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第八章 伝説の彼方に

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 現存する一族は風神エルダの末裔だけだが、ファラは精霊として長く生きているので、他の一族のこともよく知っていた。

 例えば現存するエルダ神族の外見的特徴は銀髪、銀瞳が基本で証のピアスは白真珠であり、当然ながら肌は白磁だ。

 基本的に白を基調にしていると思えばいい。

 如何にも風の神の末裔らしい特徴だ。

 不思議なのは風神エルダが選んだ伴侶で、これは未だに明らかになっていない。

 何故なら末裔であるエルダ神族が、エルダ個人の色調を受け継ぎ、伴侶の個性というか、そういったものが、全く受け継がれていないからだった。

 例えば海神レオニスと大地の女神、シャナの間に生まれたレオニス神族は、黒髪に青い瞳、陶磁器の肌。

 髪は女神譲りで瞳と肌の色がレオニスから譲られたものを意味するのだ。

 海神レオニスは髪も青かったと言われているが。

 ピアスも力の強いレオニスの影響を受けて、大地を意味する色ではなく海を意味する青だった。

 但し純粋に受け継ぐこともできず、女神の影響を受けて色は随分薄いのだが。

 他に代表的な一族があるとしたら、炎の女神レダと兄神である湖の髪、ラフィンとの間に生を受けたレダ神族である。

 こちらは大体の想像はつくだろうが、髪は燃えるような赤。瞳は湖の碧。肌は褐色だった。

 神族の証であるピアスは赤と青の混じり合った斑のピアス。

 代表的な神族はこの三神族だが、昔は大小様々な神族がいて賑やかなものだった。

 それぞれに交流があり、一族以外を伴侶に迎えることこそ禁じられていたが、親しく交流を続けることには積極的で、かなり一族同士の交流も深かった。

 その神族も今では風神エルダの末裔を残すのみとなっている。

 ファラはその属性が示すように、炎の女神、レダの申し子である。

 精霊はそれぞれ加護を受けるべき神々の申し子だと言われているのだ。

 精霊の加護を受けるものは今では数少なく、精霊が姿を見せることすら稀になっている。

 エルダ神族の者でさえ、精霊を見るのは珍しいのではあるまいか。

 噂ではエルダ神族は一種族、この場合、一国家というべきかもしれないが、の守護を買って出ているらしい。

 外界との接触を嫌う神族としては画期的な行動である。

 排他的な要素の強い神族が、人間と交流を持とうとするなんて、昔なら考えられないことだ。

 アレスは気の向くままに旅を続けているが、その彼がリーン・フィールド公国に行くと言ったときは、ファラは必死になって止めたものである。

 余談だが彼の国はエルダ神族が守護をしている国だ。

 神族の影響の強い国に行くなんて、アレスにはまだ早い。

 それでなくてもこれまでも予想外の事件を次々に起こして、散々騒がれてきたのだ。

 旅の途中にアレスを思わせる魔族の噂を聞いたときは、頭を抱えたものだった。

 それでクドクドと注意したのだが、アレスは全く理解してくれず、きょとんとするばかり。

 そんな状態でエルダ神族と逢っても、アレスは対等に付き合えないだろうとわかっていた。

 本来ならエルダ神族よりも、アレスの方が立場は上なのだが、このままでは魔族だと思われて、とんでもない事態になりかねない。

 なのにアレスがひとりで行ってしまうとは思わなかった。

「母なる女神よ、力をお貸し下さい」

 レダの加護を願い祈ってみるが無駄だった。

 本来風と炎は相性が良いはずなのだが、あまりに力が強すぎると一方が押されてしまう。

 ある意味。

 エルダ神族の長の三兄弟が凄いのか。

 風は終わりもなく始まりもない唯一の力で、創始の神々の中でもエルダは最強の力を誇っていたという。

 力の強い順に並べていくと、風神エルダ、海神レオニス、大地の女神シャナ、炎の女神レダ、湖の神ラフィン。

 悔しいが炎が司る力より、広大な海を統べるレオニスの方が力が強いし、世界全土を覆っている大地の女神シャナの方が格が上だ。

 海と陸は範囲こそ定まっているが、世界のどこに行っても途切れることがない。

 神々の力というのは、元々自然界に起因しているのだから、当然である。

 だが、炎は作為的に引き起こされる現象であり、唯一自然と掛け離れたものだった。

 だから、当然レダが歴史に姿を見せるのも、神々としては最後で、レダは神々の末子である。

 レダが登場するのは、神が人間に知恵を与え、炎が生み出された後となる。

 言ってみればレダは人間が生み出した神なのである。

 それに引き換え風神エルダ海神レオニス、大地の女神シャナは世界全土に関わりを持つ神々で、その力が特別なのは仕方がなかった。

 唯一その行く末がはっきりしていないのが、四大元素を司る最後の神、水神マルスだった。

 レオニスやラフィンもその支配下に置くという水を司る最強の神、マルス。

 性別さえ明らかではないマルスの行く末は誰も知らない。

 始まりも終わりもなく、力が途切れることのない風神エルダと、すべての水を支配下に置く水神マルス。

 このふたりが事実上、最強の力を誇る神々だった。

 精霊たちの間では、マルスの末裔はエルダ神族ではないのかと言われているが。

 そこには事実上、エルダ神族が最強の力を誇っていることと、風神エルダの伴侶が未だ謎のままであることなどが、理由として挙げられている。

 最強の二大神の血と力を引いているから生き残れた。

 みんなそう思っているようだった。

 現実は違うと炎の精霊として知っているが。

 そもそもマルスの行く末は誰も知らない。

 それこそエルダをはじめとする兄妹たちですら知らない。

 それでエルダ神族と関わりを持たせようとすることの方が、馬鹿なことに思える。

 彼らは純粋に風神エルダの末裔でしかないのだから。

 その証拠に彼らには水を操ることはできない。

 マルスの行方はすべての神々の関心の的なのだが、さすがに最強の呼び名を欲しいままにしている水神。

 ただ気になるのはマルスの失踪と、時を同じくするようにして現れた大賢者。

 大賢者には操れないものはなかったという。水も風も炎も大地も、全てがかの人に従ったとある。

 彼の登場とマルスの失踪の時期が、多少のズレはあっても重なっ
ているような気がするのは、果たしてただの気のせいなのだろうか。

 そもそも水神マルスという神はかなり特殊なのだ。

 性別がはっきりしていないことといいらその行く末が不明なことといい、説に包まれた神なのである。

 謎といえば風神エルダの伴侶も謎だ。

 神々は時には思いがけないような、異端の現実を招いてくれる。

 その女神、レダにしても同じなのだが。

「まさか今頃になって神族の源とも言える直系の子供が誕生するなんて。ねえ?」

 肩など竦めてそう言って、ファラは王都を目指して歩きだした。


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