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第四章 風神エルダの末裔

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「こっちではああいう慰め方が普通なのか?」

 背伸びして耳許でコソコソ訊くと一樹は笑いながら答えてくれた。

「いや。あれはあのふたりが特殊なだけ。アディールとロザリアは姉弟っていうより、一歩間違えば禁断の関係って雰囲気だから」

「ヤバい関係なのか? 実の姉弟なのに?」

 リーンの想い人は実の姉かと、亜樹の顔に書いている。

 だから、一樹は苦笑して否定した。

「そのくらい親密だって言いたいだけで、アディールのあれはただのシスコンだ。
 まああれだけ美人の姉貴を持っていたら仕方ないけどな。それに性格もいいし優しいしな。おれもひとり欲しいくらいだぜ」

「欲しいってリーンに言ってみれば?」

「冗談だろ。あいつにそんなこと言ってみろ。冗談でも本気で殺されるから。あいつのシスコンぶりは並みじゃねえんだからなっ!!」

 冗談じゃねえと怒鳴る一樹に亜樹が笑っている。

 そんなふたりを杏樹が不思議そうに見ていた。

「亜樹ちゃん。その人だれ? なんかさっきの話を聞いてると、その人も地球からきたみたいに聞こえたんだけど。それにその額のアザ。なんなの?」

「えっ。このアザが見えるのか、杏樹!?」

「見えるけど……それがどうかしたの、亜樹ちゃん?」

 不思議そうな杏樹に亜樹は答えに詰まった。

 実は一樹の額のアザは普通の人間には見えないのだ。

 事実この場にいる人間で見えているのは、亜樹と一樹、翔とリーン。

 そしてたぶんイブ・ロザリアの5人だけだった。

 イブは一樹の顔を見るなり、一度だけ顔をしかめたので、たぶんアザが見えたんだろう。

 話によるとこのアザは、こちらの世界の神々のひとり。

 海神レオニスの紋章らしいから。

 見知った神々の紋章をよりによって異世界人の一樹の額に見たから、彼女は顔をしかめたのだ。

 亜樹がその意味を知ったのは、杏樹を迎えに回廊に出たときだったが。

 だれも一樹の額のアザには気付かない。

 気付いたのはただひとり。

 こっちにきてからよく世話をしてくれる白魔法使いのレックスだけだった。

 彼とちょっとだけ逢ったのだが、そのときにビックリしていた。

 一樹の額を見て。

 一樹がこっちに戻ってきたことより、そっちの方に驚いたと言ってもよかった。

 その後で普通の人間には見えていないことも知った。

 何故亜樹に見えるのかは謎なのだが。

 まさか杏樹にまで見えるとは思わなかった。

「もしかして地球の出身だと、だれにでも見えるのかな? こっちの世界の人間は制約を受けるけど、同じ世界の出身だと簡単に見えるって」

「それはねえよ。それを言うならおれたちより、こっちの世界の奴らの方が、敏感に気付いてもいいはずだ。
 おれたちには意味のない普通のアザだけど、こっちの奴らにとっては重要な意味を持ってるからな」

「ふうん。じゃあだったらなんで地球からきたオレたち4人は皆見えるんだ?」

「亜樹がもうちょっと大人になったらわかると思うぜ?」

「一樹!! その子供扱いどうにかしろっ!! 確かにオレはおまえより年下だけど、たったひとつだけだろっ!?」

 キーと怒鳴る亜樹に一樹はぽんぽんと頭を叩いた。

 完全な子供扱いに亜樹がムスッと黙り込む。

 だから、聞けなくなってしまった。

 どうして異世界人のはずの一樹が、翔の双生児の弟が、こちらの世界の神の紋章のアザなどを持っているのか。

 その理由を。

 亜樹と一樹の賑やかなやり取りに取り残された感のある杏樹は呆れている。

 ただされる会話でどうやら同じ日本人らしいと判断していたが。

「ねえ、亜樹ちゃん。この人たちだれ?」

「まだ気付いてないのか、杏樹?」

 苦笑いの亜樹に杏樹は不思議そうな顔をしている。

「翔だよ。幼なじみで小学校の卒業式の翌日に引っ越していった高瀬翔」

「……え」

 やり取りでアザのある少年は、一樹という名だとわかっていたので、杏樹の視線は自然と黙り込んでいるもうひとりの少年に向かった。

 言われてみればどことなく当時の面影がある。

 スポーツが得意だったが、そのまま変わっていないのか、如何にもスポーツマンといった風情だった。

 でも、凄く格好よくなっている。

「翔お兄ちゃん?」

「……久し振りだね、杏樹。4年振りくらいかな?」

 泣き出したいくらい嬉しかった。

 心許ない異世界で大好きな人に逢えるのは。

 でも、杏樹の下ではなく、やはり亜樹の下にいたことで、杏樹は落胆も感じていたのだが。

 やはり彼は今でも亜樹が好きなのかと。

 亜樹のことをどんな意味で好きなのだと。

 ただの幼なじみとしてか、それとも兄代わりとしてか。

 今の風潮から男同士も、それほど珍しい時代ではなくなってきている。

 確かにおおっぴらに交際宣言などはできないが、これが男子校とかになると、平然とカップルとして振る舞っていると友達に聞いたことがある。

 だから、昔の女の子なら青筋を立てて怒った断り文句だろうと、今の杏樹はそれほど抵抗を感じていない。

 それに相手が亜樹なら、惑わされても仕方ないかなって妹としても思うので。

 亜樹の傍にいると自然とそういうことに耐性がつくのだ。

 なにしろしょっちゅう告白されたり襲われたりしているので。

 告白された相手にはにべもなく断り、襲ってきた相手は十倍返し。

 それが亜樹のやり方だったが。

 亜樹は身体付きこそ小柄で華奢だし腕力もないが、その代わり運動神経は抜群で、おまけに身軽で素早い。

 その利点を利用して後は武器になりそうな物を視線で探し、相手と渡り合う。

 後はもう勢いだ。

 一度でも飲まれたら負けるとわかっているので亜樹も必死だ。

 それに二度目がないようにしようと、報復も徹底しているから亜樹を襲った相手は、大抵重傷を負った。

 対する亜樹も疲労がピークにきているのだが、そんなことはおくびにも出さない。

 そのくらい嫌っているのである。

 だから、翔がどういう意味で好きかは知らないが、それが亜樹に通じる可能性は限りなく低い。

 でも、とも思う。

 水鏡でのやり取りでは、こちらの世界では亜樹の性別は不明とのことだった。

 翔がこれを知ればどう思うか。

 それに亜樹にしても、そういうことを言われるのは我慢ならないはずだ。

 厄介な立場に追い込まれないといいのだが。

 亜樹はどうも厄介事に巻き込まれやすい傾向にあるようなので。

 それから改めて一樹という少年を見た。

 額に不思議なアザがあるが、それを除くとどことなくだが、成長した翔に似ている。

 印象としては翔の方が素直そうで実直そうなイメージで、対する一樹はどこかひねくれていて、一歩引いて斜め後ろから構えて見ている。

 そんなイメージがあった。

 一匹狼。

 彼の印象を一言で表現すると、そんなふうになる。

「あなたはだれ?翔お兄ちゃんによく似ているけど」

「おれは高瀬一樹。翔の双生児の弟だ」

「嘘。翔お兄ちゃんも双生児だったの?」

 驚愕する杏樹に翔は亜樹にした説明をもう一度繰り返すことになったのだが、杏樹は翔が隠していたということよりも、一樹がこちらで成長したということに興味を覚えた。

「本当にこっちで育ったの?」

「そんなことで嘘ついてどうするよ? 確かにおれは5歳の頃からこっちにいたぜ? 育ててくれたのは、っていうか、おもちゃにしてくれたのは、人間以外の一族の長で」

「「一樹?」」

 亜樹と翔の呼び声が重なる。

 それも一樹の耳には入っていなかった。

「上空を見てみろよ。おれの育ての親たちが飛んできてるから」

 一樹が指差す方を見れば確かになにかが空を飛んでいた。

 3つの影。

「鳥? いや。それにしては大きいよな」

「あれ人間じゃないか、亜樹? まるで宗教画の天使みたいだ」

 唖然と呟く翔に一樹は脱力した。

「あいつらが天使……なんて例えだよ? そりゃあ神々の末裔だから、そう例えられないこともないけどよ。あんまりだ。天使のイメージが泣くぜ」

 本当に嘆いているらしい一樹に、亜樹はピンときた。

「もしかしてあれがエルダ神族の長たちかっ!?」

 驚愕の声に頷いて一樹は種明かしをしてやった。

「エルダ神は風の神。だから、その末裔であるエルダ神族は、その背に純白の翼を秘めている。
 本当は転移……つまりテレポートもできるんだけど、あいつらは空を飛びたがるんだ。
 風神の血が騒ぐんだとさ。後でどいつがどいつかは紹介してやるよ。……あーあ。またからかわれるんだろうなあ。暗くなってきた」

 がくーんと落ち込む一樹が気の毒で亜樹は彼の背中を叩いた。

 身長が足りないから、こういう慰め方しかできないが。

 それでも一樹は喜んでくれたようだった。

 亜樹を見ていつもみたいにニヤッと笑った。

 やっぱり一樹にはこういうシニカルな笑みがよく似合う。

 まだ出逢ったばかりだが、亜樹はすでに一樹という少年に対するイメージを固めつつあった。

 そんなふたりをキスシーンを見てしまった翔が複雑な顔で見守っている。

 その翔を杏樹が泣き出しそうに見詰め、翔と同じ理由からリーンも、亜樹と一樹のふたりをじっと見ていた。

 エルシアたちが合流するそのときに。
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