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第五章 望まない現実

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「3人の推測通りただ好きになるだけじゃダメだ。これからもし亜樹が初恋を体験したとしても、それが普通の恋愛で後で破局を迎えるとか、そういう運命にあったらまず亜樹の性別は変化しない。亜樹の性別が変化するときは、あいつが生涯の伴侶と出逢い魂の部分で惹かれ合い愛し合ったときだ。普通の恋愛では亜樹は変わらねえよ」

「それって幾らボクらでも簡単には落とせないよって威嚇してるのかな、カズキ?」

 揶揄うような声にムッとする。

 すると肯定と取ったのか、エルシアがクスクス笑いながら話し出した。

「難攻不落ほど燃えるって知ってるかい?」

「冗談じゃねえっ!! じゃあ本気だって言うのか、3人ともっ!?」

「冗談だよ。どうやらカズキは彼が好きみたいだからね。養い子と恋を争うほど落ちぶれてはいないよ」

「揶揄ってただけなんだよ。カズキが彼に好意を寄せてるのは気付いてたから」

「おまえらなあ」

「まあそう嫌な顔しないで?」

「揶揄うのやめろっていつも言ってるだろうがっ!! 本気で心配したじゃねえかっ!!」

「それは悪いことをしたね」

 笑って言われて一樹はムスッとふくれる。

 一樹が子供の頃から今の姿を保っている3人にとって、一樹は幾らになっても子供なのである。

 こういうときにまだ子供扱いが抜けないことに気付いてドッと落ち込むのだ。

「そんなに私たちが相手だと嫌なら、カズキが自分で彼を口説いて手に入れればいい」

「いきなりなにを言い出すんだよ、エルス?」

 顔が赤くなりそうなのを必死になって堪える一樹をエルシアが面白そうに見ている。

 本当に彼らは人が悪い。

 アストルもリオネスも揶揄われて顔を真っ赤に染める一樹を面白がって見ているのだから。

「彼がだれを選ぶかは結局は本人の問題。カズキの説明が本当ならそういうことだろう? だったらここは正々堂々と勝負して彼を奪えばいい。そうじゃないかい? 恋愛は自由だよ。だれかを好きになることを制止できる者はどこにもいない」

「そう。そう。それに彼がだれを選ぶかなんて決まっていないんですし。カズキが本気なら落とせるように頑張ればいいんですよ」

「アトル。そんなに簡単にいくわけねえだろうが。どうしてその程度のことがわからないんだよ?」

「どうして?」

「あいつは今まで男だと信じて疑ったことがないんだ。いきなり違うからと言われて、同性だと思っていた奴らに口説かれても、ショックを受けるだけで実感なんて沸くもんか。あいつはそう簡単には落ちねえよ」

 これが異性だと思っている女の子が相手でもどうかと思うのに。

 亜樹は心が幼いというか、どこか無垢だ。

 恋愛に興味を持てる段階じゃない。

 3人ともそれに気付いていないのかと呆れた。

「そういう障害がある方が燃えるんだよ、カズキ。それに受け入れにくいことなら、受け入れさせたら後は自分の思い通りに育てることができるってことでしょ? 自分好みの伴侶を育てるって男の夢だよね」

「このマセガキ」

 脱力した一樹にリオネスが微笑みかけて、一応会議は終了となった。

 亜樹の身の振り方については、また後で話し合うことにして。

 エルシアたちは連れ帰りたいと主張したが、これにはリーンが対抗してきたのである。

 助けたのは自分だから彼の面倒を見るのは自分の役目だ、と言って譲らなかった。

 これが他のだれかならエルシアたちも譲らず、強引に押し切っただろうが相手がリーンだったため、妥協案を出すまで答えは保留となったのである。

 つまりエルシアたちも亜樹を身近に置くことを諦めていないということだ。

 厄介な事態になったと一樹は今更のように運命を恨んだ。




 疲れた足を引き摺って一樹が兄たちの待つ亜樹の寝室へと戻ったときには、亜樹は平静に戻ったのか、ベッドから出て窓際に立っていた。

 その横顔がどこか憂いを帯びているように見える。

 やはり男じゃないと言われたのがショックだったのだろうか。

 今まで男だと信じていたのだ。

 それが根底から覆されたのである。

 亜樹の受けたショックは相当なものだろう。

 さてどう声を掛けようかと悩んでいると、杏樹がホッとしたように出迎える声を出した。

 どうやら亜樹の重苦しい雰囲気に萎縮していたようだ。

 彼女も珍しい兄の態度にどう接すればいいのかわからなかったのだろう。

「お帰りなさい。一樹お兄ちゃん」

 当たり前のようにそう呼んだ亜樹に一樹がげんなりすると、背後にいたリオネスが意外そうに呟いた。

「カズキお兄ちゃん? ずいぶん新鮮な呼び方だね。カズキのことをそんなふうに呼ぶ女の子がいるなんて想像もしなかったよ、ボクは」

 リオネスの声がして亜樹が弾かれるように振り向いた。

 その顔が青ざめていることに一樹は敏感に気付く。

 ダメだ。

 身体全体で警戒している。

 この反応はエルシアたちを面白がらせるだけだ。

 警戒して毛を逆立てた仔猫を宥めるのは、エルシアたちの1番好きな遊びだった。

 別に懐かせて捨てるわけではないが、反抗的なものにこそ、彼らは興味を覚えそそられるのである。

 従順な者には興が乗らない。

 そういうことだ。

 亜樹のように警戒心バリバリに全身で拒絶するような難攻不落にこそ、彼らは本気になり燃えるのである。

 そんなことを今の亜樹に言っても意味はないし、それに警戒せずに受け流せなんて、高度なテクニックを要求しても無駄だろう。

 そんな余裕はないだろうし、もしあったとしても亜樹がそういう小細工ができるとも思えない。

 一樹がエルシアたちを連れて戻ってきたことで、兄の翔までが不機嫌そうな顔になった。

 どうやらさっきの件でエルシアたちの印象は最悪になったらしい。

 それでも一樹を育ててくれた礼は言う辺り兄貴も大変である。

「カズキ。早く中に入ってくれないか? 異世界からの来訪者たちに、私たちを紹介してくれるんだろう?」

 ごく当たり前といった声がして、亜樹は恨めしそうに一樹を見た。

 なにも連れてこなくてもいいだろうと思っているのだ。

 亜樹としては二度と関わり合いになりたくなかったのだから。

 しかし一樹も不本意だったのか、部屋に入る前に「ごめん」と両手を合わせて見せた。

 まあ無理もないのかもしれない。

 彼にしてみれば路頭に迷うところを助けられた恩人で、しかもそれから10年近く育ててくれた相手である。

 強気になれなくても仕方ない。

 そんなことを考えていると、エルダ神族の長の三兄弟が入ってきた。

 だれがだれなのかまだ紹介されていないが、そんなものはいらないから、構ってほしくないというのが亜樹の本音だった。

「えっと一応まず亜樹たちの方から説明するぜ?」

「構わないよ」

 一樹の確認にエルシアが答え、残りのふたりも頷いた。

「白いシャツ……服に青いジーパン……どう言えば伝わるんだれうな? とにかくちょっと変わった格好をしてるのが、おれの双生児の兄貴で高瀬翔」

「そのタカセカケルってどこで区切るんだい? それにどういう意味なのかな? カズキは確か出逢ったときにカズキだと名乗っただけで、そんな風には名乗らなかったと記憶しているけれど?」

「高瀬は言ってみればエルシアたちにとっての一族の名前みたいなものだ。エルシアたちだって一纏めにして言えばエルダ神族だろ? おれたちの場合はそれとはちょっと違うし、スケールももっと小さいけど、同じ血を持つ家族とか親戚が名乗る名前だと思ってくれたらいいぜ」

「そう」

「おれがこっちに迷い込んだ頃、高瀬一樹だと名乗らなかったのは、まだ小さかったこととおれと翔が双生児だったから、自己紹介のときに名前の方を名乗る習慣がついていたってだけなんだ。高瀬って名乗ったらおれなのか、それとも翔なのかわからないから。それに小さい頃は今よりもっと似ていたし」

 一樹の説明に意外そうな顔をしたのはエルシアたちだけでなく亜樹たちもそうだった。

 そんなに似ていたのなら、その頃に彼に逢いたかったというのが嘘偽りのない気持ちである。

 お互いに双生児同士、気の合う付き合い方ができたはずだ。

 それに翔とは仲良く遊べたのだから、きっと一樹とも仲良くなれた。

 彼が異世界に迷い込んだりしなければ、自分たちはもっと早くに知り合えたのだ。

 それがちょっと残念だった。
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