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第十章 水神マルス

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「私たちの方から説明しようか。
、彼はこの国の皇太子。本来なら公子と呼ばれる身分だけどね。ちょっとした事情から王子と呼ばれている。それは彼の誕生に私が関わっているから」

「あなたが? 意外ね。エルダ神族の長が関わっているとは思わなかったわ」

「もしかしてぼくだと思ってた?」

 アストルが渋面で訊ねて、精霊は屈託なく微笑んだ。

「あなたの醜聞はレダさまもご存じよ?」

「有名にはなりたくないものだね。
これからは慎むよ」

 これは亜掛にも誤解されかねないと気づいて。

「尤も直接、私の血を引いた子供だというわけでもない。ただもう子供を産めなくなった大守夫人の願いを聞き届けて、もう一度身籠もれるようにしただけ。それも必ず望み通りの世継ぎが産まれるように」

「でもね。そのためには普通に力を使っても無理なんだよ。リーンきみはずっと誤解してたけど、兄さんだって乗り気だったわけじゃない。叶えないと大守夫人は自殺しかねなかったから」

「?」

 驚いた顔になるリーンにリオネスが苦い笑みを向けた。

「これはきみには言わないつもりだったけど、太守夫人はね、短剣を嘆に押しつけて兄さんと取引したんだよ」

「エルス。そんなこと一言も」

「言われてきみは喜ぶかい、リーン? ただでさえ純粋な人間として産まれるここのできなかったきみが」

 指摘されてリーンは初めて彼の気遣いに気づいた。

 だとしたら酷いのはリーンの方だということになる。

 エルシアは仕方なく叶えただけ
なのに。

「与えたのは兄さんの血を一滴」

「馬鹿な真似をしたものね。人間が神族の血を受け入れたら寿命を縮めるだけだわ」

「それでも」

「それが大き夫人の命懸けの望みだった」

「三人とも」

 リーンはなにを言えばいいのかわからなくて、視線を逸らし俯くしかなかった。

「それだけ大守を愛していたんだよ、夫人は。太守の子を身籠もれないことで、生命を捨てるほどにね」

「女性というのは怖いよね? 愛した人のために生命も捨てる。太守はすべて知っていけど、なにも言わなかったよ。無茶をした妻を青めもしなかった。これから産まれる世継ぎが、自分の血を引いていないことぐらい知っていたのにね」

 きみはそれだけ愛されているんだよと、囁くリネオスの声がする。

 初めて胸にしみ通る言葉だった。

「だから」

 ゆっくのと紡がれる言葉。

 初めて解かれる封印。

 自分からすべてを受け入れて。

 リーンはゆっくり顔を上げた。

「これがわたしの本当の姿」

 金が銀へと変わっていく。青い瞳が髪と同じ色に変化していく。

 それは粉れもなくエルダ神族の証。

 不思議なほど拘りはない。

 あれはを厭っていた姿なのに。

「翼はあるの?」

「お望みなら」

 そう答えたリーンの背に純白の翼が広がる。

 それは一瞬だったけれど。

「見事なものね、たった一滴の血でこれほどまで見事に神族の血を受け継ぐなんて初めてみたわ。こんな実例は」

 感嘆の声で呟いてから、精雲は改めてエルシアを見た。

「あなたはこの事実を知っていで、なにも気づかなかったの?」

「どういう意味かな?」

「わからないの? あなた方はさっきリオネスさまが仰っていたけれど、純粋にエルダさまの子孫なのよ」

 それぞれに重い沈黙が支配する。

 その場で精霊の声だけが一言、一言はっきりと聞こえていた。

「エルダがさまが伴侶について打ち明けないのは、エルダ神疾に母なる神はいないから。エルダさまの力を受け継いだ純粋なる後継育だから。だから、他の神族は滅んでもエルダ神族は生き残った。これはわたしがアレスさまをお預かりするときに、レダさまから説明されたことよ。アレスさまの誕生を決定する会議で、エルダさまが初めて打ち明けたそうよ。地上に自らの後継者を置いた、と」

「それが」

「ボクら」

「たった一滴の神族の血であなたが変化したのもそのせいよ。エルダ神族がただの神族ではなかったから」

 意外な告白だった。

 それでは今まで拘っていたのはなんなのだ?

「そういう意味でエルダさまの後継者に当たる長の直系が、三人も産まれているのは幸運だったわ。今はすこしでも多くの力が、協力が必要だから」

「なんだかすべでが脚本どおりといった感じで、あまり嬉しくないね。そういうことを言われると」

 エルシアにしては致しく否定的なことを言っていた。

「確かにエルダさまはいつか、ご自分の後継者の力が必要になると知っていて、地上に残したけれど、この事態をすべて計算できたわけではないわ。あなた方が生き残るための手段をただけなのよ。そう考えれば不思議はないでしょう。その証拠ににあなた方は自由に生きてきた。エルダさまから後継者だからと、枷を与えられたりしなかったはずよ」

「それは認めるけど」

 結局始祖の力は偉大だったということだ。

 それを越えた大賢者の力とは、どれほどのものだったのだろう?

 そんなことを考えていたからだろうか。

 精票の言葉に驚いたのは。
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