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第十章 水神マルス

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 促すエルシアの声に精霊はかぶりを振った。

「まだなにか? ここらはすべての手の内を明かしたよ」

「いいえ。まだ肝心なことを打ち明けていないわ。大賢者の出生。大賢者は何者? どうしてそんなに特別なの? 守護聖獸が付き従っていたり、世界を救うために転生したり不自然な点が多すぎるわ」

 また視線が集まって一樹はやりきれない吐息をもらした。

「これは言いたくなかったんだけどな。おれは守護聖獣は元を正すと水神マルス」

「まさかそんな」

 絶句する精霊に一樹が笑う。皮肉な笑みで。

「一度、世界が滅びかけたことがある。これは誰も気づかない間に処理された。マルスの力で」

「まさかマルスさまは」

「そう。そのときに息絶えた。すべての力を使い果たして。マルスが死ぬその直前に現れたのが後の大賢者。あいつが誰なのか、おれだってマルスだって知らない。でも、その力でマルスは消滅から免れた。もう神として存在することはできなかったけど、生き残ることができた。でも、弟妹神たちの元へは戻れなかった。元の姿さえ失い、獸と化した自分を憐れむのがわかっていたし、そんな目には遭いたくなかった。そうしてどこにも行く宛のなかったおれをあいつが拾ってくれたんだ」

「一樹」

「世界が滅び掛けた原因を作ったのが、マルスの弟妹神たち」

「どういう意味なのですか?」

 無意識に精霊の口調が変わっている。

 一樹が最高神マルスの生まれ変わりだと知って。

 一樹はそのことに気付いていたが、この場では指摘しなかった。

 マルスだと知られれば、こうなるのはわかっていたので。

 それでも正体を打ち明けたのにも意味がある。

 一樹は転生して尚、自分が確かに水神マルスであることを自覚していた。

 そのため亜樹から引き離されないために、マルスとして動く必要があったのだ。

 どのみち弟妹神たちの力では、マルスたる一樹には勝てないのだし。

 震える精霊にかつての最高神マルスが笑う。

 そこにいるのは間違いなく最強と謳われた水神マルスだった。

「まだ姿を消すには早かったんだ。世界はまだ安定していない。だけどみんなはもういいだろうと判断して姿を消した。結果として世界を支える力が不安定になり、崩壊の危機を迎えたんだ。そのことに気付いたのは、たまたま地上に出ていたおれだけだった。協力を求めている余裕はなかった。成功しても自分が助からないことはわかっていたけどやるしかなかったんだ。世界を守りたいなら」

「まさかマルスさまが亡くなっていたなんて」

「後悔はしてない」

 一樹ははっきりとそう言い切った。

 神としての力も地位も、すべて失っても惜しくない者を手に入れたから。

「おれは最強の力と最高神という地位を失う代わりにあいつを得たんだ。だから、後悔はしてない」

「マルスさま」

「それにおれはあいつの影響で、力の大半は取り戻していたし」

「じゃあ伝説の守護聖獣の力の強さの源は」

「本当によく調べてるな、リオンは。そうだよ。水神マルスの力だよ。おれは取り戻した力をあいつのためだけに使ってた。だから、気付かれなかったんだろ。それに元々水が関わるような力の使い方はしていなかったし」

 一樹の告白はそのほとんどが衝撃的すぎて、すぐには受け入れられなかった。

 まさか彼が最高神水神マルスの転生者だったなんて。
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