弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第三章 封印の鍵、守護の星

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「そして双生児の片割れはピアスをしていないんだな?」

「その通りだ」

「亜樹がしていたという蒼いピアス、な。母親が身に付けていた物より、形は大きくカットも複雑で、しかも色は比べ物にならないくらい深くなかったか?」

「きみは亜樹に逢ったことがあるのかい?」

 困惑してそれしか言えない司だったが、この言葉で一樹は答えを知った。

「一樹。さっきからなにをひとりで納得しているんだ? ぼくにも説明してほしいよ」

「説明は後だ。時がきたらしてやるよ。それより今は亜樹を見付ける方が先だ」

「亜樹を見付けるって……」

「ふたりが川に落ちた詳しい場所を教えてくれないか?」

 司に問いかけて詳しい場所を知った一樹は、当惑している翔(かける)を引き連れて、ふたりが落ちたというつり橋目指して一路新幹線で現場へと向かった。

 翔はもちろん亜樹たちが心配だったし、ふたりを捜すことに異論はなかった。

 しかし亜樹とは一面識もない一樹が、亜樹の特徴を言い当てて、しかも逢ったこともない段階で捜しだそうとすることに戸惑っていた。

 それに翔を同行させることにも。

 一樹は家族として過ごした時期がなかったせいか、あまり触れ合うことを好まない。

 いつだって翔が強引に一樹を引っ張り回すというパターンだった。

 それが今回は一樹が翔を引っ張り回している。

 亜樹と一樹のあいだには、一体なにがあるんだと、翔は言い知れない不安を感じていた。




 現場は渓谷といってもいいほど深い谷間だった。

 その谷間と向こう側を繋ぐように、頼りない半ば腐りかけたつり橋が、申し訳程度に掛けられている。

 落ちないように注意しながら、ふたりはつり橋の中央まで移動したが、あまりのずさんさに翔(かける)は腹が立った。

「こんなに危険なつり橋を生徒に渡らせるなんて、教師は一体なにを考えているんだ?」

 亜樹だけならたぶん落ちなかっただろう。

 亜樹は運動神経も抜群だし度胸もある。

 でも、杏樹は運動が苦手で臆病だ。

 杏樹がいたら落ちても仕方がない。

 そう怒鳴り散らす翔は放っておいて、一樹はあちこちに視線を走らせ、なにかを辿っているようだった。

 そうして翔がなにをしているんだろう? と、疑問を抱く頃ようやく立ち上がって言った。

「どうやら次元の狭間に落ちたな」

「一樹?」

「向こうに流された……か。結局おれは向こうに戻る運命だったんだな」

 片手を頭に突っ込んで滅茶苦茶に髪を乱す一樹に、翔は怪訝そうな顔をしている。

 それから翔を振り向くと、一樹はその額に手を触れさせた。

「一樹?」

「せめて次元の歪みを視ることができるくらい、自分の意思で力の制御ができるくらいには解放してやるよ。今のおまえにはまだ必要ないと思ってたんだけど、亜樹が向こう側に行ってしまったのなら、必ずおまえの力が必要になるからな。封印、解くぞ?」

 一樹がなにを言っているのかわからなくて、翔は息を飲んでいたが、ややあって彼は自分の内側に息づくものがあることに気付いた。

 弟の手が触れているところから、熱いなにかが注ぎ込まれてくる。

 目眩を堪えていると不意に一樹が離れた。

「つり橋から落ちないように気をつけて谷底を覗いてみろよ。今のおまえには視えるはずだから」

 言われた通り覗き込むと景色を歪ませるように、なにかが現れては消えるのが視えた。

「なんだ、あれは?」

「異世界へと繋がっている次元の歪み。偶然ここで開いたらしいぜ」

「一樹。どうしてそんなことを知ってるんだ? どうしてぼくがこんな力を使えるようにできたんだ?」

「そのことは説明が必要だと思ったらする」

「一樹っ!!」

 怒って名を呼ぶ兄に肩を竦めて一樹は言い返した。

「亜樹に逢ってあいつがすべてを受け入れるまではなにも言えねえんだよ」

 一樹の説明はこういうことだった。

 自分たちはどちらも亜樹が存在するために不可欠な存在らしい。

 一樹は亜樹が時空移動する前に逢いたかったとも言っていた。

 そうしたら亜樹を護れた、と。

 決められたレールの上で護るのではなく、亜樹を待つ過酷な運命から護ることができる、と。

 一樹の口調は切実で本気でそう思っていることが伝わってくる。

 翔は複雑な気分で弟の独白を聞いていた。

「そんなのはおれひとりで十分だ。だから、亜樹はおれが護るんだ。過酷な運命から」

「一樹が亜樹を護るって……」

「それがおれの宿命だからな」

「一樹」

「後は亜樹って奴がおれの好みであることを祈るだけだな。生命を懸けて一生涯護る相手が、全然好みじゃない奴だなんてごめんだからな」

 亜樹のことをなにも知らないのに、命懸けで一生涯護ると言った一樹に、翔は純粋に驚いていた。

 それからチリッと胸が妬けた。

 嫉妬だと言われなくても知っている。

 亜樹に彼女はいるかと訊ねて、拗ねた様子を感じ取ったときは、まだだれのものにもなっていないと知って嬉しかった。

 この感情がなんなのか、まだわからない。

 でも、一樹に亜樹を奪られるのはいやだった。

 一樹は滅多に本心を言わないが、その代わり嘘も言わない。

 一樹が口に出したときは、すべて本心と一致しているのだ。

 つまり今も口にした以上生涯をかけて亜樹を護り抜くはずだった。

 亜樹のためなら生命も捨てるはずだ。

 そんなふうに護られて亜樹はなにも感じないだろうか。

 どうしてそこまでして亜樹を護らなければならない?

 問い掛けには答えてくれそうにないとわかっているがたまらなかった。

 亜樹は一体何者なんだろう。

 一樹の言い方では杏樹には問題がなく、亜樹にだけ問題があるような言い方だったが。

「それでこれからどうするんだい?」

「向こうの世界へ渡る」

「さっきから向こうの世界とか、向こう側とか、一体なんのことなんだい、一樹?」

「あの次元の歪みを利用すれば亜樹たちが迷い込んだ異世界へ行ける」

「異世界?」

「亜樹がピアスを持っていて、妹の方が持っていないとなったら、なるべく早く合流して亜樹を護る必要があるからな。
 向こうはそれほど平穏なわけでもないし。万が一亜樹に危険が及んだら、それはそのまま形代の妹に跳ね返る。そんなことになったら亜樹だってたまんねえだろうしな」

「形代って……」

「なんでもねえよ、口が滑った。忘れてくれ。ただあの三兄弟と逢う前に合流してぇな」

 憂鬱そうな一樹に翔は逆らえず頷いたが、彼の起こしている行動や、その言動が受け入れられず戸惑っていた。

 腹立たしげな一樹にもしかしてと思い当たった。

「まさかとは思うけど一樹。行方不明になっていたあいだ、その異世界とやらで暮らしていたのかい?」

 この問いには答えずに一樹は翔の二の腕を掴むと、いきなり宙に身を躍らせた。

「うわああっ」

 悲鳴をあげる翔にちょっと笑って見せて、一樹は久々に力を使い次元の扉を潜った。




 亜樹がリーンの来訪を受けたのは、城に滞在して2日目のことだった。

 色々と手を尽くして杏樹の行方を捜してくれているらしく、日に何度も訪れては近況を報告してくれる。

 だが、はかばかしくないというのが現状らしかった。

「昨日エルシアたちに伝えておいたから、今日の昼過ぎにでも彼らがくると思う。一応覚悟をしておいてほしくて、それを言いにきたんだ」

「覚悟を決めろって……そんなに怖い奴なのか?」

 恐る恐ると言った問い掛けに、リーンは「いや」とかぶりを振った。

「怖いっていうより扱いが難しいんだよ。それに人をからかうことが好きだし、それを可能にして報復を受けないだけの力も持っている。だから、尚更厄介だというか。かなりからかわれると思うし、それにエルシアたちは美形に目がないから、そういう意味でも注意してほしい」

「……オレ男だぜ?」

「エルシアたちは気にしないから」

 言いにくそうにそう言われ、亜樹は切実に逢いたくないと思った。

 男が相手でも構わないなんて言える男には逢いたくない。

 それが偽りのない気持ちだった。

「それにエルシアたちが本気になるとしたら、亜樹には嬉しくない例えだろうし、鳥肌ものだろうけど、彼らが本気で亜樹をどうにかしようと決めたなら、亜樹が純粋な男じゃないってことだよ」

「オレは生まれたときから男なんだけど?」

 眦がつり上がっている亜樹にリーンは引きつった笑みを見せる。

「だから、例えだって言ってるじゃないか。きみが正真正銘の男なら危惧している事態にはならないよ。
 でも、もし今のきみの性別が仮のものだとか、そういう謎が隠されていた場合、十中八九きみを手に入れようとするよ。花嫁として、ね。
 だから、きみのためにもわたしは祈っているよ。彼らが妙な気を起こさないようにって」

 リーンの言葉には説得力があったが、その裏側で奪われたくないという、彼の嫉妬が隠されていることに亜樹は気付けなかった。

「とにかくエルシアたちが同席する場では、わたしも同席するから安心しているといいよ」

「忙しいのに悪いな、リーン」

「気にすることはない。それから妹君のことだけど、見掛けたという情報すらなくてね。もうちょっと方法を考えて捜してみるよ。
 アキが言ったみたいに聖域の湖以外にも、他の次元との繋がりを持っていると言われる場所はたくさんあるし。その中から最近なにか話題になっているものがないか当たってみる」

「ありがとう。本当にごめんな。オレが動けたらいいんだけど」

「無茶は言わない。わたしも納得ずくのことなのだから」

「うん。ありがとな」

 笑ってそう言うとリーンは照れたように出て行った。

「杏樹。おまえ本当にどこにいるんだ?」

 心配そうに呟いても心は晴れなかった。




 同じ頃、聖域の湖の中央に浮かぶ小島に杏樹の姿があった。

 亜樹とよく似ただが、どこか気の強そうな印象を放つ少女。

 美形は美形なのだが、亜樹という最上の美を持つ相手が傍にいたため、今まで損をしてきた可哀想な少女が。

 慣れない長いドレスを身に纏った杏樹は、微笑みながら見ている女性に頬を染めて話しかけた。

「すみません。なにからなにまでよくしてもらって。それにこんな服まで貸してもらって」

「気にすることはないのよ、アンジュ。わたくしは人としての義務を果たしているだけだから。それよりも兄君とすぐに逢えるといいわね。手を尽くしているのだけど情報がなにもなくて」

「イヴ・ロザリアさま」

 亜樹の消息が知れないという事実は、杏樹を深く落ち込ませていた。

 こちらにきたとき、あまりの寒さにびっくりしたが、それだけの寒風の中、びしょ濡れになるほど水に浸かっていたというのに杏樹は無傷だった。
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