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第五章 望まない現実

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 第五章 望まない現実





「亜樹と杏樹を頼むな、翔」

 宮殿に移動し亜樹の部屋に戻った途端、一樹がそう言った。

 その背後にはエルシアたちをはじめとする彼の育ての親たちと、この国の後継者であるリーン姉弟がいる。

 彼らと話し合いのだろうと翔はすんなり納得したが、どうして自分は同席させてくれないのかと、ちょっと不満に思った。

「ぼくは蚊帳の外かい、一樹? これでもきみの双生児の兄なんだよ? 無邪気じゃないときみが言ったくせに」

 3人には聞かれたくない(特に亜樹と杏樹には)一樹は巧いこと言い含め、亜樹たちには部屋にいてもらっている。

 その傍に心配そうに杏樹が付き添っていた。

 一樹と翔の会話は扉の付近で行われていて、ふたりは気付いていない。

 翔の怒った声に一樹は仕方なさそうに笑った。

「別におまえだけを仲間外れにする気はないけどさ。今あのふたりを放っておけるのか?」

 言われてベッドの方を振り向くと完全に沈没した亜樹がいる。

 確かに今放り出すのは気が引けた。

 だれかがついていてやらないと、亜樹は感情を吐き捨てる場所がなくなってしまう。

 すべての気持ちを吐露してしまいたいはずだ。

 こちらでの常識かなにか知らないが、男の亜樹が男じゃないと言われたのだ。

 ショックを受けないはずがない。

 ショックが強すぎて今はなにも考えられないに違いない。

 ふたりの幼馴染みとして1番付き合いの深い翔が妥当だという一樹の判断にもおかしなところだった。

 だが、彼らがする話し合いが気になるのも本当だ。

「後でどんな話し合いをしたか教えてくれるか? ぼくはさっきから気になって仕方がないんだよ。亜樹の性別にしてもそうだけど、どうして異世界人の亜樹が、そんなことを言われなくてはいけなかったのか。
 どうして地球で産まれた亜樹の耳に、こちらの宝石のついたピアスがあったのか、それが気になるから。おじさんの話が本当だとすると、それはおばさんに問題があるのかもしれないけど」

「……セレーネか」

 一樹が不安げに呟いて聞き逃さなかったリオネスがちゃっかりと訊ねた。

「セレーネってだれ?」

「亜樹と杏樹を産んだ母親の本名らしいぜ?」

「本名?」

 眉をひそめるリーンに一樹は肩を竦めた。

「あのふたりは知らないことだがな。どうやらふたりの母親っていうのが、普通の女性じゃなかったらしくて、いきなり湖から現れたらしいんだ」

「それはそちらの世界ではよくあることなのかな?」

 思慮深い眼で訊ねてくるエルシアに一樹はかぶりを振った。

「そんなことはあり得ないから、不思議な女性だって言ってるんじゃねえか。湖から現れたふたりの母親はセレーネと名乗った。だけど向こうだと存在しない女性だったらしい。
 それで戸籍、つまり存在するように偽造して偽名を名付けた。だから、ふたりは母親の本名がセレーネだってことは知らねえんだよ。
 確か向こうでの名前は響子だったかな? ふたりは日本人から生まれた普通の人間だと思ってるだろうけど、ふたりの父親は湖の精霊を母に持って生まれた。いつかいなくなるんじゃないか。そう覚悟していたらしいから」

 それは幼い頃の自分にも通じることだったので、打ち明ける一樹の声は暗かった。

 だが、エルシアたちには聞き逃せない情報だった。

 それがすべて本当なら亜樹と杏樹の身元は不明に近いからだ。

 万が一ふたりの母親がこちらの出身だとしたら?

 ふたりは世界と世界を越えたハーフということになる。

 しかし世界を越えるほどの力を持ち、蒼海石のピアスをしていた女性の存在する意味は?

 例え神族だとしても、そういうピアスは実例がない。

 亜樹に関しては謎ばかりが深まる。

 そんな気分だった。

「それで今更かもしれないけど、その人はだれ? さっきカズキの双生児の兄だなんて言ってたし、自分にも関わりがあるとか言っていたけど?」

 リオネスが問いかけたのは翔のことだった。

 そう言えば紹介していなかったかと、一樹はようやく気付いた。

 亜樹にも紹介すると言ったのに、その後に起きた出来事に気を取られ、すっかり忘れていた。

 彼が正気に返ったら、きちんと紹介し、その性格も教えておくべきだろう。

 どんな厄介な性格であれ、彼らは一樹の育ての親なんだし。

 できれば亜樹を花嫁候補にはしないでほしい。

 まあ譲る気はないが。

 アストルなんか浮名を流すのが趣味みたいなフェミニストで、実際誤解される回数も多かったというのに、実はほとんどそういった経験がない。

 それだけ彼らの理想が高いのだ。

 興味をそそられない相手には情を与えない。

 そんなことを考えながら身構えている翔を、エルシアたちに紹介した。

「おれの双生児の兄貴で亜樹と杏樹の幼なじみの高瀬翔。おれは兄貴を通じて亜樹たちと知り合ったんだ。と言っても出会ったのはエルシアたちとそう変わらない時期だけどな」

「ふうん」

「カズキよりよっぽど素直そうだね」

 感心して呟くアストルに、あんたたちのせいで一樹はひねくれたんじゃないのかと、翔はよっぽど言ってやろうかと思ったが、相手が神の末裔だと思うと、どうしても言えなかった。

 言えばどんな報復が返ってくるか恐ろしかったのだ。

 一樹が力の封印を解いたせいかもしれないが、今は翔にもエルシアたちの秘める力の強さがわかる。

 3人とも白真珠のピアスをしていたが、大きさはほぼ同じで、色も同じくらいの純白だった。

 おそらくエルダの神族としては最強なのだろう。

 神族とピアスの関係については、彼らと会う前に説明を受けていたので、そのくらいのことは読み取れる。

 わかるなら反感も悔しさも飲み込むしかなかった。

 亜樹にベタベタしていた彼らに対して、あまり好意は抱いていなかったとしても。

 それでも彼らが幼い一樹を助け今日まで育ててくれたのは本当だ。

 多少愛情表現に問題はあったようだが、愛されて育ったことはすぐにわかる。

 一樹は屈折しているが、心根は優しい少年だったからだ。

 心に曲がったところがない。

 ひねくれていたり屈折していたりするのは、彼が育った環境を思えば避けられない事態だったのだろう。

 それでも大事に育ててくれたのは、彼らのやり取りと真っ直ぐな一樹の気性を見ればわかる。

 わかるから翔は兄として礼を言うしかなかった。

「5歳のころから一樹を拾って育ててくれてありがとうございました。兄として深くお礼を言います」

 深々と頭を下げる翔に一樹が舌打ちしている。

 あれだけ礼を言うなと言ったのに、翔は無視している。

 まあ礼儀正しい翔に一樹が育てられた事実を忘れろと言っても無理なことは承知していたが。

 素直に感謝されたエルシアは苦笑して翔の言葉に答えた。

「お礼を言うのはこちらの方だね。神族の成長は特殊でね。成人に近くなるほど成長がゆっくりしてくる。生きている時間が長いんだよ。それだけに退屈な思いをしているものも大勢いるしね。
 私たちは一樹のおかげで刺激に溢れた毎日を送ることができた。それは感謝しているんだよ。目まぐるしいほどの勢いで成長していく一樹は、私たちにとっては生きた神秘だったからね」

 エルシアの言葉にふと疑問を感じ、顔をあげた翔がまっすぐに問うた。

「だったら亜樹がそちらの神族だという仮説は間違っているのではないですか?」

「何故だい?」

「神族の成長が特殊で長寿なら、亜樹は当て嵌まらない。少なくとも亜樹は僕が知っているかぎりでは、普通に成長していたし、特に不思議な点もなかったから」

「じゃあ1番親しい君に訊くけれど彼が、年齢相応に見えるのかい?」

 冷静なアストルに逆に指摘され、翔は言葉に詰まった。

 不自然なほどではないが、亜樹が極端な童顔であることは事実だったので。

 正直なところ、美貌には磨きがかかっているから離れていた年数を感じさせるが、外見年齢だけを意識したら亜樹は、それほど変わっていなかった。

 相変わらず子供っぽいのである。

 それが神族の血を引いているせいだと言われたら反論の余地はない。

「彼の歳は幾つなんだい?」

 エルシアに問われて翔は仕方なく答えた。

「15歳の高校1年生です」

「こうこういちねんせいってなんのこと?」

 不思議そうなリオネスに翔は説明しようとしたが、これは一樹が遮った。
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