでの謎を秘めていて、しかも現在も世界滅亡の鍵を握っているとなると、兄上の意思に迂闊に逆らえないしね。逆らったらどんなことになるやら」

「でも、現状でマルス兄さまの離反は認められないわ。ラフィン兄さまだって、そのためにどれほど苦労してきたことか」

「わたしやレオニス兄上の力が及ばないだけのことだよ。まあ確かに今の状態で、兄上が抜けるのは痛いけれど。困ったね。兄上は頑固な方だから一度決めたことは覆さないだろうし」

 本当に困ったと言いたげな顔だった。

 直接、一樹とやり合ったファラにはよくわかるのだが。

 あれが本当の水掛け論だ。なにを言っても聞いてもくれないのだから。

「わたしたちだけで話し合っていても仕方がない。エルダ兄上のところへ行こう」

「ラフィン兄さま」

「勿論シャナもレオニス兄上も招いて。これは親族会議に持ち出したほうがよさそうだ。判断を間違えば兄上を失うだけでなく、下手をしたら世界も道連れになる」

「ファラわたしたちはこのまま兄さまの空中神殿に移動するわ。あなたはシャナ姉さまやレオニス兄さまに連絡を取って。空中神殿で待っているわ」

「承知いたしました」

 答えてふっとファラの姿が消える。

 精霊としての全力を注いでも、すぐにすべての神々を集める覚悟だった。

「もし」

「レダ?」

 移動しかけて立ち止まった妻を振り向いて、ラフィンが気掛かりそうな視線を投げる。

 マルスに関しては彼女に隠してきたから、尚更心が痛かった。

「もしわたしたちがお迎えに出向いても、マルス兄さまのお心が変わらなかったら」

「そのことは今考えてもはじまらないよ、レダ。弱気になるなんてきみらしくもない」

 答える言葉が浮かばなくて、レダは差し出された夫の手を取った。




 中央の王座に腰掛けているのは風神エルダ。

 それはエルダ神族を思わせる銀髪、銀瞳の青年だった。

 とても遥かなる昔から生きている青年には見えない。

 エルダ神族と違うのは、その両耳にピアスがないことだけ。

 面影はアレスが指摘しただけあって、三男のリオネスとどこか似通っている。受ける印象のようなものが。

 だが、その美貌ははっきりと翳っていた。

 真正面に位置するのは海神、レオニス。

 こちらは真っ青な髪と同じ色の瞳が印象的である。

 エルダと比較しても遜色のない美男だがその美貌もまた暗い翳りを落としていた。

 右側の席には湖の神、ラフィン。

 その正面にふたりの女神が腰掛けていた。

 これが親族会議を開くときの指定席である。

 大地の女神、シャナは唯一黒髪だった。睡は緑。大地をイメージしたような美女である。

 世界一とも誇れる美男美女の集団だが、誰の顔色も優れなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

メインキャラ達の様子がおかしい件について

白鳩 唯斗
BL
 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜

𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。 だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。 そこで出逢った簫 完陽という料理人に料理を教えてもらうことに。 そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?! 料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕! ※、のところはご注意を。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

天使様はいつも不機嫌です

白鳩 唯斗
BL
 兎に角口が悪い主人公。

処理中です...