弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第四章 風神エルダの末裔

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「少なくとも現存する一族ではないことだけは確かだね。ただだったら過去に実在した一族の末裔かと問われたら、私も肯定はできない。
 蒼というのが、どういう色なのか、正確なところがわからないから。
 ただ私が知っているかぎりでは、色が青系統のピアスをしていたのは、海神レオニスと大地の女神、シャナの末裔だけだよ」

「どんな色でしたっけ?」

 今度は次男に問われ、エルシアは空中に円を書いてみせた。

 そこにボンヤリと澄みきった青空を連想させるピアスが現れる。

 色はどう形容しても青が限界だった。

 透き通っていてお世辞にも深いとは言い難い。

 たぶんレオニスだけの末裔だったら、色はもっと違ったのだろうが、彼らが大地の女神の末裔でもあったからだろう。

 本来の海を意味する色がかなり薄くなっているようだった。

 同じことは炎の女神レダにも言えて、レダは湖の神であり兄神であるラフィンと結婚したため、その子供たちの末裔も炎の赤が弱くなり、赤と湖を意味する青の混じり合った斑のピアスである。

 これはこれで珍しい色のピアスなのだが。

 つまり歴代のすべての神族のピアスを知るエルシアでさえ、蒼と形容されるピアスには心当たりがないということだ。

 神族が身に宿すピアスには、それぞれの神々が司る自然界を構成するものの特徴が入る。

 蒼というのは、あまりに抽象的すぎたのである。

 兄が映し出してくれたピアスを見てアストルは眉を潜めた。

「とてもリーンが言っていたみたいに深い蒼とは思えませんね」

「しかし私が知るかぎりでは、これが青系統のピアスを持っていた唯一の一族。シャナ神族のピアスだよ。だから、私もリーンの招待の意味を掴みかねているのだけれど」

 思案顔の長兄にリオネスが無邪気に笑った。

「ただ単に異世界の出身だから、こっちとは違う常識で、向こうでは常識のピアスをしていただけじゃないの?」

 ニッコリ微笑んで言うリオネスに普通の者なら、すんなり頷いてしまったであろう愛らしさがある。

 しかし見慣れたエルシアは思案顔をもっと悩ませただけだった。

「しかしリオン。リーンは説明では絶対に外れないピアスだと言っていた。
 それもなんらかの力を感じると宮廷魔術師が言ったらしいよ。それがそれだけの意味しかないと思うかい?」

「宮廷魔術師ってあのリーンのお気に入りのレックスですか?」

 問うたのはアストルだった。

 彼はレックスがあまり好きではなかった。

 リーンに近付くことをよしとしないからだ。

 お陰で彼がいるときに傍に行くと害虫がよってきたとばかりに嫌味なバリケードを張り巡らされる。

 なまじリーンが気に入っているだけに邪険にもできず、嫌味を言って苛めるくらいが関の山だった。

 それが腹立たしいのである。

 気に入った相手に近付いてなにが悪い?

 自分たちは国の守護をしている身だ。

 身体を張って国を守り抜いている。

 国の危機には真っ先に戦いに飛び出す身の上だ。

 それで何故そんな態度を取られないといけないのか、アトルは納得できなかったのである。

 それはもちろんリーンに嫌われていることくらい、彼だって知ってはいるのだが。

 知っているのと受け入れていれているのとは別の次元だった。

 彼らは嫌われていても、リーンのことがお気に入りだったので。

「そうらしいね。彼は確かにただの白魔法使いだけれど、力を感じる感知力に関しては、かなり信頼のおける人物だ。彼が感じたのなら、この異世界人のピアスにはなんらかの力があるんだと思うよ」

 エルシアがため息混じりに呟いて、ふとリオネスが気付いた。

「その異世界人のこと。リーンはなんて言ってたの? 美形だとか不細工だとか、なにか言ってなかった? 兄さんのことだから外見的特徴は聞き出していると思ったんだけど」

 図星、である。

 エルシアはなんとも言えない複雑な顔をした。

 末弟に見抜かれるようではおしまいである。

 尤も。

 リオネスでなくともわかっただろうが。

 連絡を受けた相手がエルシアではなく、アトルやリオンだったとしても、ふたりとも絶対に相手の容貌について質問したはずだ。

 だから、エルシアが仏頂面になったのは他の理由からだった。

「どうかしたんですか、兄さん? そんな顔をするなんて」

「それがリーンがなかなか言いたがらなくて。結局、訊き出せなかったんだよ」

「「嘘」」

 唖然とするふたりにエルシアは面目なさそうに笑った。

「期待させて悪いけれど、だから、私も知らないんだ。異世界人がどんな顔立ちなのかは。まあ逢ってからのお楽しみだと思えばいいだろう?」

 素直なリオンはそれで納得したが、面食いにかけては長兄と対等で、時には喧嘩の材料にもなるアルトは、ふと目を輝かせた。

「もしかしたら物凄い美形かもしれませんよ、兄さん」

「どうしてそう思うんだい?」

「リーンが言わなかったということからです。ぼくらが面食いなことはリーンが1番よく知っていますからね。
 言えば興味を持つと知っていたら、時間稼ぎに過ぎないと知っていても、問われたときに答えないでしょう。
 答えたために別の質問をされて時間を犠牲にしたくないと思うでしょうし」

 言われてみればそうである。

 納得の表情を浮かべるエルシアに、末弟のリオネスは無邪気な笑い声をあげた。

「それは楽しみだなあ。同性じゃなくて女の子だったらよかったのに」

「別に性別がなんであったとしても、あまり意味はないかもしれないよ?」

「どういう意味?」

 きょとんと問う末の弟にエルシアは笑って説明してやった。

「その異世界人が仮に本当の異世界人で、この世界とはなんの関わりもないとしよう。
 けれどその人物が身に付けているピアスが、私たちと同じ力を宿すもので、特徴が同じだったら、今の性別はおそらく意味を持たないだろうね」

「そういえば大昔に実例がありましたっけ。大賢者と呼ばれた伝説の神ですね。創始の神々さえ凌ぐ力を持っていたとか。
 確か性別が不明でしたっけね。伝説によるとリーン・フィールド公国初代太守の妻になったという話ですが。どこまで信憑性があるのやら」

 アストルが皮肉げに言ったのは、伝説の真偽がどうであれ、今の公国にその力の恩恵は欠片もないからだ。

 あったらリーンがあれだけひねくれることもなかっただろう。

 まあそれに自分たちが関わっていないとは言わないけれど。

 リーンが自分たちをきらう理由を3人とも知っている。

 無理もないと思っているから、彼がどんなに邪険な態度を見せても、彼がどんなに反抗してきても、3人は受け入れて彼を溺愛する態度も改めないのである。

 おそらくそんな現実さえ、リーンには屈辱なのだろう。

 彼は生まれてきたことを悔やんでいるから。

 リーンが無表情なのはそのせいだ。

 自分の生命には意味がないと思っているから。

 だから、大賢者と呼ばれた伝説の神が辿った道については、未だに論議が別れていて、自らの一族の始祖の伴侶となった名乗りをあげた一族も少なくない。

 かくいうエルダ神族もそのひとつである。

 尤もエルシアたちが生まれる遙か前の話だが。

 3人にしてみればそんな実在したかもしれないが今更どうにもできない人物の話で、そこまで盛り上がらなくてもいいじゃないかの世界なのだが。

 彼らにとっては大賢者がどんな道を選んだかという過程より、その血が招くはずの力がどこにいったのか。

 その方が遙かに気になる。

 力の衰えは神族がまだ生き残っていた頃から心配されていたことだったので。

 大賢者の血を引いているなら、それを生かす方法を知りたかった。

 知りたかった理由は、その程度のものである。

 別に大賢者に興味があるわけではないのだ。

 でも、大賢者と同じ特徴を宿すかもしれない相手には、多大な興味をそそられた。

 生命の火が衰えてきている今のエルダ神族には欠かせない人物になるだろう。

 もし性別が本当に不明なら。

 出身が異世界だろうとこの際関係ない。

 問題なのは力の有無とその質だ。

 ピアスをしているということは、やはり神族絡みなのだろうか。

 絶対に外れない蒼いピアス。

 これは気になる。

 久々に面白い事件が起きたようだった。
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