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第三章 封印の鍵、守護の星

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「一樹。ここは一体どこなんだ?」

 慣れた足取りで歩く一樹に翔は半ば投げやりにそう問いかけた。

 いきなり空中にダイビングしたかと思えば、気がついたときにはどこかの森の中にいた。

 一樹はそこでなにか変なことをした。

 なにが変だったかと言えば、翔には意味不明だったからだ。

 しばらく目を閉じていて、口の中で何事かを呟き、ややあって歩き出したのである。

 亜樹はこっちだと言って。

 何故わかったのかとか、不思議に思っても仕方あるまい。

 それに一樹はいきなら場面が転換していることを不思議に思っていなかったし。

 そのことも翔には腑に落ちなかったのである。

 そうして一路一定方向に向かって歩き出した。

 ひとつの集落、ゲームやマンガなら村と呼ばれる集落を抜け、華やかな都に着いた頃には白亜の宮殿を遥かに望むことができた。

 その背後にはエベレストもかくやといった高さの山がある。

 一体ここはどこなんだ? と、パニックに陥っても無理もあるまい。

 まあ一樹に異世界に行くと言われてから、空中に落ちたのでたぶんここがその異世界なんだろうなとは、薄々気付いているのだが。

 往生際の悪い翔に一樹は一度足を止めて振り返ってから、兄の問いに答えた。

「エルダ山があるところを見ると、ここはたぶん森と湖の国、リーン・フィールド公国。その首都だと思う」

「……どうしてそんなことが一樹にわかるんだ?」

「自分で訊ねておきながら、わかるのが変だって言うんなら訊くんじゃねえよ。信じられないのなら、その辺の奴に訊いてみな。そう答えるから」

「でも、服装からして奇妙なのに言葉が通じるのか? 外見だって日本人とは全然違うし」

 翔にしてみればゲームに入り込んだとか、小説の世界に入り込んだとか、そんな気分なのだ。

 そのくらいファンタジックな世界だった。

「通じるよ。おれたちなら、な」

「どうして」

「だから、その説明は亜樹に逢って、あいつがすべてを受け入れた後にしてやるつっただろ。亜樹に逢うのが先決だ。
 よりによって公国の首都に、それもどうやら宮殿にいるらしいんだぜ?
 エルスたちが絡んでくるのは目に見えてる。奴らが関わってくる前に、なんとか亜樹に逢わないと」

 焦っているらしい一樹に、どうしてそんなことがわかるんだと問い詰めたかったが、問いかけても無駄だと諦めた。

 一樹は何度問いかけてもすべては亜樹に逢って、彼が受け入れた後だと言って譲らない。

 問いかけたところで言わないだろう。

 だから、違うことを問いかけた。

「やっぱり一樹は行方不明になっている間ここにいたんだな。でないと説明ができない。この世界に通じていることも」

「……まあ、な。おれの場合どうしてここにいたのかは不明だけどな。こっちで本来持っていた力を引き出す訓練をしてた。お陰で力を自由に使えるけど」

「本来持っていた力?」

 また歩き出しながら一樹はため息を吐きつつ、兄に初めて説明した。行方不明になっていた間のことを。

「おれもおまえも持って生まれた力がある。今になって思えば亜樹のための力が、な」

「亜樹のため?」

「これ以上の説明は今はできない。ただおれたちが向こう側の人間のくせに、変な力を持って生まれたのは、すべて亜樹のためだ。まあおれとおまえとじゃあ、持っている力の質も違えば役割も違うけど」

 一樹が何故今まで言わなかったのか、翔(かける)はわかるような気がしていた。

 こんな事態になる前に説明されても、たぶん翔は信じなかっただろう。

 読み書きができなかったのは、学校に通う云々以前の話だった。

 世界が違うのなら、たぶん一樹が覚えている文字は地球で使う文字ではない。

 それにたぶん常識も違う。

 一樹が元の世界に戻ってもなかなか馴染めなかったのも無理はない。

 今ならそのことが理解できる。

 翔のしてきたことが一樹の負担になっていないといいのだが。

 そんなこととは知らなかったから、世界そのものが変わって戸惑っている一樹に、翔は親切の押し売りをしていたことになるから。

「それで亜樹が宮殿にいるとか言っていたけど、まさか今から宮殿に行くつもりなのか?」

「そう言わなかったか?」

 振り向きもせずにあっさり認められて、翔は沈没しそうになった。

 異世界だとはいえ宮殿なのだ。

 そんなに簡単に入れるのだろうか?

 普通、城といえば護衛の兵士が大勢いて出入りする者を阻んでいるはず。

 簡単に侵入を許したら、暗殺なんて事態もあるだろうし。

 でも、ここのことは一樹の方が詳しいのだ。

 今は信じてついていくしかないだろう。

 早く馴染まなくてはと心に決めた。




 遠くから見ても大きくて立派な城だったが、近くで見るとまた一段と凄い迫力があった。

 城の造り的には地球のどこの国にも似ていない。

 敢えて言うならゲームや小説などに出てくるオリジナルの城。

 それに近いものがある。

 西洋のような東洋のような、不思議な印象の城だった。

 一樹は恐れげもなく門を固めている兵士に近付いていき、「よっ」と片手をあげた。

「久し振りだなあ、アレン」

「カズキ様!?」

「一樹様?」

 弟が様付きで呼ばれて翔(かける)は呆れてしまった。

 一樹は結構口が悪いし、絶対に様なんて呼ばれるタイプじゃない。

 呆れる翔をよそに一樹は親しげに門番と話しはじめた。

「リーン・アディールはいるか? おれさ、エルスに頼まれてあいつに逢いにきたんだけど」

「そうだったのですか? では中へどうぞ。王子なら白鳥の間にいらっしゃいます」

「悪いな」

 片手を振って入っていこうとする一樹をアレンと呼ばれた門番が引き止めた。

「カズキ様。その方は?」

 どうやら一樹と一緒に入っていこうとした翔に見覚えがなかったため、念のために引き止めたらしい。

 振り向いて一樹はニヤッと笑った。

「おれの双生児の兄貴だよ。エルスたちのお陰で見付かってさ。今日はリーン・アディールに紹介するために連れてきた」

「そうですか。それはよかったですね」

 笑顔で見送ってくれるアレンに手を振って、一樹は慣れた足取りで宮殿内を歩いた。

「一樹。この宮殿のことに詳しいのか?」

「まあな。エルスたちに連れられてよくきたから」

「エルスってだれなんだ?」

「この世界には神という存在がまだ生きている。神代の昔ほどの信仰力はないけど、その末裔が現存するくらいには根強く残ってるんだ」

「神?」

「エルスは……エルシアはその神族の生き残りで風神エルダの血を引く一族を率いる長だ。
 おれは5歳の頃にこの世界に紛れ込んでエルシアたちに拾われた。
 そうしてエルダ神族の部落で育ったんだ。力の使い方を教えてくれたのもエルシアたちだ」

「じゃあ逢ったら兄としてお礼言わないと」

 翔が当たり前の感想としてそう言うと、一樹は「とんでもないっ」と振り向いて怒鳴った。

「エルシアたちに礼を言う!? 冗談じゃねえぞっ!! どれだけからかわれて育ってきたと思うんだ? おれはエルシアたちにとっては、オモチャ同然だった!? なんでそれで礼を言わないといけないんだよっ!?」

「……なんか知らないけど凄い環境で育ったんだ?」

 どうやら言ってはいけないことだったらしいと、翔(かける)は慌てて愛想笑いを浮かべた。

 笑顔が引きつっている。

 それから一樹はどこを目指しているのか、翔にとっては迷いそうな迷路のような廊下(回廊と言うべきだろうか?)を勝手に歩き、ひとつの扉の前で立ち止まった。

「ここに亜樹がいるのか?」

「たぶん」

 一樹が扉に手をかけようとすると背後から声が上がった。

「カズキッ!!」

「……アディール」

 振り向いた一樹がそう言って、この人がさっきから話題に出ていた「リーン・アディール」という人かと翔は感慨深く彼を見た。

 ちょっと見掛けたことのないような美形である。

 映画俳優でもこれだけの美形は見たことがない。

 本物の美形っているんだなあといった気分だった。

 もし亜樹が想像通りの姿に育っていたら、きっとお似合いだろう。

「どうしてここに? 姿を見なくなってずいぶん経つけど」

「知り合いを迎えにきたんだ。亜樹と杏樹のふたりがきてるはずだろ?」

「カズキはふたりの知り合いなのか?」

「おれの方は直接的には面識はない。あるのはこっちの双生児の兄貴の翔の方だ。ふたりの幼なじみなんだ」

 説明されてリーンの視線が向かってきた翔は照れ隠しに笑ってみせた。

「つまりカズキはアキとアンジュと同じ世界の人間だったということか」

「まあそういうことだ。エルスたちに引き合わせるつもりだろ?」

「それがわたしの責任だからな」

「悪いけどその前に逢わせてくれ。エルスたちに横槍を入れられるのは困るんだ」

「カズキ? アキたちとは一体どういう関係なんだ? いつも淡白なおまえが、そんなふうだれかに執着するところは初めて見るが」

 リーンが怪訝そうに言って、翔はさっきから感じていた違和感の意味をはっきりと掴んだ。
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