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第六章 異邦人
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(エルシアたちが普通の服を着せなかったわけだよなあ。もし露出度の高い普段着なんて着せようものなら、一体どんな事態になったやら)
冬服は防寒着を兼ねているので、それほど露出度は高くない。
だから、別に着せてもよかったはずなのだ。
それでもエルシアをはじめとする者が、こぞって反対したのにはわけがある。
冬はそれでよくても気候が変化してくると、自然と露出度の高いものへ変化していくことになる。
そのときになって亜樹に露出度の高い服をやめて、こっちを着てくれと言っても、亜樹が受け入れないと思ったからだ。
今まではこれでよかったんだから、別に構わないと突っぱねるのは容易に想像できた。
だから、今の内から露出度の低い服を選んだのである。
はじめからこれはダメと言ってしまえば、まだこの世界の常識を理解していない亜樹は、その意図にも気付かずに受け入れたのだろうから。
それでも目の保養はしたかったのだろう。
亜樹に似合う服を用意している。
男物は男物だが基本的に女物に近い衣服だ。
亜樹がそのことに気付かないといいのだが……。
「翔は一緒じゃないのか? リーンの説明によると同じ部屋を使ってるって話だったけど?」
「うん? 翔ならまだ寝てるぜ?」
「へ? 確か翔は寝起きはよかったと記憶してるけど?」
窓から外を見てみると太陽は結構高い位置にある。
時計があるならおそらく午前10時くらいだろう。
それでまだ寝ているというのが信じられなかった。
亜樹は昨夜中々寝付かれなかったので、自然と寝坊してしまったのである。
召使いらしき人物が起こしに来たが、眠いから眠らせてくれと頼み込んだ。
そのとき、まだ起こそうとする気配は感じたが(どうやら食事の時間だったらしく、亜樹が食事に間に合うように起こしたかったらしい)だれかが割って入り眠らせてやれと言ってくれた。
そのお陰で亜樹はぐっすり眠ることができたのだが。
「実は昨夜さあ、エルシアたちに散々玩具にされて翔のバカ、酒を呑まされたんだよ」
「お酒って……まだ未成年じゃないかっ!!」
「仕方ねえだろ。こっちだとおれや翔の年齢だと一人前だと見做されるんだ。日本の成人の年齢は20歳らしいけどな。こっちだと15なんだよ」
「じゃあオレも大人?」
「常識的に言えば」
何故一樹が常識的と注釈をつけたかというと、亜樹は本来こちらの世界でもまだ成人だと判断される歳にはなっていないからだ。
そこに亜樹の出生の秘密があるのだが、今はまだ打ち明けられないので、適当に話を合わせるしかなかった。
「おれはこっちにいるときに鍛えられたし、エルスたちのお陰で多少は酒にも強いんだけど、どうやら翔は初めてだったらしくて今は潰れてる」
言われてみれば一樹から微かだがアルコールの臭いがする。
ひとつしか違わないのにこの差はなに?
「ふうん。だったらリーンも大人なんだ? 確か17だったっけ?」
「いや。あいつはまだ成人してない」
「え? だって今成人年齢は15だって」
「リーン・アディールに関しては、常識が当てはまらないんだ。あんまりその辺のところは突っ込まないでやってくれ」
一樹がそう言ったので亜樹は苦い顔で押し黙るしかなかった。
人には言えない秘密を抱えている人間の気持ちというのは、亜樹には痛いほどよくわかるので。
外れないピアスなどしていたために、亜樹は随分苦労してきたから。
「それでなにか用だったのか?」
改めて訊ねると一樹は肩を竦めて見せた。
「食事まだなんだろ? さっき侍従にそう聞いてさ。一緒に食べようと思ってきたんだ。今手配させてるから、ちょっとだけ待ってくれ」
「なーんか。一樹って偉そうだよなあ。この城での一樹の位置って、どんなものなんだ? とてもただの客人とは思えないんだけど?」
「守護神族の、それも長が保護者だからな。そういう意味で特例なんだ。別にそれでふんぞり返ってるわけじゃないし、図に上ってるわけでもないけどな」
「別にそういう意味で言ったわけじゃないよ。一樹の態度がお客のものに見えないって言いたかっただけで。すっかり馴染んでるからさ」
「そりゃあお客じゃないからだろ」
「ああ。なるほどね」
納得するしかなかった。
リーンの態度は特別としても、この国にとって守護神族というのは、とても重要な位置を占めていて、おそらく太守とさえも互角か、それ以上の存在なのだ。
彼らの守護があるから他国から侵略されないと、初対面のときリーンもそう言っていた。
それだけの働きをして国を護っている相手なら、それ相応の融通もきくだろう。
というより彼らの意思を尊重することが、この国の人間に課せられた使命なのだ。
今の良好な関係を続けたいなら。
養子同然の一樹を冷たくあしらえないのも、エルシアたちの功績とその地位のせいなのだろう。
そんなことを話している間に食事の準備が整ったらしかった。
給仕に呼ばれ席についた亜樹は、慣れない食事に四苦八苦するハメになった。
マナーも違えば料理も違う。
慣れるのに苦労しそうだとこっそりため息を漏らす。
一樹は慣れたもので給仕されるのも、ごく当たり前のように振る舞っていたが。
この世界の料理をしっかり味わって食べるのは、そういえば初めてのような気がする。
紛れ込んで保護された当日は、とても食事が喉を通る状態ではなかったし、杏樹が見付かるまではしっかり味わって食べるような心境ではなかった。
味なんてほとんどわからなかったというのが実情である。
杏樹と再会してからはエルシアたちのせいで、またまた食事どころではなかったし。
考えてみれば落ち着いて食べるのは初めてだ。
地球風に言えばハーブで味付けしたなにかの肉。
味的には鶏肉に近いものの焼き物。
トロリとした味付けのスープ。
洋風か中華か悩む料理だ。
味付けは洋風だが、トロリとした食感で、中華のあんかけを思い出させる。
それに仄かにいい匂いのする白いパンのようなもの。
多分正真正銘のパンなのだろうが、亜樹から見るとどこかが違う。
例えば簡単に手で引きちぎれるのに噛むのには苦労する。
しっかりした弾力があるのだ。
味付けはしっかりしてあって、亜樹が今まで食べてきたどのパンとも違う味わいだった。
一樹を見ながら彼の真似をして食べているわけだが、一樹はこのパンにさりげなくスープをかけていた。
それでトロリとしているのかと思いつつ真似をしてみる。
すると味わいが深くなり、いっそう美味しくなって驚いた。
あれだけしっかり噛まないと飲み込めなかったのに、スープをかけただけで柔らかくなった。
どうやら直接食べるものではなく、スープに浸して食べるパンだったらしい。
地球で言うチーズみたいなものだろうか?
なんとなくチーズフォンデュを思い出す。
あれも固いフランスパンをとろとろにしたチーズに浸して食べるものだが。
あれ自体は食べない。
あけまでもパンにつけるものなので。
だが、こちらではスープはパンに利用することもあれば、そのまま飲むこともあるようだった。
一樹がそうしていたからわかったのだが。
料理は地球でのコース料理のように次から次へと出てくるのではなく、最初にすべての料理が並んでいるようだった。
どれから食べていいのか悩んでいると一樹から、好きなものから食べればいいと注釈をくれた。
それで彼がこちらでの食事のマナーを教えるために、わざわざ来てくれたのだとわかってしまった。
優しいなあと思った。
こういう気遣いは翔に似ている。
やっぱり兄弟だ。
「ふう。御馳走様」
まだまだ料理は残っていたが、普段から少食の亜樹は、どうしても全部食べきれなくて、ややあって食べるのを諦めた。
それを見ていた一樹が、ちょっと意外そうにこう言った。
「もういいのか? ほとんど食ってないじゃねえか」
「いや。オレは元々少食だから」
「ふうん」
目を細める一樹に亜樹は敏感に彼の感想を感じ取った。
「だから、チビだって言いたいんだろっ!! 一樹のバカっ!!」
「怒るなよ」
苦笑した一樹に亜樹はプンと顔を背ける。
そんな仕種まで可愛いなあと、一樹が感慨に耽っていることは、亜樹は気付かない方がいいだろう。
きっとショックを受けるから。
「それにしてもなんだか無国籍料理って感じだったなあ」
「そりゃあ亜樹の常識で言えば地球の料理じゃないんだから当然だって。でも、これでもなるべく向こうに通じるものばかり選んだつもりだぜ?」
「なに。一樹が指定してくれたのか?」
驚いて問えば「そう」と頷かれてしまい、亜樹は純粋に驚いた。
彼とは知り合ったばかりだが、こんなによくしてくれるとは……。
不器用だが気遣ってくれる優しいところもあるようだ。
やっぱり翔の双生児の弟だけのことはある。
「あれ? そういえば杏樹はどうしたんだろ?」
「杏樹ならロザリアと一緒に食事を摂ってるぜ?」
「ふうん。仲良くなったんだなあ。ちょっとホッとした」
微笑む亜樹は凶悪的に可愛くて一樹は隠れてため息をついた。
これで男だというのだから悪夢だと思う。
もし亜樹が正真正銘の男だったら。
違ってよかったとは、すべての男の感想だろう。
「それよりこの国の文字を教えてやるよ。興味あるだろ?」
「そりゃああるけど。オレはそういうことを覚えてる暇があったら地球に帰りたいよ」
案の定、亜樹に言われて一樹は苦い表情になった。
「一樹は自分の力で次元跳躍できるんだろ? なんとかならないか?」
小首を傾げて言われても、一樹にもどうしようめない。
答えに詰まっていると亜樹にしてみれば、絶対にお近づきになりたくない相手の声がした。
「残念だけれどすぐには帰れないよ」
「リオン」
振り向いた一樹が名を呼んで、入ってきたのがリオネスだと知り、亜樹は微かに狼狽した。
夢を思い出したからだ。
リオネスは優雅に近付いてきて、亜樹の真横で立ち止まった。
銀の髪と同じ色の瞳が印象的だが、その悪戯っぽい瞳はじっと亜樹を見詰めている。
息苦しくなってきてスッと視線を外した。
彼の目には亜樹は花嫁候補として映っているのだと思い出して。
近付いてくるのもそれなりの意図があるから。
そう思うと自然と身体が強張ってしまう。
全身で警戒している亜樹にリオネスは、密かに楽しむような目の色を浮かべて、一樹は絶望的な顔をしていた。
こういう反応をエルシアをはじめとする三兄弟に見せるのは逆効果なのだ。
早い内に教えておくのだった。
「残念だけれどきみたちはすぐには戻れないよ、亜樹」
「……どうして?」
顎に手をかけられ上向かされた亜樹が、絞り出すような声で訊ねる。
逃げるなと言われているようで、どうにも居心地が悪い。
逆らったらなにかされそうな気がして動けない。
亜樹が嫌がっていることぐらい、リオネスにはお見通しだろうに。
反応を見て楽しんでいるのだろうか?
「世界を越えると言うのは、そんなに簡単にできることじゃない。例えその能力を持っていても、一度その力を発動させたら次に使えるようになるまでに、最低でも一年はかかる」
「え……?」
唖然とした顔で視線だけで一樹を見た。
冬服は防寒着を兼ねているので、それほど露出度は高くない。
だから、別に着せてもよかったはずなのだ。
それでもエルシアをはじめとする者が、こぞって反対したのにはわけがある。
冬はそれでよくても気候が変化してくると、自然と露出度の高いものへ変化していくことになる。
そのときになって亜樹に露出度の高い服をやめて、こっちを着てくれと言っても、亜樹が受け入れないと思ったからだ。
今まではこれでよかったんだから、別に構わないと突っぱねるのは容易に想像できた。
だから、今の内から露出度の低い服を選んだのである。
はじめからこれはダメと言ってしまえば、まだこの世界の常識を理解していない亜樹は、その意図にも気付かずに受け入れたのだろうから。
それでも目の保養はしたかったのだろう。
亜樹に似合う服を用意している。
男物は男物だが基本的に女物に近い衣服だ。
亜樹がそのことに気付かないといいのだが……。
「翔は一緒じゃないのか? リーンの説明によると同じ部屋を使ってるって話だったけど?」
「うん? 翔ならまだ寝てるぜ?」
「へ? 確か翔は寝起きはよかったと記憶してるけど?」
窓から外を見てみると太陽は結構高い位置にある。
時計があるならおそらく午前10時くらいだろう。
それでまだ寝ているというのが信じられなかった。
亜樹は昨夜中々寝付かれなかったので、自然と寝坊してしまったのである。
召使いらしき人物が起こしに来たが、眠いから眠らせてくれと頼み込んだ。
そのとき、まだ起こそうとする気配は感じたが(どうやら食事の時間だったらしく、亜樹が食事に間に合うように起こしたかったらしい)だれかが割って入り眠らせてやれと言ってくれた。
そのお陰で亜樹はぐっすり眠ることができたのだが。
「実は昨夜さあ、エルシアたちに散々玩具にされて翔のバカ、酒を呑まされたんだよ」
「お酒って……まだ未成年じゃないかっ!!」
「仕方ねえだろ。こっちだとおれや翔の年齢だと一人前だと見做されるんだ。日本の成人の年齢は20歳らしいけどな。こっちだと15なんだよ」
「じゃあオレも大人?」
「常識的に言えば」
何故一樹が常識的と注釈をつけたかというと、亜樹は本来こちらの世界でもまだ成人だと判断される歳にはなっていないからだ。
そこに亜樹の出生の秘密があるのだが、今はまだ打ち明けられないので、適当に話を合わせるしかなかった。
「おれはこっちにいるときに鍛えられたし、エルスたちのお陰で多少は酒にも強いんだけど、どうやら翔は初めてだったらしくて今は潰れてる」
言われてみれば一樹から微かだがアルコールの臭いがする。
ひとつしか違わないのにこの差はなに?
「ふうん。だったらリーンも大人なんだ? 確か17だったっけ?」
「いや。あいつはまだ成人してない」
「え? だって今成人年齢は15だって」
「リーン・アディールに関しては、常識が当てはまらないんだ。あんまりその辺のところは突っ込まないでやってくれ」
一樹がそう言ったので亜樹は苦い顔で押し黙るしかなかった。
人には言えない秘密を抱えている人間の気持ちというのは、亜樹には痛いほどよくわかるので。
外れないピアスなどしていたために、亜樹は随分苦労してきたから。
「それでなにか用だったのか?」
改めて訊ねると一樹は肩を竦めて見せた。
「食事まだなんだろ? さっき侍従にそう聞いてさ。一緒に食べようと思ってきたんだ。今手配させてるから、ちょっとだけ待ってくれ」
「なーんか。一樹って偉そうだよなあ。この城での一樹の位置って、どんなものなんだ? とてもただの客人とは思えないんだけど?」
「守護神族の、それも長が保護者だからな。そういう意味で特例なんだ。別にそれでふんぞり返ってるわけじゃないし、図に上ってるわけでもないけどな」
「別にそういう意味で言ったわけじゃないよ。一樹の態度がお客のものに見えないって言いたかっただけで。すっかり馴染んでるからさ」
「そりゃあお客じゃないからだろ」
「ああ。なるほどね」
納得するしかなかった。
リーンの態度は特別としても、この国にとって守護神族というのは、とても重要な位置を占めていて、おそらく太守とさえも互角か、それ以上の存在なのだ。
彼らの守護があるから他国から侵略されないと、初対面のときリーンもそう言っていた。
それだけの働きをして国を護っている相手なら、それ相応の融通もきくだろう。
というより彼らの意思を尊重することが、この国の人間に課せられた使命なのだ。
今の良好な関係を続けたいなら。
養子同然の一樹を冷たくあしらえないのも、エルシアたちの功績とその地位のせいなのだろう。
そんなことを話している間に食事の準備が整ったらしかった。
給仕に呼ばれ席についた亜樹は、慣れない食事に四苦八苦するハメになった。
マナーも違えば料理も違う。
慣れるのに苦労しそうだとこっそりため息を漏らす。
一樹は慣れたもので給仕されるのも、ごく当たり前のように振る舞っていたが。
この世界の料理をしっかり味わって食べるのは、そういえば初めてのような気がする。
紛れ込んで保護された当日は、とても食事が喉を通る状態ではなかったし、杏樹が見付かるまではしっかり味わって食べるような心境ではなかった。
味なんてほとんどわからなかったというのが実情である。
杏樹と再会してからはエルシアたちのせいで、またまた食事どころではなかったし。
考えてみれば落ち着いて食べるのは初めてだ。
地球風に言えばハーブで味付けしたなにかの肉。
味的には鶏肉に近いものの焼き物。
トロリとした味付けのスープ。
洋風か中華か悩む料理だ。
味付けは洋風だが、トロリとした食感で、中華のあんかけを思い出させる。
それに仄かにいい匂いのする白いパンのようなもの。
多分正真正銘のパンなのだろうが、亜樹から見るとどこかが違う。
例えば簡単に手で引きちぎれるのに噛むのには苦労する。
しっかりした弾力があるのだ。
味付けはしっかりしてあって、亜樹が今まで食べてきたどのパンとも違う味わいだった。
一樹を見ながら彼の真似をして食べているわけだが、一樹はこのパンにさりげなくスープをかけていた。
それでトロリとしているのかと思いつつ真似をしてみる。
すると味わいが深くなり、いっそう美味しくなって驚いた。
あれだけしっかり噛まないと飲み込めなかったのに、スープをかけただけで柔らかくなった。
どうやら直接食べるものではなく、スープに浸して食べるパンだったらしい。
地球で言うチーズみたいなものだろうか?
なんとなくチーズフォンデュを思い出す。
あれも固いフランスパンをとろとろにしたチーズに浸して食べるものだが。
あれ自体は食べない。
あけまでもパンにつけるものなので。
だが、こちらではスープはパンに利用することもあれば、そのまま飲むこともあるようだった。
一樹がそうしていたからわかったのだが。
料理は地球でのコース料理のように次から次へと出てくるのではなく、最初にすべての料理が並んでいるようだった。
どれから食べていいのか悩んでいると一樹から、好きなものから食べればいいと注釈をくれた。
それで彼がこちらでの食事のマナーを教えるために、わざわざ来てくれたのだとわかってしまった。
優しいなあと思った。
こういう気遣いは翔に似ている。
やっぱり兄弟だ。
「ふう。御馳走様」
まだまだ料理は残っていたが、普段から少食の亜樹は、どうしても全部食べきれなくて、ややあって食べるのを諦めた。
それを見ていた一樹が、ちょっと意外そうにこう言った。
「もういいのか? ほとんど食ってないじゃねえか」
「いや。オレは元々少食だから」
「ふうん」
目を細める一樹に亜樹は敏感に彼の感想を感じ取った。
「だから、チビだって言いたいんだろっ!! 一樹のバカっ!!」
「怒るなよ」
苦笑した一樹に亜樹はプンと顔を背ける。
そんな仕種まで可愛いなあと、一樹が感慨に耽っていることは、亜樹は気付かない方がいいだろう。
きっとショックを受けるから。
「それにしてもなんだか無国籍料理って感じだったなあ」
「そりゃあ亜樹の常識で言えば地球の料理じゃないんだから当然だって。でも、これでもなるべく向こうに通じるものばかり選んだつもりだぜ?」
「なに。一樹が指定してくれたのか?」
驚いて問えば「そう」と頷かれてしまい、亜樹は純粋に驚いた。
彼とは知り合ったばかりだが、こんなによくしてくれるとは……。
不器用だが気遣ってくれる優しいところもあるようだ。
やっぱり翔の双生児の弟だけのことはある。
「あれ? そういえば杏樹はどうしたんだろ?」
「杏樹ならロザリアと一緒に食事を摂ってるぜ?」
「ふうん。仲良くなったんだなあ。ちょっとホッとした」
微笑む亜樹は凶悪的に可愛くて一樹は隠れてため息をついた。
これで男だというのだから悪夢だと思う。
もし亜樹が正真正銘の男だったら。
違ってよかったとは、すべての男の感想だろう。
「それよりこの国の文字を教えてやるよ。興味あるだろ?」
「そりゃああるけど。オレはそういうことを覚えてる暇があったら地球に帰りたいよ」
案の定、亜樹に言われて一樹は苦い表情になった。
「一樹は自分の力で次元跳躍できるんだろ? なんとかならないか?」
小首を傾げて言われても、一樹にもどうしようめない。
答えに詰まっていると亜樹にしてみれば、絶対にお近づきになりたくない相手の声がした。
「残念だけれどすぐには帰れないよ」
「リオン」
振り向いた一樹が名を呼んで、入ってきたのがリオネスだと知り、亜樹は微かに狼狽した。
夢を思い出したからだ。
リオネスは優雅に近付いてきて、亜樹の真横で立ち止まった。
銀の髪と同じ色の瞳が印象的だが、その悪戯っぽい瞳はじっと亜樹を見詰めている。
息苦しくなってきてスッと視線を外した。
彼の目には亜樹は花嫁候補として映っているのだと思い出して。
近付いてくるのもそれなりの意図があるから。
そう思うと自然と身体が強張ってしまう。
全身で警戒している亜樹にリオネスは、密かに楽しむような目の色を浮かべて、一樹は絶望的な顔をしていた。
こういう反応をエルシアをはじめとする三兄弟に見せるのは逆効果なのだ。
早い内に教えておくのだった。
「残念だけれどきみたちはすぐには戻れないよ、亜樹」
「……どうして?」
顎に手をかけられ上向かされた亜樹が、絞り出すような声で訊ねる。
逃げるなと言われているようで、どうにも居心地が悪い。
逆らったらなにかされそうな気がして動けない。
亜樹が嫌がっていることぐらい、リオネスにはお見通しだろうに。
反応を見て楽しんでいるのだろうか?
「世界を越えると言うのは、そんなに簡単にできることじゃない。例えその能力を持っていても、一度その力を発動させたら次に使えるようになるまでに、最低でも一年はかかる」
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