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第十一章 それぞれの代償

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 駆け寄って抱きついてくるレダをラフィンが強く抱きしめる。

 その瞳は澄んだ青。

 髪は青銀。不思議な容貌の青年だった。

 この方が湖の神にしてレダさまの夫であるラフィン様。

 初めてお目に掛かかったわ。

「マルス兄さまが。マルス兄さまが」

 後はもう言葉にならず泣き崩れるレダを抱いて、ラフィンは何度もその背を撫でた。

 落ち着けるように。

「ラフィンさま。どうしてここに?」

 妻を慰めながら問いかける炎の精霊を振り向いて、ラフィンは苦笑した。

「レダの異変はわたしにはすぐにわかる。神殿にあった炎がすべて消えたからね。レダから贈られた大切な炎が。だから、なにかあったと気づいて飛んできたんだよ」

 その言葉通り一瞬で移動してきたのだろう。

 優しく心に染み込んでくる夫の言葉に、レダはすこし落ちついたらしかった。

 まだ夫に甘えているが、もう泣き声はしない。

「どうも途中参加のわたしには話が見えないのだが、マルス姉上がどうかなさったのかい? 何故姉上のことを兄、と?」

 わからないと問いかけるラフィンに説明したのはレダだった。

 自分に言い聞かせるようを受けたのか、ラフィンも眼を見開いて絶句している。

「そんなことが」

「お話はまだ途中なのですが、よろしければラフィン様も同席なさってくださいますか? またレダ様が取り乱されても困りますし」

「ファラッ!」

 赤くなって怒るレダにファラは苦笑した。

「聞かないわけにはいかないね。姉上いや。マルス兄上がご自分の書務を放れた理由。そして真実を明らかにしてなお戻らない理由をね」

 ファラが説明したのはマルスが生命を落とす原因と、その経過。

 そしてそれによってマルスが陥った現状についてだった。

 まだ詳しい説明をするつもりだったが、レダが取り乱してしまって、ラフィンの登場と相なったわけである。

 正直なところ、ラフィンがいてくれてよかったといった気分だった。

 どうもレダはマルスのことになると冷静さを保てないようなので。

 レダの王座の隣にはきちんと夫の席が用意されている。

 それはラフィンにしても同じで湖の神殿には、きちんとレダの席がある。

 そんな仲睦まじい姿を見た精霊は、ファラが最初で最後だろう。

 誇らしい気分になる。

 ただこれから告げる真相は、どちらにも辛いことだろうとは思ったが。

「それでマルス兄上はどうして性別が変わっているのかな? 守護聖獣に変化しただけなら性別は変わらないような気がするけれど?」

「それはマルスさまが一度お亡くなりになっているからです」

「あなたはマルス兄さまにお逢いしたのでしょう?」

「どういう意味? あなたはマルス兄さまにお逢いしたのでしょう?」

「はい。転生されたマルス様にと注釈はつきますが」

「「転生」」

 ありえない現実にふたりとも絶句していた。

 神は純粋な力の象徴。転生などありえないはずだった。それがマルスは転生した?

「大賢者と共に生きてマルス様は一度は亡くなられたようです。大賢者が生きていた頃そして亡くなった頃。そういった頃の説明はなさいませんでしたが、はっきりと転生とご自分で申されましたから」

「つまりマルス兄上は自分が水神マルスであるという自覚も記憶もあるということだね?」

 頷くファラに今度はレダが問いかけた。

「神力はどうだったの? あなたはさっきマルス兄さまは戻ることを拒否したと言ったけれど、そのとき確か神力も記憶もあるとそう言ったでしょう?」

「はい。マルス様はご自分の正体も自覚されておりますし、前世の記憶もすべて取り戻されていらっしゃるようでした。ただ神力に関しては現在は封印された状態で、大賢者の封印が解かれるときに、ご自分の封印も解かれて力が戻ると」

「大賢者の封印? 大賢者は確かもう遠い昔に」

 怪訝な顔になるラフィンに、ここで初めてファラはマレスがカの制的を受けたこと。

 それが大騒者に連なること。

 そしてその大賢者が現在、人間側の希望の象徴として転生したことを打ち明けた。

「ではマルス兄さまは今も大賢者の傍にいらっしゃるの? ご自分の意思で?」

 否定的な言葉だった。

 水神としての使命を捨て立場も捨てて、大賢者を選んだことを非難するような。

 マルスに向かってそんなことを言おうものなら、即喧嘩だろう。

 あの激しく気まぐれな気性では。

「マルス様はご自分の力の源が、人間の信仰からかけ離れてしまわれたことを指摘していらっしゃいました。かつてと同じ力を保持していても、力の源が違うのなら、それはもう神ではない、と。だから、戻れないのだと」

「言い訳だわっ!」

「レダ。落ちつきなさい」

「だって」

「今は情報を正確に掴んで整理するほうが先だ。すぐに感情的になるのは、君の悪い癖だ」

 夫に嗜められてレダはしゅんとしてしまった。主人に向かって失礼かもしれないが、なんだか可愛い。

 意外な姿を見たといった気分だった。
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