弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十章 水神マルス

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「いつ思い出したんだい、一樹? 自分の正体とか、自分の使命とか」

 エルシアの気遣う問いかけに、一樹は皮肉な笑みを浮かべる。

「まさか世界を越える能力を取り戻したとき?」

「察しがいいよなあ、リオネスは。その通りだよ。世界を越える力を取り戻したとき、自然と思い出せた。だから、エルスたちに挨拶もせずに世界を越えたんだ。早く逢いたかったら。護らないといけなかったから」

 理屈じゃない。

 それは自分の魂に刻まれた信念。共に存在しなければ生きている価値がない。ただそれだけのことだった。

「じゃあ翔はなに?」

「カケルって?」

「一樹の双子の兄だよ。彼も杏樹と同じ存在?」

 説明によれば亜樹の力の封印と解放を司ってるってことだったが。

「なんでそんなに頭の回転が速いんだよ、リオネスは?」

 隠したくても隠せないと嘆かれて、リオネスは自分が指摘したことが当たっていたことを知った。

「大賢者の文献を調べて、リオネスはなにを思った?」

「なにをって。そうだね。ちょっと変わった人っていうか。いつも聖獣といて、あまり人と関わらなかったところとか。絶対に人を手に掛けなかったところとか。当時の資料を当たると不自然な点が多かったね。あの当時だと人を殺さないっていうのは、かなり難しいことだったと思うんだけど」

「そりゃあおれがいたからさ」

「あ。じゃあ大賢者を狙った刺客が、いつのまにか殺されていたっていう伝説は」

「そう。犯人はおれ。あいつを守っていた聖獣さ。ただあの頃はそれでよかった。聖獣として存在していても、不思議に思われなかったし、自分を満たしてくれるあいつの力の波動もあった。その暖かさでなんでもできた。でも」

「転生したときは離れ離れだった?」

 確認に一樹は小さく頷いた。

 生まれ落ちたときの記憶がよみがえる。

 望んでも得られないぬくもりを、暖かさを探して泣いていた自分。

 その傍らの相棒はなにも考えずなにも知らず、幸せに生きていた。

「しかもまずいことに聖獣が転生するには、向こう側の人間の器っていうのは脆すぎた」

「まさか翔も杏樹と同じ?」

 交わされる会話の意味が掴めない精霊が、エルシアに訊ね亜樹と杏樹の関係を知り、純粋に驚愕していた。

 彼がそこまで普通ではなかったとは。

「おれと亜樹は同じ罪を犯してる。その元を正すと世界を移動したセレーネに辿り着くんだけどさ。でも、セレーネもきっと亜樹を護りたかったんだと思う。自分の子であるのと同時に自分の親でもある最愛の亜樹を」

「そう。やっぱり大賢者と人々の祈りが生み出す救世主は繋がっていたのね」

 不意の精霊の声にすべての視線が集まった。

「レダさまが仰っていたのよ。人々の祈りは神々の力の源。それほどの願いが、なにも生み出さないわけがない。必ず自分たちの希望を、救いを具現化させると。それが大賢者と繋がっているかどうか調べるように、わたしは言いつかっていたの」

「そっか」

「聖獣のことまでは知らなかったけれど。あなたも大変ね」

 ガーターという言葉で誤魔化したのも、それが自分の名前だったから。

 亜樹が、かつて大賢者がそう呼んでいたから。

 今は一樹だ。

 大賢者の名前が変わったように、自分もまた変わった。

 だから。

「これで次はきみの番だね?」

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