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第五章 望まない現実
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「異世界の常識なんかどうでもいいじゃねえか。どうせエルスたちが行くことはないんだからよ」
「ちょっとぐらい興味を持ってもいいじゃない。カズキも心が狭いね」
「おまえにだけは言われたくねえよ、リオンっ!!」
食ってかかる一樹にリオネスは笑っている。
本当は彼が帰ってきてくれて喜んでいたのだ。
急にいなくなったときはらしくもなく寂しさを感じて、しばらく眠れなかったので。
もちろんそんなことはおくびにも出さないし、なにがあろうと一樹には打ち明けないけれど。
リオネスは可愛い顔をしながら自尊心がとても高かった。
それだけを意識したら、長のエルシアより高いかもしれない。
亜樹が感じ取ったとおり、リオネスは一番厄介な性格の持ち主なのである。
表面だけ人当たりがいいので、余計にタチが悪いのだ。
なにを言っても堪えていないリオネスに一樹が大きなため息をつく。
「とにかくおれはこいつらと話したいことがあるから亜樹と杏樹を頼む」
「わかったよ。その代わり後で教えること。いいね、一樹?」
念を押すその眼は「ぼくも無関係じゃないんだろう?」と訴えている。
仕方がないので一樹は軽く頷いて、亜樹の寝室を後にした。
リーンが話し合いのために用意してくれたのは、守護神族を招く際に必ず使われる会議室だった。
慣れたように自分の席につく3人を見ながら、一樹は壁に背中を預けている。
座って話そうという気分ではなかったからだ。
イヴがリーンのエスコートで腰掛けると、リーンも自分の席についた。
だれも一樹には注意しない。
それは彼がこちらにいた頃からの習慣だった。
一樹は特例なのでだれもが彼の行動を止めないのである。
行き過ぎていると感じたときだけ保護者としてエルシアが動き一樹を窘めた。
今はそれがないということは一樹の言動も常識の範囲内と判断されているということだろう。
全員が着席してから説明を求める視線が一樹に集まった。
それから徐にエルシアが口を開く。
「君は彼とどういう関係なんだい、カズキ? どうも彼に対する君の態度が行き過ぎているような気がするんだけど? カズキはだれかに特別に入れ込んだりしないタイプだっただろう? それがどうして?」
不思議そうなエルシアに一樹は肩を震わせて笑う。
「それはおれがただひとりの人のために生まれたからだ。その人以外はどうでもいいから、他の奴らには淡白だった。ただそれだけだ」
あっさりした告白に彼をよく知る三兄弟はすぐに納得した。
「それが彼なんだね?」
頷く一樹に今度はアストルが訊ねた。
「それが本当ならカズキは彼が何者なのか知っているわけですね? 彼が何者で自分がなんのために生まれ、どうして彼にとって必要なのか、すべて把握しているわけですね?」
断定されて一樹は仏頂面になる。
「どうやら当たっていたみたいだね。カズキが拗ねてる」
呆れて頬杖をついたのはリオネスだった。
子供の頃を知られていて誤魔化せないって辛いと、今更のように一樹は思った。
もちろん彼らを誤魔化せるなんて始めから思っていなかったのだが。
「おれは亜樹のガーターだ」
「ガーター?」
「言葉の意味は守護者。亜樹を護るために生まれてきたんだ、おれは」
「それは彼が守護を持って生まれるほどの重みを持っているということかい?」
「亜樹の正体については今は詳しいことが言えない」
「カズキ。それってちょっと狡いよ? そこまで打ち明けておいて真実は言えないなんて」
呆れたリオネスに一樹は拗ねてそっぽを向いた。
「今だってかなり無理をして説明してるんだ。これ以上の妥協はできねえよ。本当は亜樹ともっと早くに逢えていたら、亜樹がこっちにくる前に逢えていたら、絶対に世界をわたらせたりしなかった。運命が呼んでも流れに逆らっても亜樹は守り抜いたんだ。こっちにきちまったことだけでも、おれには我慢の限界にきてるんだ。これ以上の説明を求められたって絶対にしねえ」
「じゃあ交換条件といこうか?」
エルシアが微笑んでそう言って一樹はなにか嫌な予感がした。
彼がこんなふうに穏やかに話すときはろくな提案ではないのだ。
大体土壇場まできて打ち明けないなんて駄々をこねた場合、大抵凄まじいお仕置きが待っているはずだった。
一体エルシアはなにを考えているのかと一樹が身構える。
「私たちもなるべくカズキの望みどおりにいくように努力するよ。カズキが彼を守りたいと思う方向で纏まるように。だから、彼がだれなのか、あのピアスはなんなのか、その説明だけでもしてくれないかい?」
「……したらエルシアは絶対に約束を破るからしねえよ」
「どうしてそう思うんだい?」
意外そうなエルシアに一樹は投げやりに言った。
「言っただろ? 亜樹をこっちの世界と関わらせたくなかったって。こっちと関わることを嫌うってことが、おれが亜樹を守りたいってことなんだ。亜樹の存在の意味を知ったら、エルシアはそんなことを言っていられなくなる。だから、言わない」
「カズキ」
「だけど、おれや翔が存在すり意味くらいは説明してやれる。それに説明しないとおれの意見を、エルシアたちが受け入れてくれないだろうし」
視線だけで先を促され、一樹は話し出した。
まだ兄にもしていない説明を。
「おれは亜樹を守護する者。亜樹を護るためだけに生を受けた者。その役目が証明するようにおれの使命は亜樹を守り抜くことだ。すべての災いから。亜樹がそれだけ厄介な星の下に生まれているから」
「じゃあカズキのお兄さんは?」
「翔は別になんの役目も負ってねえよ。本人にはそれらしいこと匂わしておいたけど」
「どうして?」
「おれと亜樹が知り合いじゃなかったからだよ。知り合うためには翔の助力が必要だった。それがなかったら翔を巻き添えにはしてねえよ。それだけはしたくないって思ってたし。できれば平穏に生きてほしかったから」
説明している一樹の表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。
それが気になってリオネスが問いかけた。
「カズキは喜んでいないみたいだね? カケルの存在がアキには関わってこなくても、カズキには関わってきているから?」
問われても一樹は答えない。
それがなによりもの答えになっていただろうが。
「なにひとつ打ち明けない気なのかい、カズキ?」
「なにも知らずに育ったってことは、兄貴は知る必要がなかったってことだ。知っているのは守護を役目とするおれだけで十分だった。だから、兄貴はなにも知らない。知らなければ平穏に生きられるからな。おれは巻き込むことは望んでねえよ」
「でも、カズキは幼い頃はそういうことはなにも言っていませんでしたよ? 覚えているならなにか匂わせるようなことを言っていても不思議はありませんけど」
「もしかして世界を移動する力を会得したときに、そういうことを思い出したの?」
「相変わらず鋭いな、リオンは」
一樹から出た言葉は肯定だった。
だから、彼は姿を消したのだ。
亜樹のことを思い出し彼と逢い彼を護るために。
「きみに力があるのなら当然アキにも力があるはずだね?」
リオネスに問われて一樹は不承不承頷いた。
「どのくらいの力なんだい?」
「それは正直なところ、おれにもわからない。亜樹の力が覚醒して最大限にまで振るわないかぎり、おれにもわからねえよ」
「まるで覚醒してほしくないみたいな言い方だね?」
気遣うように問われて一樹は即答した。
「してほしくねえよっ!!」
「「「「「……カズキ」」」」」
「亜樹が覚醒するってことは、亜樹の封印が解かれる時期がきたってことだ。それは亜樹の封印が解かれる日。封印を解かれた亜樹は、自分が背負った運命と正面から向かい合う。過酷な……運命とな」
一樹の言葉が重く聞こえて、だれもなにも言えなかった。
たぶんそれはこの世界が深く関わっているのだろう。
でなければ「渡り」を止めたかったとは言わなかっただろう。
こちらの世界に関わることが亜樹の力の封印を解かせ彼を窮地に追い込む。
一樹はそれを知っているから止めようと元の世界に帰った。
自分が護るべき者を護るために。
だが、どこかで手違いが生じ、一樹が関わる前に亜樹はこちらに来てしまった。
推測がすべて正しければ、それだけ彼の背負った運命がしっかりしたもので、少々の抵抗では逃れられないことを意味しているのだろう。
一樹はそれを知っている。
「ちょっとぐらい興味を持ってもいいじゃない。カズキも心が狭いね」
「おまえにだけは言われたくねえよ、リオンっ!!」
食ってかかる一樹にリオネスは笑っている。
本当は彼が帰ってきてくれて喜んでいたのだ。
急にいなくなったときはらしくもなく寂しさを感じて、しばらく眠れなかったので。
もちろんそんなことはおくびにも出さないし、なにがあろうと一樹には打ち明けないけれど。
リオネスは可愛い顔をしながら自尊心がとても高かった。
それだけを意識したら、長のエルシアより高いかもしれない。
亜樹が感じ取ったとおり、リオネスは一番厄介な性格の持ち主なのである。
表面だけ人当たりがいいので、余計にタチが悪いのだ。
なにを言っても堪えていないリオネスに一樹が大きなため息をつく。
「とにかくおれはこいつらと話したいことがあるから亜樹と杏樹を頼む」
「わかったよ。その代わり後で教えること。いいね、一樹?」
念を押すその眼は「ぼくも無関係じゃないんだろう?」と訴えている。
仕方がないので一樹は軽く頷いて、亜樹の寝室を後にした。
リーンが話し合いのために用意してくれたのは、守護神族を招く際に必ず使われる会議室だった。
慣れたように自分の席につく3人を見ながら、一樹は壁に背中を預けている。
座って話そうという気分ではなかったからだ。
イヴがリーンのエスコートで腰掛けると、リーンも自分の席についた。
だれも一樹には注意しない。
それは彼がこちらにいた頃からの習慣だった。
一樹は特例なのでだれもが彼の行動を止めないのである。
行き過ぎていると感じたときだけ保護者としてエルシアが動き一樹を窘めた。
今はそれがないということは一樹の言動も常識の範囲内と判断されているということだろう。
全員が着席してから説明を求める視線が一樹に集まった。
それから徐にエルシアが口を開く。
「君は彼とどういう関係なんだい、カズキ? どうも彼に対する君の態度が行き過ぎているような気がするんだけど? カズキはだれかに特別に入れ込んだりしないタイプだっただろう? それがどうして?」
不思議そうなエルシアに一樹は肩を震わせて笑う。
「それはおれがただひとりの人のために生まれたからだ。その人以外はどうでもいいから、他の奴らには淡白だった。ただそれだけだ」
あっさりした告白に彼をよく知る三兄弟はすぐに納得した。
「それが彼なんだね?」
頷く一樹に今度はアストルが訊ねた。
「それが本当ならカズキは彼が何者なのか知っているわけですね? 彼が何者で自分がなんのために生まれ、どうして彼にとって必要なのか、すべて把握しているわけですね?」
断定されて一樹は仏頂面になる。
「どうやら当たっていたみたいだね。カズキが拗ねてる」
呆れて頬杖をついたのはリオネスだった。
子供の頃を知られていて誤魔化せないって辛いと、今更のように一樹は思った。
もちろん彼らを誤魔化せるなんて始めから思っていなかったのだが。
「おれは亜樹のガーターだ」
「ガーター?」
「言葉の意味は守護者。亜樹を護るために生まれてきたんだ、おれは」
「それは彼が守護を持って生まれるほどの重みを持っているということかい?」
「亜樹の正体については今は詳しいことが言えない」
「カズキ。それってちょっと狡いよ? そこまで打ち明けておいて真実は言えないなんて」
呆れたリオネスに一樹は拗ねてそっぽを向いた。
「今だってかなり無理をして説明してるんだ。これ以上の妥協はできねえよ。本当は亜樹ともっと早くに逢えていたら、亜樹がこっちにくる前に逢えていたら、絶対に世界をわたらせたりしなかった。運命が呼んでも流れに逆らっても亜樹は守り抜いたんだ。こっちにきちまったことだけでも、おれには我慢の限界にきてるんだ。これ以上の説明を求められたって絶対にしねえ」
「じゃあ交換条件といこうか?」
エルシアが微笑んでそう言って一樹はなにか嫌な予感がした。
彼がこんなふうに穏やかに話すときはろくな提案ではないのだ。
大体土壇場まできて打ち明けないなんて駄々をこねた場合、大抵凄まじいお仕置きが待っているはずだった。
一体エルシアはなにを考えているのかと一樹が身構える。
「私たちもなるべくカズキの望みどおりにいくように努力するよ。カズキが彼を守りたいと思う方向で纏まるように。だから、彼がだれなのか、あのピアスはなんなのか、その説明だけでもしてくれないかい?」
「……したらエルシアは絶対に約束を破るからしねえよ」
「どうしてそう思うんだい?」
意外そうなエルシアに一樹は投げやりに言った。
「言っただろ? 亜樹をこっちの世界と関わらせたくなかったって。こっちと関わることを嫌うってことが、おれが亜樹を守りたいってことなんだ。亜樹の存在の意味を知ったら、エルシアはそんなことを言っていられなくなる。だから、言わない」
「カズキ」
「だけど、おれや翔が存在すり意味くらいは説明してやれる。それに説明しないとおれの意見を、エルシアたちが受け入れてくれないだろうし」
視線だけで先を促され、一樹は話し出した。
まだ兄にもしていない説明を。
「おれは亜樹を守護する者。亜樹を護るためだけに生を受けた者。その役目が証明するようにおれの使命は亜樹を守り抜くことだ。すべての災いから。亜樹がそれだけ厄介な星の下に生まれているから」
「じゃあカズキのお兄さんは?」
「翔は別になんの役目も負ってねえよ。本人にはそれらしいこと匂わしておいたけど」
「どうして?」
「おれと亜樹が知り合いじゃなかったからだよ。知り合うためには翔の助力が必要だった。それがなかったら翔を巻き添えにはしてねえよ。それだけはしたくないって思ってたし。できれば平穏に生きてほしかったから」
説明している一樹の表情はお世辞にも明るいとは言えなかった。
それが気になってリオネスが問いかけた。
「カズキは喜んでいないみたいだね? カケルの存在がアキには関わってこなくても、カズキには関わってきているから?」
問われても一樹は答えない。
それがなによりもの答えになっていただろうが。
「なにひとつ打ち明けない気なのかい、カズキ?」
「なにも知らずに育ったってことは、兄貴は知る必要がなかったってことだ。知っているのは守護を役目とするおれだけで十分だった。だから、兄貴はなにも知らない。知らなければ平穏に生きられるからな。おれは巻き込むことは望んでねえよ」
「でも、カズキは幼い頃はそういうことはなにも言っていませんでしたよ? 覚えているならなにか匂わせるようなことを言っていても不思議はありませんけど」
「もしかして世界を移動する力を会得したときに、そういうことを思い出したの?」
「相変わらず鋭いな、リオンは」
一樹から出た言葉は肯定だった。
だから、彼は姿を消したのだ。
亜樹のことを思い出し彼と逢い彼を護るために。
「きみに力があるのなら当然アキにも力があるはずだね?」
リオネスに問われて一樹は不承不承頷いた。
「どのくらいの力なんだい?」
「それは正直なところ、おれにもわからない。亜樹の力が覚醒して最大限にまで振るわないかぎり、おれにもわからねえよ」
「まるで覚醒してほしくないみたいな言い方だね?」
気遣うように問われて一樹は即答した。
「してほしくねえよっ!!」
「「「「「……カズキ」」」」」
「亜樹が覚醒するってことは、亜樹の封印が解かれる時期がきたってことだ。それは亜樹の封印が解かれる日。封印を解かれた亜樹は、自分が背負った運命と正面から向かい合う。過酷な……運命とな」
一樹の言葉が重く聞こえて、だれもなにも言えなかった。
たぶんそれはこの世界が深く関わっているのだろう。
でなければ「渡り」を止めたかったとは言わなかっただろう。
こちらの世界に関わることが亜樹の力の封印を解かせ彼を窮地に追い込む。
一樹はそれを知っているから止めようと元の世界に帰った。
自分が護るべき者を護るために。
だが、どこかで手違いが生じ、一樹が関わる前に亜樹はこちらに来てしまった。
推測がすべて正しければ、それだけ彼の背負った運命がしっかりしたもので、少々の抵抗では逃れられないことを意味しているのだろう。
一樹はそれを知っている。
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