弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十章 水神マルス

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「バカだな、リオン。聡明なお前らしくもない。そのレオニスの後継者候補は誰だ?」

「あっ。そっか。アレスがもういたんだっけ」

「だから、腑に落ちないのさ。おれも。このままでは大地の女神の後継が産まれないから。それでも実行に移す際には、エルダ神族と新たに産まれた子供の間で、力が迷い暴走しとんでもない事態になる。全く厄介な事態を招いてくれたもんだ」

「アレス様の伴侶候補はいます」

 それまで忘れられた形になっていた精霊の、不意の言葉にすべての者が彼女を見た。

「確かにこのことを打ち明けても、大地の女神、シャナ様に関する問題は解決しません。アレス様の伴呂候補は、シャナ様とは無縁の御方ですから」

「それを聞く前にシャナの後継者をどうするのかを聞いておきたいな。アレスが産まれる前ならどんな方法でも手段は選べたと思う。でも、あいつがいるために方法は限られてきてる。
どうするつもりだ?」

「そのことについてはわたしにははっきりしたことが申せません。ただ仮定を出すとしたら、
シャナ様はエルダ様と同じ道を選ばれるかもしれません。マルス様のお話が正しければ、エルダ様がエルダ神族をご自分の力を譲る形で生みだしたのは、伴侶であるあなたがいらっしゃらないせいでしたから。それが事実ならおそらくシャナ様も同じ道を選ばれると思われますわ」

 精霊の言いたいことはわかるのだが、一樹には無謀なことだとしか思えなかった。

 思わず深いため息が出る。

 その様子を見て疑問を抱いたエルシアが彼に訊ねた。

「どうしてそこでため息をつくんだい? 話を聞く限りでは、これが理想的な解決策という気がするけれど?」

「確かに理想的だ。理想的すぎで涙が出るね」

「一樹?」

「マルス様?」

「あのさ、みんな忘れてるみたいだけど、そんな真似が簡単にできると思ってるわけか?」

「え? だってエルダは」

 リオネスの驚いた声に一樹はうんざりした顔で指摘した。

「そりゃあエルダにはできるさ。
なにしろおれに次ぐ位置にいるんだから。だけど、シャナの力はエルダよりは劣る。成功率の低い賭けに望むようなものなんだぜ?」

「そんなに力の結晶を生みだすのは難しいことなの?」

「まぁ、な。はっきり言ってしまうと、力を譲ったせいで、自分の力が減るんだよ」

 ぎょっとする真相だった。

 それはつまり風神エルグもエルダ神族を生みだすときに、自らの力を与えることで、力が減っていることを意味するからだ。

 まさかそこまでの犠牲を払っていたとは思わなかった。

「エルダはそれを覚悟していたんだと思う。どうせ自分が消滅するとき、ひとつに戻る力だ。だったら早めに力が満ちている間に、後継者を生みだしたほうがいい。たぶん。そう判断したんだと思う」

「それは創世から時が経ちすぎている現在に、しかもエルダよりも力の劣るシャナが、同じ道を選ぼうとするのは自殺行為って意味かい?」

 事態を正確に掴んだエルシアの問いに、一樹は小さく頷いた。

「最悪、それを実行したら後継者を生みだした段階で、シャナは消滅しかねない」

 ぎょっとしたのは精霊も同じだった。

 まさかそこまでひどいとは思わなかったので。難しいことだとは聞いていたのだが。

「そうなったら後継者のほうも有難迷惑だよな。アレスを見ればわかると思うけど、後継者の
成長は異端だ。シャナが消滅するかしないか、そんな瀬戸際にあっという間に成長するだろう。自我は子供のままで。そうして受け入れさせられる。産まれたばかりでシャナの持っ
ていた力のすべてを」

「アレスを見ているだけでも厄介なのに、その上をいく事態が起きたら、いったいどうなるの?」

 情けない声を出したのはリオネスだった。

 彼には一樹の言葉の意味が痛いほどよくわかったので。

 子供に凶器を持たせたらどうなるか。

 それはアレスの一件で身に染みていた。

 それが一年どころか、産まれですぐにそれもアレス程度の力ではなく、すべての力を受け入れさせられたら、とんでもない事態になる気がする。

「最悪の場合だと力が暴走するだろうな」

 あっさり言う一樹にみんな恨めしそうな顔になった。

 神というのはもうすこし傍迷惑にならない行動を起こせないのだろうか?

 世界を救うため、自分を犠牲にしたマルスはともかくとして、残りの神々は迷惑極まわりない。

 アレスを押しつけてきたレダだって相当我儘だと思っていたのに。

「そういう事態を招かない方法は残されていないのですか、マルス様?」

「ひとつ、だけかな」

「それはどういう」

「アレスのように急激に成長させたり、力の受け継ぎを確かめるために養育時間を置くような真似をやめて、例えば水球に自分の力を注いで徐々に育てていく」

「それは普通に成長させるのではないという意味ですか?」

「そうなるな。シャナは残りの時間のすべてをその後継者のために使うことになる。そして
すこしずつ自らの力を与えて、色んな知能を与えていく」

「そうしたらどうなるの?」

「受け継ぎが終わった瞬間にシャナは消滅し、その瞬間に後継者が目覚める。完璧に力を受け継ぎ制御も覚えた状態で」

 ある意味で理想的とも言える状態だが、その場合、シャナ自身が犠性になるようなものである。

 伴侶であるレオニスは一体どんな気分になるだろう?

 自分の伴品が生命を削って後継者を育でているのを目の当たりにしたら。

「ただその安全な方法を取ったとしても、創始の神々の後継者は三人しかいない。エルダの後継者のエルシアたちと、アレス。そしてシャナの後継者。これだとバランスが取れないというのが、おれの本音かな」

「アレスがひとりで三役を兼ねているとしても、ひとり足りないってことだね?」

 アストルの確認に一樹が頷きリオネスが言ってみた。

「それって一樹のこと?」

「まさか。おれはもう神じゃない。それは何度も言っただろ?
確かに欠けているのは水だけど、おれにはその穴埋めはできない。力の系統が違うんだ。今のおれでは純粋な水神にはなれないんだよ」
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