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第四章 風神エルダの末裔

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 第四章 風神エルダの末裔





「それにしても久しぶりだよね、兄さん。リーン・アディールから連絡が入るなんて。
 いつもならボクらが近づくのを嫌っている彼が、ボクらを呼ぶなんて余程のことがあったんだろうね」

 にこやかにそう言ったのは、エルシアの末弟、リオネスだった。

 愛称はリオン。

 三兄弟の中では比較的おだやかで、文学を愛し詩を愛する心優しい少年だ。

 外見年齢的には人間でいう13、4歳くらいだろうか。

 短い銀髪と銀の瞳が印象的な少年だった。

 リーンと互角と言えるくらいの完璧な美貌の持ち主である。

 まあ神族そのほとんどが美形なのだが。

 煉瓦作りの家は小さくはないが、それほど大きくもないという微妙な屋敷だった。

 まあそれもそのはずで、エルシアたちの住む風神エルダの末裔、エルダ神族は公国の中央にあるエルダ山の頂上に住んでいる。

 その関係であまり大きな家は建てられなかったのである。

 1年前までその屋敷には一樹も住んでいた。

 年齢が近いこともあってリオネスは一樹のことを慕っていた。

 まあ彼らの性癖として気に入った相手ほどからかう傾向にあったので、一樹にしてみれば好意を意思表示されるのは傍迷惑なことだったのだが。

 リーンから連絡をもらった直後である。

 一樹が再びこの世界に現れる直前だ。

 話しかけられた長兄、エルシアは背中まで届いた長い銀髪を物憂げに掻きあげて、末弟の言葉に答えた。

「どうやら説明によると厄介な事態が起こったらしいね。なんでも異世界からの来訪者が現れたのだとか。それも片耳に蒼いピアスをした少年が」

「蒼いピアス……ですか? それも片耳だけ?」

 怪訝そうに呟いたのは次兄のアストルだった。

 自他共に認めるフェミニストで、男性に関しては極端に冷たい。

 すこし癖毛の銀髪はリオネスと同じくらいの長さだった。

 銀髪、銀瞳はエルダ神族の特徴で血が濃くなればなるほど、その色を受け継ぎやすくなる。

 3人は長の家系の直系で父と母は従兄妹同士だった。

 他に伴侶がいなかったせいだと言われているが。

 最近は従兄妹同士での婚姻は禁忌のひとつ。

 二等親までの関係は婚礼を挙げる対象にはならないと言われていて、ふたりが婚礼を挙げるときには、かなりの反対があったらしい。

 それでも認められたのは、父親が血を絶やすことを許されない長だったからだ。

 長の後継者は必要。

 それで認められたのだが果たして肝心の子供ができるのかどうか、ずいぶん危惧されていたらしい。

 だが、実は恋愛関係にあったらしい両親は子宝に恵まれ、神族としては珍しい3人の兄弟を産み落とした。

 しかしながら子供たちがあまりに個性的すぎたからか、両親の影は薄く今となっては憶えている者も稀だった。

 それだけエルシアたちの個性が強烈なのである。

 エルシアは表面的にはどこか排他的で他者を寄せ付けない傾向が強い。

 しかし一端彼の懐入ると次兄同様に露骨に溺愛するという困った性癖を持っていた。

 しかもその溺愛の仕方というのが、対象によって異なるというものの、大抵は相手を徹底的に怒らせるまでからかうという行動によってなされる。

 そのせいで付き合いにくい奴と思われがちだった。

 怒るまでからかうのも、怒った後に慰めてみたいからで、彼の愛情表現はちょっとばかり、いや、かなり歪んでいた。

 一樹は子供の頃から彼に育てられただけあって、相当溺愛されていた。

 言わずもがなかもしれないが、徹底的にからかわれて育ったのである。

 それで一樹にひねくれずに素直に育てと言われても無理だ。

 リーンも態度に出さないし、一樹を受け入れることもなかったが、徹底的に3兄弟にからかわれ、おもちゃ同然の一樹には密かに同情していたのである。

 その反面あれが自分でなくてよかったと、心のどこかで安堵していたのだが。

 いくら愛情表現でも、ああいう構われ方は遠慮したかったので。

 その一方でエルシアは惚れ込んだ相手には、徹底的に尽くすというタイプでもあった。

 別に妻が夫に尽くすように尽くすわけではない。

 次男のアストルのように本命がいるときまで、第3者に意識を向けないというだけだ。

 その点でこのふたりは決定的に違う個性を持っていると言えるだろう。

 簡単に一言で言ってしまえば、エルシアはずいぶんと理想が高く、また他者を見る目も厳しいということだ。

 彼のお眼鏡に敵った相手など、リーンでも一樹と姉イブ・ロザリアしか知らない。

 この場合自分は計算に入っていないが、それはリーンの最後の抵抗だった。

 自分も溺愛されているとは認めたくなかったのである。

 エルシアが認めているのはリーンとイブの姉弟と、養子同然だった一樹。

 そしてふたりの実弟だけ。

 そういう意味では光栄かもしれないが、リーンはその栄誉を喜んだことはない。

 それどころか迷惑がっているほどだった。

 アストルはさっき述べたように自他共に認めるほどのフェミニスト。

 例え本命がいようとも、その他大勢の女の子にまで慈愛の手を欠かさないほどの徹底ぶりだった。

 その結果、軟弱ものだと思われがちだが、実際には反撃の手を抜かないほどの激情家。

 フェミニストで辺りが柔らかいからといって、性格もそうだとは限らない。

 そのいい証明である。

 まあ彼の悲劇は本命がいても、他の女の子にまで愛想がいいため、本命に誤解されやすいという、自業自得と言えばあまりにも自業自得な事態をよく招くことにあった。

 これは彼のフェミニストぶりが直らない限り改善されることのない悲劇だろう。

 なにしろ自分で誤解を招いているのだ。

 仕方のない事態である。

 末弟のリオネスは1番真っ当な少年だが、ふたりの兄があまりに個性的なので、気弱に思われがちだ。

 それに末の弟としてふたりの兄に可愛がられて育ったので、少々ワガママがすぎるくらいに素直だった。

 それが彼の個性になっているのだが。

 愛すべきワガママ。

 リオネスを知る者なら、だれもが口にする言葉である。

 リオネスのワガママなら仕方がないと、大抵の者ならそう解釈して見逃してくれる。

 それが見逃せる程度の悪戯ではないとしても。

 リオネスは見た通りの癒し系で、傍にいるだけで安心するタイプだった。

 ただし権謀術に長けているという一面も併せ持ち、そういうことに気付く者はごく稀である。

 一樹はその数少ないひとりだった。

 からかわれて育った一樹でも、リオネスだけは素直に慕ったものだ。

 食事に遅れて罰として食事抜きの刑に処されたとき、助けてくれたのもリオネスだった。

 そういう憎めないところがリオネスの1番怖いところかもしれない。

 彼らを毛嫌いしているリーンですらが、リオネスのことだけは面と向かって悪く言えないのだ。

 リオネスの可愛い顔とそれに比例する愛らしい性格は、それだけで人の心を和ませる最大の武器だった。

 お陰でエルシアなどは面倒な謁見などの外交は、すべて末弟のリオネスにやらせている。

 彼がやるとだれも文句が言えないからだ。

 エルシアが言えば威圧的に聞こえるだろう断りの言葉も、リオネスの愛らしい唇から漏れると「いやだよ」の一言が相手を従える魔法に変わる。

 弟の性格とその計算高さを知っていても、この瞬間だけは感心してしまうふたりの兄たちだった。

 強烈な個性を持っていると言われ、ある意味で敬遠されているふたりには、到底真似できない芸当である。

 尤も。

 適材適所という言葉もあることだから、3人はそれぞれに自分に合った部署を見付けていて一族を率いていく上で、それを有効活用しているのかもしれないが。

「蒼いピアスなんて聞いたことないね。兄さんなら知ってる?」

 リオネスに言われてエルシアはちょっと考えた。
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