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第八章 伝説の彼方に

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 レダはそう言いたいのだろう。

『でもね、ファラ。生きている者の心を操ることは誰にもできないの。わたしたちがそれを望んでもアレスが違う運命を選び取るかもしれない。わたしだってまさかラフィン兄さまの子供を産むなんて思ってもいなかったもの』

 肩など竦めるレダにファラは呆れてしまった。

 確かに性質としては相反する存在である。

 片方は炎を司る女神レダ。もう一柱は水神マルスに連なる湖の神、ラフィン。

 レダから聞く思い出話の中では、ふたりは喧嘩ばかりしていたらしい。

 もう直接逢うことすらやめてしまった神々だが、連絡を取る方法はあるらしく、時々、レダは夫と直接、話しているようだった。

 その度にむくれているというから、多分喧嘩ばかりしているというのは本当なのだろう。

 そんなふたりが夫場になるなんて、世の中というものは不可解である。

『ただ』

『ただ?』

『あの子は生まれたばかりで自我を持ってしまったわ。きっと自分でも戸惑っていると思うの。人間について学ばせるために旅立たせるけれど、アレスにとっては辛いことでしょう』

 ため息などつく女神、レダにファラも神妙な顔をしていた。

『でも、心が無垢だからこそわかるはず。自分に欠けているものがなんなのか、自分に定りないものがなんなのかが。それを悟ったとき、あの子はひとりで歩きたすでしょう。そのときに人々の祈りと出逢えればいいと、わたしは祈っているわ。あの子が未来へと歩きだすとき、そこに対極の存在がいいと。相反する存在というのは確かに反発もすごいけれど、お互いを必要とする力もとても強いものだから』

 アレスにとって人間たちの希望は必要不可欠。

 レダはそう言いたいらしかった。

 神と人間。

 それは対極に位置し相反する存在の代表のようなものだが、切り離して考えられない存在でもある。

 神々を生み出したのが人であるように。

 その力の源が人々の信仰であるように。

 アレスが創始の神々の期待に応えるためには、おぞらく人間が生み出した新たなる希望は、欠かせない存在となる。

 そのことはファラにも理解できた。

 もし本当に人間たちの祈りが、新たな神を生み出しているなら、それが人々の希望なら、信仰は
古き時代の神々ではなく、新しく生み出された希望の象徴へと集中するだろうから。

 でも、それだけでは世界は救えない。

 すでに世界が存続していく上で、創始の神々の存在は欠かせないものとなっている。

 人々の信仰を集められる希有な存在が誕生するなら、それが創始の神と繋がりを持つアレスと関わりを持たなければ、なんの意味もない。

 希望は空回りして終わってしまう。

 信仰は神という基盤をもって初めて意味を成すのだから。

 人間だけが希望を持ちその象徴を得ても、世界は教えないのだ。

 人々はそのことを忘れ始めているけれど。

 世界は創始の神々がいて初めて成立するのだから。

 でなければいずれ水も風も炎も大地も、すべてが死んでしまうだろう。

 人間が生み出す希望が新たな信仰を集めるなら、それは創始の神々と関わりを持って初めて意味を成す。

 動きだすときがきているのは、創始の神々にしても同じなのかもしれない。

 おそらくその人間の祈りが人の形態を取っていて、新たな信仰を集めはじめたとき、神々もその存在を無視できなくなる。
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