弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十章 水神マルス

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 力の源が信仰ではない以上、一樹は神という概念からは外れる存在。

 いい加減それをわかってくれないかと、苦い気分で思っていた。

 確かに力の強さや生前と全く同じ力が使える一樹を見ていると、水神として呼び喫したくなるだろうが、根本的なところで違っている。

 一体どれほど否定したらわかってくれるのだろう?

「わたしさっき申しませんでした? アレス様の伴侶候補は別にいると」

 言われてようやく精霊の存在を思い出した面々が、ゆっくりと彼女を振り向いた。

「正直なところ、まだ仮定の段階で、はっきりと断言できる状態ではないのです。それにレダ様もおっしゃっていましたし。選ぶのはアレス様ご自身で、それを望んでも叶えられない場合もあると」

「前置きはいいから、だれを指してる? 重要な位置に立つ者はもう」

「マルスさまはお認めになりたくないだけではありませんの?」

 不穏な科白に聞こえ一樹が眉を顰める。

「皆さん忘れていらっしゃいますわ。もうひとり絶対的な力を持ち、神となれる素質を持つ御方がいらっしゃることを。しかも確実に人々の信仰を集めることができ、世界を安定させることもできる唯一の御方」

「まさか」

 青ざめた一樹に精霊はすこしため息をつく。

「そう。光の救世主。人間が望んだ希望。それは大賢者」

「亜樹は!」

「マルス様。落ちついてください。まだそうなると決まったわけではないと申しましたでしょ
う?」

「落ちつけるかよ! 亜樹を巻き込むな!」

「ですがアレスさまと対を成す御方は、あの方しかいらっしゃいません。アレスさまは神々の希望、あの御方は人間の希望。これほど相応しい組み合わせがございますか?」

 精霊の言葉に頷けないのは一樹だけではなかった。

 エルダ神族の三兄弟も無然としていた。神々の間でそんな取り決めがされていたなんて、とんだ誤算である。

「横槍を入れられるのは困るね」

「エルシア様?」

「この際だからはっきり言っておくけれど、亜樹に先に申し込んだのは、私たちだよ」

「あらこれは失礼。あなた方もあの御方を選ばれていらしたのね」

 当然だと言いたげな声だ。

 確かに亜樹の正体を知ればそう思うだろうし、知らなくても亜樹の素質を知っていれば頷けるだろうが。

 目線だけで火花を散らす彼らに、リーンはちょっと呆れていた。

 リーンだって亜樹のことは好きだし、特別な意味で独占したいと思う。

 でもぞれは亜樹に選ばれて初めて意味を成すものだ。

 皆それを忘れていないか?

「どうでもいいんだが、当事者の亜樹の気持ちを置き去りに熱くなってもしかたないんじゃないのか?」

「アディール」

「一樹の言ったことが本当なら、亜樹の性別を決めるのは、亜樹自身の気持ちによるところが大きい。亜樹が自分からだれかを愛し選ばないことには、なにもはじまらない。そこで揉めても無意味だと、わたしは思うのだが?」

「珍しく冷静だね、リーン」

「エルシアたちが暴走しただけだと思う」

 正論である。

 話し合いの内容の重要さに、冷静さというものを、どこかに置き去りにしたようだ。

 一樹が水神マルスであったこと。

 神々の後継者のこと。

 アレスの問題。

 そして亜樹の正体とそれが招く彼の未来について。

 ここは冷静になるうと、すべての者が深呼吸を繰り返した。

「とりあえず亜樹の問題に関しては、余計な手出しはするなど、エルダにちに言っておけ。
おれはおいつの問題では一歩も譲らない」

「マルス様」

「生憎エルダたちのように制約は受けていない身なんでね。おれが本気ならマルスの力を使って対立できるぜ?」

「困った御方」

「どうとでも。そのくらい真剣だってことを、あいつらに言っておけよ。おれは譲らないからな」

「私たちも一樹の意見に同意するよ。私たらがエルダの後継だというなら、それは生まれながらの宿命だから、仕方のないこととして受け入れるよ。
、エルダ神族の長の直系として生まれた自分たちの運命だと。
でも、亜樹の問題では私たちただって譲らない」

「そうだね。確かに亜樹が誰を選ぶのか、まずそこからはじめないとなにも始まらないと、諦めるつもりもないから、それは理解してほしいね」

「ボクも兄さんたちと同じ意見」

 リーンは自分も名乗り出ようかと思ったのだが、ここはまあいいかと思い止まった。

 別に今こそは! 声高々に名をあげなくても、最終的に亜樹に選ばれればそれでいいのだから。

 まあ一樹の場合はマルスとして、そして亜樹を守護する者としての意見も入っていたのだろうが。

「まあ確かに綺麗な御方でしたし、とでも強い力も感じましたけど凄い人気ですわね。あの御方」

 呆れたのか感心したのか、ぼそっと広く精霊に一樹を含む全員が、白い眼を向けた。
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