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第四章 風神エルダの末裔

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「こんなところに全員揃っているとは思わなかったよ。わざわざお出迎えかい、リーン?」

 地上に降り立った銀髪で長髪の美青年がそう言うと、真っ先にリーンに向かって微笑みかけた。

 どうやら空から1番先に見付けたのはリーンだったらしい。

 真っ先にお声を頂戴する栄誉を受けたリーンだが、彼は喜びもせず嫌そうな顔をしただけだった。

 その背後にふたりの美形がいる。

 片方は翔や一樹と同年齢くらいで、もうひとりは13、4歳といったところだった。

 日本の常識で例えるなら高校生と中学生といった風情である。

 長髪の青年だけが亜樹の目から見ても成人していて、人間なら年の頃は23、4歳といったところだろうか?

 名前まではわからないがだれが長男で、だれが次男でだれが三男なのか、亜樹にもすぐにわかった。

 これだけはっきり年齢差が出ていたら、だれにでも見抜けるだろうが。

 それからリーンは絶対にイブに声を掛けると思ったのだが、3兄弟が一斉に振り向いたのは異境からの客人、亜樹の方だった。

 振り向かれた亜樹が注目されて思わず一歩後ずさる。

「これはなかなか」

 エルシアが感嘆の吐息をつきながらそう言って、隣に立っているアストルが同じように笑顔になった。

「期待していた以上ですね、兄さん。ちょっと子供っぽいのが気になりますが、そこがまた無垢な感じがしていい。
 それに黒髪に黒い瞳というのも、結構神秘的なものですね。あの瞳は例えるなら黒真珠……でしょうか。黒い髪は漆黒そのもの。とても艶がありますね」

 美辞麗句を並べてくれる美少年に亜樹はムッとした。

 これが女なら、たぶんあれだけの美少年に露骨に褒められたら悪い気分はしないのだろう。

 だが、生憎亜樹は男である。

 男に褒められて喜ぶ性癖の持ち主ではなかった。

 しかし向こうは慣れているのか、はたまた場数の違いか、亜樹の睨む視線にもたじろいだりしなかった。

 それどころか黙ってニコニコしていた少年が近付いてきて、亜樹の横髪を突然、掻き上げたのである。

 これにはビックリして固まってしまった。

 硬直している亜樹に少年が愛らしい笑顔で微笑む。

「やっぱり左耳だったみたい。凄く深い色の蒼いピアスだね。それに確かに力を感じる。底知れない力を。兄さんといい勝負か、もしかしたらそれ以上じゃない?」

 振り向いて笑う。

 長髪の相手に声を掛けたから、やっぱり彼が長男でエルダ神族の長のエルシアなのだろう。

 長身で繊細な外見を裏切らない細身だ。

 天は二物も三物も与えまくってくれたらしい。

 リーンも美形だと思っていたが、エルシアはそれと互角か、もしくはそれ以上だろう。

 さすがは神の末裔。

 しかしこの手をなんとかしてくれないものだろうか。

 情けないことに亜樹は硬直していて自分からは逃げられない。

 それに相手は中学生でも通る子供だというのに何故か呑まれて動けないのだ。

 ここで逆らったら酷い目に遭うような、そんな気がして動けない。

 狼が羊の皮を被って愛嬌を振り撒いている。

 亜樹は敏感にそのことを見抜いていた。

 今までみたいな感情が赴くまま拒絶したら、痛い目を見るのは亜樹の方だ。

 今の亜樹は彼らに逆らえるだけの力を持っていなかったから。

(今のオレは持っていない? じゃあ本当は持っているのか?)

 ふと浮かんだ疑問に胸の中で呟く。

 今はない。

 自然とそう思ったのだ。

 まるでいつかは得られると確信しているように。

 一樹が世界を自分で跳躍できるほどの力を持っているのだから、同じ世界出身の亜樹が、なんらかの力を持っていても不思議はないが、なんの確証もない頃から、そんなことを感じているのが不思議だった。

 地球では持っていないのが普通だからだ。

 一樹の方が特例なのである。

 こちらで育ったから身に付いたとも考えられるのだ。

 いや。

 その方が自然なのである。

 だが、今の亜樹は自分がいつか彼らとも対等に渡り合えるだけの力を得られると、そしてその力を自在に操れると信じて疑っていない。

 自分でもわけのわからない確信に亜樹は動揺していた。

 内心の動揺が益々亜樹を混乱させる。

 硬直して動けないのをいいことに、リオネスは無邪気なフリで亜樹のピアスに触れた。

 妹の杏樹でさえ物心ついてからは、亜樹が触らせてくれなかったピアスに。

「君が身につけているピアスは間違いなくぼくらに通じるものですよ。神族のピアスに間違いはない」

「……」

「ただぼくらも片耳だけのピアスというのは聞いたことがないし、それに蒼海石のピアスというのも初耳です。少なくともぼくらが知っているかぎりでは、そんな宝石を身につけていた一族はいませんから」

「だったら」

 激昂して言い募ろうとした亜樹を遮って、エルシアが話し出した。

 今ではあまり信じる人もいなくなった神族の秘密を。

「これは別に隠していることではないから打ち明けるけれど、神族はもともと太祖と呼ばれる神々が、それぞれに伴侶と結ばれ、生まれた子供たちの末裔を指すんだよ。
 大抵位の高い神の名を冠している。元はふたりの神が始祖だとはいえ、他の神々とは力の質も身体的な造りも違いすぎる。そうして時代の流れで、他の部族との婚姻は忌み嫌われるようになった」

「その話はわたしも聞くのがはじめてだ」

 唖然と呟いたリーンにエルシアは微笑んだ。

 彼の誤解を解くように言い訳する。

「別に隠していたわけではないよ? 今では現存する一族は私たちだけだし打ち明けたところで、あまり意味を持たないからね。でも、きみはそういう話題は嫌いだろう、リーン?」

 当たり前のことを指摘されて、しっかり頷いた。

「だから、言わなかっただけだよ。でも、今は必要な説明だから」

 リーンの誤解をきちんと解いてから、再び説明を始めるエルシアに彼らがどれほどリーンを溺愛しているのかを垣間見た亜樹は、ちょっと複雑な気分になった。

 これは本人から聞いたことではないし、まだ亜樹の推測に過ぎないのだが、おそらくリーン自身は彼らを嫌っている。

 迷惑がっている。

 不思議な関係だとそう思った。

 嫌われているとわかっていて溺愛するのは辛いものがあるだろうに。

「でも、ごく稀に他の部族の者と許されぬ関係に陥る者もいてね。そうなったら双方の一族から追われることになるんだけれど、そういう者は後を絶たなかった。
 元々性質の違う力を受け継いでいる者同士は、相反する性質の持ち主に弱い。始めはね。必ず反発し合うのだけど、それを乗り越えると絶対に惹かれ合ってしまうんだよ。そうした異端者を人々は魔族と呼んだ」

「神々の末裔なのに魔族なのか?」

 顰めっ面の亜樹にエルシアが苦笑する。

「異端者だから魔族なんですよ。それぞれの部落の掟に背いた者だから。神族の掟はそれほど厳しいものなんです」

 答えてくれたのはアストルだった。

 すぐ傍に一樹がいるというのに3人とも気付いていない。

 それだけ亜樹に意識を奪われているのだ。

 つまり3人とも亜樹に興味を持ったということである。

 1番恐れていた事態に一樹はため息が止まらない。

「その魔族と呼ばれるハーフにも、神族の証のピアスは受け継がれるのか?」

「いや。不思議なことにね。他の一族と結ばれ子が生まれた場合、大抵力を失いその子は普通の人間として生まれ落ちる。だから、ほとんどの者が裏切り者として殺されていったよ。だから、それが明らかになってから魔族の数はグンと減ったけれど」

「どこの世界でも異端者っていうのは弱い立場にいるんだな」

 まるで今の自分のことのようで、亜樹は苦い顔をしている。

 だが、そうすると亜樹は幾つもの種族の血が混じった魔族でさえないということだ。

 だったらこのピアスの意味は?

 それに彼らは大事なことを忘れている。

 亜樹はひとりで生まれたわけじゃない。

 ピアスこそ身に付けていないが、双生児の妹、杏樹がいるのだ。

 彼らの仮定はどこかおかしい。

 そう気付いた亜樹はキッと顔を上げてエルシアを睨んだ。

「そっちはオレのことを同じ神族だって思ってるみたいだけど、それはおかしいよ」

「どうしてだい? きみのピアスは神族にだけ受け継がれるものだし、きみからは神力のニオイがするよ? それもとても強烈なものが」

 エルシアの余裕たっぷりの科白に亜樹ははっきりと言ってやった。

 違うと思う理由を。
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