弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第十章 水神マルス

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「寧ろ感謝しているわ。アレスは自分のしていることがわかっていないのよ。無意識に放った力がなにを招くかも理解していない。あなた方の申し出は、そういう意味では有難いわ」

「意外な言葉だね」

 その真意を計りかねるように、エルシアは瞳を細めて精霊を見ていた。

 誇り高い炎の精霊が、自分たちに礼を尽くすのは何故か。

 その意味を探ろうとして。

「我が主、炎の女神レダさまからのお言葉をお伝えするわ」

「レダからの言伝て?  私たちに?」

 ピンと張り詰める空気がそこにあった。

 一樹もリーンも息を呑んで成り行きを見守っていた。

 久しくなかった神々のやり取りを。

「炎と海の申し子を風の寵児に託す、と」

「え?」

「ちょっと待ってほしいな。いきなりそんなことを言われても」

「大体アレスの性格だと気が向いたら、どこかに消えちゃうんじゃないの?」

 それぞれに尤もな意見を口にする三兄弟に、精霊は力なく微笑む。

「アレスは神々の最後の希望なの」

「最後の希望」

 噛み締めるように吐いたのは一樹だった。

 なにを思い出しているのか、苦渋に満ちた表情をしている。

「この言葉の意味を説明する前に、あなた方が成したことを説明して下さらない? そこにいる人間、いえ半人間というべきかしら? どうしてあなた方の眷属なの? それを説明してほしいわ」

「出すぎた真似だね」

 鋭く言い返すエルシアに、精霊も一歩も退かなかった。

「あなた方がなにか行動を起こしていることは、レダさまもご存じよ。その上で最後の希望であるアレスを、いえ、アレスさまをあなた方に託そうとしている。その意味をはき違えないでくださいな。
それからアレスさまの攻撃を防ぐのに助力したあなた」

 振り向かれた一樹が、真っ直ぐに炎の精霊の眼差しを受け止めた。

「今起きていることをすべて打ち明けて頂くわ。それが神々の総意。もしもあの蒼海石のピアス
アスをしている子供が」

「亜樹のことか」

 いつになく険しい一樹の声である。

「彼がレダさまの仰っていた運命の子なら、あなた方はもう運命の只中にいる。逃げられはしないのよ。あの子がそうなら創始の神々が動くわ」

 思いがけないことを言われて、すべての視線が一樹に集まった。

 この疑間に答えられる者がいるとしたら、これは彼以外にいないからだ。

「どうして今なんだ」

「一樹?」

「まだ少しの時間はあるはずだ。亜樹がまだ普通の人間でいられる時間は残されているはずなんだ!
創始の神々はそれさえ阻むのか!」

「あなた気付いていないの? いいえ。それとも目を背けているのかしら? 世界は既に限界にきているわ。残された時間? そんなものがあると本当に思っているの? だとしたらそれはあなたの甘えよ」

 精霊にキッパリ切り捨てられ、一樹は口を噤む。

「あなた方には見えない世界の事情を教えてあげる。わたしはこの世界に残された最後の炎の精霊」

 この言葉にはすべての者が絶句してなにも言えなかった。

 まさかそこまでとは思っていなかったので。

 精霊がすでに絶減の危機にしていたなんて。

 それは世界が限界にきていることの証明。

 何故なら精霊たちは、創始の神々の手足となって動くべき存在だから。

 創始の神々の力がそれだけ削がれていっているということ。

 その現表を突きつけられて声も出なかった。

「今、創始の神々は持てる力のすべてを振り絞って、なんとか世界を支えているわ。それでも急速に表えていく力が、失われていく信仰が、世界を崩壊へと向かわせている。残された時間? そんなものはないわ」

 炎の精霊故にきつく響く言葉。

 だが、それは紛れもない真実で、一樹は深く頷いた。

「風の申し子であるあなた方ならわかるかしら? アレスさまがどれほど異端な存在か」

「創始の神々の直系なら、みんなあんな成長の仕方ではないのかい?」

 エルシアの不思議そうな問いかけに精霊は「ああ」と頷いた。

「長すぎる時間の流れで誤解されているのね。あなた方の始祖は、あなた方と同じ成長だったわよ?」

 自分たちでも知らなかったことを知らされて、エルシアたちも黙り込む。

「その前に彼の出自を聞いて不思議だと思ったことはないの?」

「あるよ。レダがラフィンを裏切ってレオニスの子を産んだこと」

 リオネスの指摘にまだ気づいていなかった者たちも、また深い意味に取っていなかった者たちも、それが問題なんだと気がついた。
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