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第十章 水神マルス

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「そもそもあなたさまが本来のお立場をお忘れにならず、ご兄常の元へ戻られていたら、すべては起きなかったことなのですよ?」

「言いがかりだ。おれは自分の役目は果たした。少なくとも一度目の世界の危機を救ったのは
おれなんだからな」

「いいえ。アレスさまがもしレオニスさまのお子でなく、あなたのお子であったなら、すべての仮説が変わってくるのです」

「‥‥‥」

 言い返さないところを見ると一樹にも、言葉の正当性はわかっているらしい。

 水神マルス、か。

「本来、神々は炎と水を両立させたかったわけで、あなたさまがいらっしゃれば、レオニスさまではなく問違いなくあなたがその役を担っていたはずですわ。それはご存じですわよね?」

「それってマルスが水を司る神の太祖だから?」

「そうですわ、リオネスさま。本来、同系統の力を持っているなら、一番影響力の強い神に集まる信仰だけで均衡は保たれます。マルスさまがこの使命を放業したりなさらなければ、現状
は変わっていたかもしれない」

「買いかぶりすぎだって。親におれがいなくても均衡はとれていたはずだろ?」

「その答えはエルシアさまたちが、一番ご存じのはずですわね?」

 視線だけで訊ねてくるエルシアに精霊が微笑んだ。

「マルスさまが守護聖獣となられて、ご自分の役目を放棄されて後からの歴史を、あなた方な
らご存じのはずですね。水は満ち足りていましたか? 一度でも水難が起きませんでしたか? ましてや水不足に悩んだときはありませんでしたか?」

 一樹の前で言っていいのかと悩んでいるような間が空いて、渋々といった風情でエルシアが
話しだした。

「確かに水に恵まれていたとは言いがたいね」

「エルス。おまえ。おれを裏切るのかよ?」
-
 情けなさそうな一樹にエルシアは申し訳ない気分で彼を見た。

「でも、、それが事実だからね。世界が水不足に陥ったことは何度もあるし、水害も何度も
起きた。それは現実なんだよ、一樹」

「海が司る力がなんなのか、マルスさまは失念しておいでですわ」

「‥‥‥」

 ムッとして黙り込んでしまう一樹に、精霊は事実だけを打ち明けた。

「海は荒々しい大自然、レオニスさまの方は人問に水の恩恵を与えるだけにしては激しすぎるのです。時には台風を招き、時には洪水を招いてしまう。意図していなくでも、そうなってしまうのです。本来、レオニスさまが司っているのは海の力で、水そのものではありません。水が持つ本来の力を引き出せるのは、水神マルスさま。あなた以外にはおられません」

「水害の原因は遅かったよ。それが海に近いところで頻繁に起きる理由もね。でも、水不足の
理由は? あれもかなり突発的な自然災害だけど?」

 リオネスの言葉にリーンが頷いた。

 治世者としで口を挟む。

「確かに夏になると頻繁に水不足が起きていた。季節的に考えれば不自然ではないと思っていたから、深く考えたことはないが、もしかしたらそれも水神マルスの不在が絡んでいるのかな?」

「おまえら全員でおれを追い詰める気かよ?」

 ムッとしたらしい一樹に、4人は困った顔になる。

 彼らにしても水袖マルスではない一樹としての彼を身内だと思っているから、別に追い詰めたいわけではないのだ。

 ただ事実ははっきりさせておきたかった。

 これからの対処法を決めるためにも。

「仲がよろしいのね」

 微笑む精霊に一樹はムッとしたまま押し黙った。

「確かに水不足には水神マルスさまの不在が絡んでいます。
本中、海を司るレオニスさまのお力では、人間に必要なだけの水を与えることができない。ましてや湖をするだけのラフィン
さまにもできないことなのです。水を一番自在に使いこなせるのは水神マルス。あなたをおいて他にはいらっしゃらない」

「‥‥‥」

「レニオスさまも可能なかぎりの努力はなさいました。あなたのいない穴を埋めようと、それこそ必死になっていらした。でも、それでも限界はあるのです。海と水。それは似ているで微妙に性質が違う。そもそも海水で人間は生きていけますか?」

「確かにレオニスが司っているのは海水で、純粋な水じゃない。それは認める。でも、不可能ではないはずだ」

 まだ食い下がる一樹に精霊が早れている。

 水神マルスは水そのものだったと、いつかレダから聞いたがそのとおりだったらしい。

 水には形がない。

 己の力を様々な形へ変えていく。例にば海、何えば湖。例えば川。数え上げればキリがない。
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